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5-2.(1)

「すっかりお騒がせしてしまって」


 玄関のドアを閉め、胸に手を当てて小さく息をついた倫香に、


「ここが現場ですか?」


 単刀直入にリオがたずねた。


(ちょ、リオ! 言い方!)


 焦る菫の隣で無表情にあたりを見回すリオに、


「……ええ」


 困ったように倫香がうなずく。


 三人が立っているのは、ちりひとつないタイル張りの三和土。出されたままの靴はなく、ドアを背にした右手には大きめのシュークローゼットが備えつけられている。


 左側の壁の高い位置には、外から見えた明かり取りの小さな窓。横長のガラスは、倫香によるとはめ込み式で開かないらしい。が、たとえ開いたとしても、あのサイズの窓を出入りできるのは猫くらいだろう。


 先に靴を脱いだ倫香が、上がり框にスリッパを揃えた。


「ふたりとも、よかったらどうぞ」


 促されるまま、菫とリオはスリッパに履き替え廊下に上がる。


 幅二メートルあまりとおぼしきフローリングの上がり框には玄関マットは敷かれておらず、短い廊下へと続いている。突き当たりにはトイレと思われるドア、その先は右に曲がっていた。


「……あの日、バッグや靴をしまおうと玄関に戻ったときに、主人が帰ってきたの」


 廊下に立ったまま、倫香がふたりに事件の夜の様子を話し始めた。


「買ってきた食料品が重たくて、靴を脱いで、まずはスーパーの袋だけキッチンに運んで。そのあと、この辺に置いたままの靴やバッグを片づけようと戻ってきたら、ちょうどそのときあのドアが開いたの」


 玄関のドアを見ながら、倫香が眉をひそめる。


「びっくりしたわ。あの人がそんな早い時間に帰ることなんて、それまでなかったから。それで口喧嘩になって、酔った勢いもあったんでしょうけど、主人は靴のままここまで上がってきて……思い切り胸を突き飛ばしたら、バランスを崩して」


 細い指が、ドアに向かって右の、上がり框の隅を指差した。


「ここに置いてた、あの置物に……」


 倫香の声が震える。

 夫は上がり框で仰向けに倒れ、床に置かれていた例の“幸運の石”に後頭部をぶつけたということだろう。


「だからあんなもの、こんな狭い玄関に置きたくなかったのよ。つまずくかもしれないって言ったのに、あの人は『そんな間抜けなやつがいるかよ』って。いつも私のことを馬鹿にして」


 興奮して声が高くなった倫香に、


「倫香さん」


 そばにしゃがんでいたリオが声をかけた。


「ドアに向かって右のこちら側が頭で、足が左側。つまり、旦那さんは上がり框いっぱいに、通路をふさぐように仰向けに倒れたということでいいですか?」


 リオが両手を広げ、小早川が倒れていたという場所を示す。


「ええ」


 倫香が顔を背けて目を伏せた。


「怖かったわ、すごく。動かなくなった主人の足をまたいで、私は外に」


 口元を押さえた倫香の肩に、菫がそっと手を置く。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう、菫ちゃん」


 倫香が菫を見上げて弱々しく微笑んだ。


「だけどごめんなさいね、ふたりとも。調べても、ここではもう何も見つからないんじゃないかしら。あれから何度もお掃除してしまったし」


「お気遣いなく」


 あたりを見回していたリオが立ち上がった。


「現場の様子を見せていただきたかっただけですから」


 優雅な手つきでブレザーの裾を整えて、リオが尋ねる。


「確認ですが、旦那さんは頭を石にぶつけたといっても、出血はなかったんですよね? そして、その石は旦那さんと一緒に消えてしまったと」


「ええ」


 両腕をさすりながら倫香がうなずく。


「続きは、あちらでお茶を飲みながらでもいいかしら?」


 倫香に促されて、三人は家の中へ進んだ。


 廊下の突き当たりを右に曲がると、左の壁には浴室・洗面所のドアが、右手には二階へ続く階段が現れる。


 廊下はすぐに、ガラスの入ったドアに突き当たった。

 ドアを開けると、手前右手にカウンターキッチンとダイニングテーブル。奥のリビングには、壁掛けテレビとソファセットが置かれている。


 南向きの掃き出し窓にはレースのカーテンがかけられ、近づくと庭の花壇や、フェンスを挟んだ裏の家が見えた。両隣や裏の家との距離はごくわずかだ。


 三人掛けのソファに並んで腰を下ろしたふたりに、


「さっきはごめんなさいね、お隣の犬がうるさくて」


 向かいの一人掛けソファに腰掛けた倫香がすまなそうに言った。


「お客様でも、何度か見かければ顔を覚えて吠えなくなるようだけど。うちの両親も、数回来たら吠えられなくなったわ」


「賢い犬なんですね。いい番犬なんだろうな」


 さらりと答えたリオに、


「そのようね」


 倫香が鬱陶しそうにうなずく。


「犬が吠えるたびに、あの飼い主さんが?」


 リオが水を向けると、


「そうなの」


 倫香が勢いづいた。


「暇で仕方ないのよ、あの方。ああやって犬が吠えるたびに止めもせず窓から見物して、気が向いたらさっきみたいに詮索するの。昔のドラマに出てくるおせっかいなおばあさんみたい」


 言い終わらないうちに、再び隣家の犬が吠え始めるのが聞こえた。


「瑞樹ね、きっと。悪いけど、ちょっと待っててくださる?」


 慌てて立ち上がった倫香が、ふたりを残して玄関に向かう。


「……つまり、瑞樹さんはこの家に来たことはあまりないと」


 ふたりきりになったリビングで、ソファで足を組んだリオがくすりと笑った。


「そっか、吠えられるってことはそういうことだね」


 菫は感心してうなずきながらも、


(リオってやっぱ、ちょっと意地悪かも)


 こっそり思う。


 やがて、色の白いすらりとした男性を連れて、倫香がリビングに戻ってきた。



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