5-1.(1)
「ねえリオ。……私が言うことじゃないかもだけど」
翌日の放課後、学校の最寄りのT駅とは違う方角に向かって並んで歩きながら、菫は切り出した。
「どうして急に引き受ける気になったの? 倫香さんの話」
十一月中旬の金曜日。都内にある菫たちの自宅よりも気温の低いこのあたりは、街路樹もだいぶ葉を落としている。
ふたりはこれから倫香の家で事件の詳しい話を聞く予定だ。
「確かに、スーが言うことじゃないね」
前を向いたまま、くすりとリオが笑った。
「どういう風の吹き回し? 昨日はスー、最後の方なんて、僕のこと説得しようとしてたでしょ? 倫香さんに協力しなよ、って」
「うっ」
(バレてた)
一瞬詰まった菫が、
「だって、かわいそうだったから。倫香さん」
困ったようにリオを見上げた。
「ほんと、お人よしだなあ。スーって」
リオが菫の顔をのぞき込む。
「見た目ほど、かよわくないよ? あの人」
「……そうかも」
思い返せば、学校の前で待ち伏せしていたことといい、その後のティールームでの堂々とした説明ぶりといい、倫香はなかなか強引だった。話を聞くだけという約束だったリオも、結局は協力させられているし。
「なんか、ごめんね? リオ」
申し訳なさそうに上目遣いになった菫の顔を、
「ううん。そのかわり、スーもこの件にはつきあってくれるんだよね?」
うっすら笑みを浮かべてリオが見返す。
「いわゆるワトソン役として。ついでに、ボディガードとしてもかな?」
「……精一杯、努めさせていただきます」
しおらしく言った菫に、
「心強いなー」
リオがくすくす笑った。
「まあ、正直僕も、ちょっと興味が湧いちゃって」
リオがちろりと舌を出す。
「引き受けちゃった。うっかり」
「えっ?」
意外な言葉に驚いた菫に、
「それに、これ以上當山さんたちに絡まれるのも嫌だったしね。自分もスーも」
リオがたたみかけた。
「なんで知ってるの?」
黒目がちなまるい目を、菫がさらにまるくする。
リオには黙っていた真百合たちの嫌がらせが、なぜバレたのだろうか。
「さあ? なんででしょう」
すました顔でリオが笑った。
「そんなことより、楽しみだなー瑞樹さん。どんな人か」
「あ、それも!」
菫が食いつく。
「なんでわかったの? 瑞樹さんが男の人って」
「んー。倫香さんの性格と、話し方?」
リオが面白くもなさそうに首を傾げた。
「倫香さんってさ、人に頼りたいタイプじゃん。スーだって最初は協力する気なかったのに、実際に会ったらあのかわいい見た目で泣き落とされたでしょ? 助けてあげなきゃって。『ほっとけない』『守らなきゃ』って相手に思わせる戦略で、ずっと成功してきた人だと思うんだよねー」
淡々とリオが続けた。
「で、そんな倫香さんが困ったときに駆け込む相手は誰だろうって考えたら、恋人っていう線が濃厚だなって。まあ、女友だちって可能性もなくはないけど」
「えええ?!」
菫が悲鳴をあげてリオの腕をつかんだ。
「恋人? 瑞樹さんが? だって倫香さん……」
「そうだね。既婚者だから、不倫ってことになるよね」
さらりとリオが答える。
「でも、考えてみて? 週末の夕方、いきなり訪ねていってもすぐ家に上げてくれて、そのあと延々二時間以上もつきあってくれる、ひとり暮らしの相手だよ? しかも、次の日も仕事があるっていうのに」
リオが顔の前に立てた人差し指を軽く振った。
「話の雰囲気的に、相手はおそらく倫香さんの同年代。とはいえ、彼女と仲良くなるようなお嬢様タイプの女性なら、その年代だと結婚してたり子どもがいたりって人が多いから、そっちじゃないなーって。その手の女性がワンルームで、しかもこの地味なT駅近辺でひとり暮らし、っていうのも、ぴんとこないし。ついでに言えば、瑞樹さんのことを一度も『彼女』とは呼ばなかったよね、倫香さん」
「……そうかも」
話の途中で何度か口ごもっていた倫香の様子を菫は思い出した。もしかしたらあれは、「彼」と言いかけていたのだろうか。
「『みずき』って女性にも使われる名前だから、僕たちに女友だちと思わせられると思ったんだろうけど」
「あ、でもさリオ」
理由がそれだけなら、瑞樹は単なる男友だちという可能性もある。
言い返そうとした菫に、
「それに、どうもうしろめたそうだったんだよね、倫香さん。『お友だち』って言うとき、必ず目を伏せて。それでちょっとつついてみたら、案の定ムキになるし」
意地悪く微笑んで、リオが続けた。
「あと、これは個人的見解だけど、彼女は男女の友情が成立するタイプじゃない。ただの好意や人恋しさと恋愛感情を区別する能力に欠けるというか、いわゆる恋愛体質というか。賭けてもいいけど、あの人に純粋な『男友だち』はいないと思うな」
(……リオ、辛口!)
絶句する菫に向かって、
「もらうものがもらえたら離婚する、って倫香さんは言ってたけどさ。財産分与にせよ慰謝料にせよ、離婚のとき納得できるほど『もらう』のって案外大変らしいよ。たとえ相手の浮気が原因でも。特にそれが、旦那さんみたいな仕事のできるタイプならね。だから」
リオがにっこり笑った。
「依存的で、ずっと旦那さんの横暴を我慢してきた倫香さんが、ここにきて急に、多少苦労してでも自由になりたくなったってことは。独身に戻ることによって得たいものが――彼氏ができたのかな、って」
「……リオってちょっと、性格悪い?」
丁寧な説明に納得はしたものの、引いた顔になった菫に、
「そんなあ。僕はスーのために」
リオが悲しげに眉をひそめてみせた。
「あー、ごめんごめん」
あざといと思いながらも、菫はつい謝ってしまう。昔から、リオの悲しそうな顔にはめっぽう弱いのだ。
その途端、
「じゃあ、わかってもらえたところで、倫香さんちに着く前に昨日聞いた話を整理するよ?」
けろっとした顔でリオが言い出した。
あまりの変わり身の早さに、
「……」
菫は遠い目になる。