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4-2.(6)

「あら、言わなかったかしら」


 おっとりと倫香が答えた。


「あの日、家に戻ったら、主人と一緒になぜかあの置物もなくなっていたの。だから私、主人が病院に行ったんじゃなかったとわかった時点で、あの石をもらった女性のところに行ったとか、最悪駆け落ちかとも思ったんだけど」


 倫香がまたためいきをつく。


「共同経営者の江口さんに相談して銀座のお店に電話したら、ママさんって方が出て。心当たりなんてありません、ですって。置物をくれた女性は、別に主人とつきあってたわけじゃなかったそうよ。もう長いこと主人はお店に顔を出してないし、例の女性はお店を辞めたし、店を休んでるキャストもいない。嫌そうにそう言われて、電話はすぐに切られちゃったわ」


 不満げに言うと、


「駆け落ちじゃなく、主人はひとりでアジアのどこかに行ったのかもしれないけど。それに、そのママさんって方が嘘をついてない保証だってないし」


 倫香は眉を下げた。


「そうでしたか」


 リオが難しい顔になる。


「どうかしら」


 倫香が悲しげな顔でリオを見上げた。


「やっぱり、協力してもらうのは無理かしら? リオ君」


 菫もそっとリオの顔を盗み見る。

 厄介ごとに巻き込まれたくないリオの気持ちはわかるけど。少しでも、倫香さんの力になってあげられないだろうか?


「おっしゃる通り、込み入った状況のようですね」


 思案顔でリオがうなずいた。


「わかりました。明日以降のどこかで、おうちにおじゃまさせていただくことはできますか?」


「ありがとう!」


 ぱっと倫香の表情が明るくなる。


(やったー!)


 菫もにこにこしながらふたりの顔を交互に見た。


(よかったですね! 倫香さん)


 そこでふとテーブルに目をやって、


「ああっ!」


 菫は慌ててスプーンをつかんだ。


 倫香の長い話の間放置していた、「季節限定・和栗とチョコレートのスペシャルパフェ」が!

 器の中で、溶けたアイスクリームとクリームやチョコが、悲しいマーブル模様を織りなしている。


(てか、なんでリオは食べ終わってるの?)


 隣のリオの前にある容器は、いつの間にか空っぽになっている。 


(あんなにしゃべってたくせにー!)


 半泣きになりながら猛スピードでパフェを食べ始めた菫をよそに、


「どういたしまして」


 リオが倫香に、優雅な笑みを向けた。


「僕の力の及ぶ範囲で、今回の件について調べてみようと思います。その結果、旦那さんが姿を消された理由はわかるかもしれません。ただ」


 一呼吸おいて、


「謎は解いても、事件の解決はしませんけど」


 さらりとリオが言いきった。


(えええ?)


 パフェで頬を膨らませた菫が、目をまるくする。


「旦那さんをおうちに戻すことはもちろん、居場所を正確に割り出すことすら難しいかもしれません。だって、警察や探偵じゃない、ただの高校生ですから、僕」


 至極まっとうなリオの言葉に、


「そう……そうよね」


 倫香が渋々うなずいた。


(言われてみれば、そうだよね)


 菫も納得してパフェに戻る。


「それから、可能であればのお話ですが」


 整った顔に淡い笑みを浮かべたまま、リオが続けた。


「おうちにおじゃまするとき、できれば先程お名前の出た瑞樹さんにも、同席いただければと」


「それは」


 困った顔になった倫香に、


「彼の視点からのお話も、うかがいたいと思いまして」


 感情の読めない顔でリオが言う。


「……っ?!」


 チョコレートアイスを喉に詰まらせそうになって、菫が目を白黒させた。


(男の人だったの?! 瑞樹さんって)


 慌てて水を飲む菫に、


「スー、大丈夫?」


 そ知らぬ顔でリオが背中をさする。


 やがて、


「……わかった、彼も呼ぶわ」


 降参するように両の手のひらを上に向けて、倫香が小さく笑った。


「『どうしてわかったの?』とは聞かないことにするわね。……やっぱり、名探偵さんじゃない。リオ君ったら」


 倫香の言葉に、リオが菫の背中に手を添えたまま、困ったように微笑んだ。




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