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1-2.(1)

 その日の放課後、菫はリオと並んでZ駅東口の雑踏の中を歩いていた。


 東京隣県に校舎のある櫻森学園高等部だが、初等部・中等部と大学が都内にあることもあり、生徒たちの多くは都内在住。

 菫とリオも、山手線の内側にある自宅から通学しており、放課後に遊ぶのは乗り換えに使うターミナル駅のZ駅になることが多い。


 かつては高等部も大学と同じ敷地内にあったのだが、生徒の増加により十数年前に都内から今の場所に移ったという経緯がある。


「ねえリオ」


 背中に背負ったリュックのベルトに手をかけ、菫は少しだけ高い位置にあるリオの顔を見上げた。男子高校生にしては小柄なリオは、百六十二センチの菫と並ぶとあまり身長が変わらない。


「今さらだけどさ。ほんとに入んないの? ミス研」

「そのつもり」


 リオが軽くうなずく。


「そっかー。部活、どこか入っとけばよかったのに。お誘いならいっぱいあったでしょ? まあ、今となってはどこもすぐに引退だけどさ」


 不満げに言う菫に、


「決めかねちゃって」


 困ったようにリオが笑った。


「スーも、百葉ちゃんや朔ちゃんも、部活頑張っててすごいよねー。僕にはちょっと、そこまでの情熱は」


 気の向くままあちこちの部活に顔を出してはラブコールを受けてきたらしい器用なリオだが、高二の十一月の現在までずっと帰宅部だ。


「そんなこと言って、なんでもできるくせに」


 マスクの下で口をとがらせた菫に、


「えー、そう?」


 リオがふんわりと笑った。


「ほんとだって」


 適当にあしらわれたようで、菫はむきになる。


「リオが推理小説好きなのは知ってるから、ミス研も納得だけど。楽器もできるし、歌とか絵もうまいじゃん」


「ふふ、声量はないけどね。スーと違って」


 さらりと言われて、


「それくらい普通だよ。それに、スポーツだって特別苦手なのはないでしょ?」


 懸命に続けた。


「去年、体操部の体験入部行ったときも、ひとりだけバク宙までやってたし」


 高等部に進学したばかりの去年の春、器械体操部の新入生向け体験入部会を訪れたときのことを菫は思い出す。


 初めは他の一年生たちと一緒に先輩の補助でバク転をさせてもらっていたリオだったが、あっという間にマスターしてしまうと、その日の体験入部が終わる頃には、菫たち他の新入生たちをしり目に独力でバク宙を決めていた。


 期待の新人あらわる! と体操部の先輩たちは大喜びだったが、リオはそんな彼らを「すみません。僕、筋力なくてー」と笑ってかわし、その後も勧誘から逃げ回ったまま現在に至る。


「だってスー、見たでしょ? 先輩たちの筋肉。バク宙はできても、吊り輪とか他の種目が絶対無理だもん僕」


 歩きながら肩をすくめるリオを、菫はじとりと横目で見た。


 筋力と持久力に問題が、というリオの主張には納得だが、それらはトレーニングによってある程度なんとかなるのではないだろうか。


 問題は、トレーニングを行うモチベーションがリオにないということ。つまり、リオにやる気がないということで。


「でもさ、卒アル寂しくない? どこの部にも入ってないと」


 心配そうに言った菫に、


「だいじょぶ、生徒会が入れてくれると思うよ。“特別顧問”みたいな肩書きで」


 リオがいたずらっぽい笑顔になった。


「文化祭とか、いろいろ貢献してるもん、僕」

「そっか」


 感心して菫はうなずく。


「だったらもう、最初から入っとけばよかったのに。生徒会」

「えー。そういう義務っぽいのは苦手」


 形のいい眉をひそめたリオに、


「だよね」


 菫は苦笑した。


(まったく、自由気ままなんだから。リオは)


 リオは一年生の頃から、というより中等部の頃から、各種イベントにKIRIYAの楽器・機器を融通したり、場合によっては自ら操作する等、生徒会に協力している。


 新型コロナの影響で、インターハイや甲子園をはじめ全国の高校で様々な部活動が中止になったこの二〇二〇年は、菫たちの学園でも様々な行事の縮小を余儀なくされてきた。


 入学式のリモート化によって、式のあとに行われる部活動の新入生勧誘が取りやめになったのを皮切りに、春の新入生歓迎会や三年生のヨーロッパへの修学旅行も中止。一・二年生の韓国やオーストラリアへの社会科見学や、沖縄や北海道への遠足に加え、世界各国との交換留学生の受け入れ・送り出しもストップしている。


 それでも、他校に比べ極めて潤沢な資金や設備と、私立校ならではの裁量の大きさを活かして、櫻森学園高等部はいち早く平常時の学校生活を復活させてきた。


 各種行事も、生徒会が中心となって、学園が独自に開発した超高性能空気清浄機や特殊マスク・フェイスガードの使用、さらには文化祭での恒例の三年生の演劇を映画に変更する等、様々な対策をとることにより、年度途中から実施している。


 卒業生や保護者には、各国の研究機関で働く研究者や大病院の院長なども多いことから、そうした面での知見も活かされているらしい。


 そうした一連の流れに伴い、これまでも生徒会に協力してきたリオは、この半年あまりはさらに出番が増えたようだ。


「そういえば、百葉の中学の友だちで都立高行った子、六月の末にやっとクラス全員の登校が始まったんだって。それまでは感染症対策でクラスの半分ずつ登校して、残りは家庭学習だったって」


 昼食のあとで聞いた話を思い出して、菫が言うと、


「ほんと?」


 リオが目を見開いた。


「しかも、家庭学習っていっても、リモート授業できるネット環境がなくて。ひたすら問題集とプリント解いてたんだって」


「うわあ」


 リオが顔をしかめる。


「うちのお父さんも、リモート授業の準備で大変そうだけどね。お母さんもあんまり出張できないし」


 大学教授の父親と総合商社勤務の母親の様子に菫が触れると、


「うちは業界丸ごと大打撃」


 音楽業界の大物夫婦を両親に持つリオもうなずく。


 そのとき、


「ねえ君、ちょっと」


 ふたりの背中に声が掛けられた。


(……この感じは)


 そっと振り向くと、目の前には予想通り、名刺を手にしたスーツ姿の中年男性が立っていて、


(またかー)


 顔には出さないながらも、菫はげんなりする。


 そんな菫には見向きもせず、


「高校生だよね? こういう者ですけど」


 どこか崩れた印象を受けるその男性が、押しつけるようにリオに名刺を渡した。


「芸能のお仕事って興味ない? モデルとか」



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