5-4.(1)
数日後の日曜日。
菫とリオは、学校の最寄り駅であるT駅のカフェで、倫香の恋人の瑞樹と向かい合っていた。
ちょうどモーニングがひと段落したところで、広い店内は空いている。
「ごめんね、日曜日なのにわざわざ学校のそばまで来てもらって」
リオの前に座った瑞樹がすまなそうに言った。
「ふたりとも、家は都内なんでしょ? 悪いとは思ったんだけど、僕は平日は夜まで研究室だし、今日もこれからバイトで」
「いえ、こちらこそ。お忙しい中おつきあいくださってありがとうございます」
リオがきれいに口角を上げる。
「理系ってやっぱり、忙しいんですか?」
(おお、社交モード)
隣の席でココアのカップに口をつけながら、菫は横目でリオの感じのいい笑顔をうかがった。
「人によるかな。院だと文系も結構忙しいみたいだよ」
苦笑した瑞樹に、
「それじゃ、倫香さんと会う時間もなかなかとれませんね」
柔らかな笑顔で、リオが一歩踏み込む。
「本屋さんのバイト中に知り合われたんですよね?」
「うん、まあ」
あまりそのことには触れたくないのか、瑞樹が目を伏せて頭をかいた。
先日と同じブルージーンズにグレーのパーカーの組み合わせ、中はチェックのネルシャツだ。あまり服装にこだわりはないのかもしれない。
「今日は、瑞樹さんから見た先日の事件のあらましについて、お聞きできればと思って」
リオが改めて説明した。
「倫香さんのお話だけだと、どうしても漏れとか、記憶違いもあると思うので」
「構わないけど、そんなにあるかなあ? 話すこと」
瑞樹が視線を上に向ける。
「ええと、あの日も日曜で。バイトが早番で、夕方家でゴロゴロしてたら、急に彼女が来て」
瑞樹がテーブルの上で組んだ両手に目を落とした。
「彼女はすごくショックを受けてて……普段から感情的なところはあるけど、さすがにあんなことのあとだとね。僕だって、部屋で話を聞いてて眩暈がしそうになったよ。まさかそんなことが、って。でもやっぱり、持病もない成人男性が、そう簡単に亡くなったりしないよね」
リオに同意を求めるように笑いかけて、瑞樹が続ける。
「ひと通り話を聞いたら、彼女は落ち着いたみたいだった。人に話したら気が楽になったんだろうな。反対に僕は、いろいろと心配になってきて。ほら、その時点ではまだ、ご主人がそのあと家を出たことを知らなかったから。もしもご主人が本当に亡くなってたら、って思っちゃって。警察沙汰になったら、僕も関係者ってことに……」
言葉を選ぶ瑞樹に、
「わかります」
「社交用」の笑顔で、励ますようにリオが言った。
「既婚者と親しい間柄となると、困ったことになりかねませんよね、学校やバイト先で。こちらにそんなつもりはなくても」
「そうなんだ」
ほっとしたように瑞樹が表情を緩める。
「このあとどうすればいいかわからなくて、とにかく焦っちゃって。倫香には彼女の好きなお茶を買ってくるって言って、とりあえず外に出たんだ。ちょっと、ひとりになって考えたくて」
(そういうことだったんだ、あれ)
事件の日、瑞樹がわざわざ自分の好きなお茶を買いに行ってくれたと嬉しそうに話していた倫香の顔を思い出し、菫は少し切ない気持ちになる。
「コンビニの駐車場から、友だちに電話した」
瑞樹が続けた。
「そいつに事情を話したら」
「え?」
菫が思わず声をあげた。
「話しちゃったんですか? 事件のこと」
「ああ、大丈夫」
瑞樹が菫に笑いかける。
「すごく頼りになるやつなんだ、昔からの親友で。あいつなら絶対、秘密を漏らしたりしない。それにいつも冷静で、判断力があって」
(そうは言っても)
眉をひそめた菫の隣で、
「心強いお友だちですね」
リオが瑞樹に優しく微笑んだ。
「どういう方か、うかがっても?」
瑞樹が嬉しそうにうなずいた。
「戸田俊介っていって、高校で同じバレー部だったんだ。あいつは主将で、僕は昔からこんな感じで頼りないから、部活以外でもいつも助けられてて」
誇らしげに瑞樹が続ける。
「あいつはほんとすごいよ。考え方が大人だし、頭の回転も速い。たとえば……そうだな、僕が以前、ちょっと都合の悪いことを人に訊かれて、ごまかせなくてしゃべっちゃったとき。あとからあいつ、そういうときはこういう風に答えろよ、って、わざわざアドバイスしてくれたんだよね」
思い出しながら言った瑞樹が、
「その内容がまた、絶妙で。嘘ではないけど、肝心のところはうまく回避するんだ。ただ、残念なことに、せっかく教わったテクを僕は全然使えてないんだけど」
気の弱そうな笑顔になって頭をかいた。
「俊介はほんと面倒見がよくて。高校を卒業して一緒に上京してからも、大学は別なのに、僕につきあってうちの近所に住んでくれてたんだ。就職して、今は市内でもちょっと離れた借り上げ社宅に移ったけど」
「今も同じ市内にいらっしゃるんですか?」
驚いたようにリオが言った。
「うん。就職先が、運送会社のPってとこで」
瑞樹が大手運送会社の名前をあげる。
(KIRIYAの系列会社だ)
気づいて、菫はちらりとリオの横顔に目をやった。
長い睫毛に覆われた琥珀色の瞳は、瑞樹の顔の上に据えられたまま動かない。
「配属が、たまたまT駅近くの営業所だったんだって。お互い忙しくて、最近はあんまり会えてないけど」
「そうですか」
瑞樹の説明に、リオが目を伏せてうなずいた。
「事件の日、その方は電話で何と?」
「まずは、落ち着けって言われた」
瑞樹が苦笑した。
「よほどひどい声だったんだろうね、僕が。何度も、『落ち着け、大丈夫だから』って言われて。僕の説明を聞いてすぐ、あいつは状況を整理してくれたよ。この件は僕には直接関係ない、倫香たち夫婦の問題だって。言われてみれば確かに、小早川さんは僕のことを知らないわけだし」
気楽な表情の瑞樹に、
(それはちょっと虫のいい見方じゃないかなあ)
菫は複雑な気持ちになる。
「いつも通り冷静な俊介と話したことで、僕はすごく落ち着いた。そうそう、二時間たったら倫香と一緒に彼女の家に戻れとも言われたよ。その頃には倫香も落ち着いてるだろうし、さすがに無施錠は不用心だって」
瑞樹が続ける。
「あいつに言われた通り、二時間たったところで僕は倫香を家に帰した。そのあとは、先週彼女が話した通り。ご主人はいなくて、僕はひとりでアパートに戻った」
そこで瑞樹が、
「あ、そうだ」
ふと気づいたように頭をかいた。
「俊介に電話したことは、倫香には内緒にしてるんだよね。事件のことを友だちに話したのがバレたら、怒られると思って。だから君たちも、できればこのことは彼女には内密に」
「わかりました」
うなずいたリオに、
「助かるよー」
瑞樹が軽く両手を合わせ拝んでみせる。
「俊介は元々、彼女のことを知ってたんだ。ちょうど、あの家のあたりが配達エリアで」
思い出したように瑞樹が言った。
「倫香はフリマアプリでお小遣い稼ぎをしてるだろ? 荷物の集配で、俊介は何度か家に行ってて。僕が彼女とつきあってるって話したら、相手が知ってる人でびっくりしてた」
「倫香さんは、そのことは?」
リオの質問に、
「言わないよ、僕の友だちのことなんて」
瑞樹がかぶりを振った。




