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「あら、言わなかったかしら」
おっとりと倫香が答えた。
「あの日、家に戻ったら、主人と一緒になぜかあの置物もなくなっていたの。だから私、主人が病院に行ったんじゃなかったとわかった時点で、あの石をもらった女性のところに行ったとか、最悪駆け落ちかとも思ったんだけど」
倫香がまたためいきをつく。
「共同経営者の江口さんに相談して銀座のお店に電話したら、ママさんって方が出て。心当たりなんてありません、ですって。置物をくれた女性は、別に主人とつきあってたわけじゃなかったそうよ。もう長いこと主人はお店に顔を出してないし、例の女性はお店を辞めたし、店を休んでるキャストもいない。嫌そうにそう言われて、電話はすぐに切られちゃったわ」
不満げに言うと、
「駆け落ちじゃなく、主人はひとりでアジアのどこかに行ったのかもしれないけど。それに、そのママさんって方が嘘をついてない保証だってないし」
倫香は眉を下げた。
「そうでしたか」
リオが難しい顔になる。
「どうかしら」
倫香が悲しげな顔でリオを見上げた。
「やっぱり、協力してもらうのは無理かしら? リオ君」
菫もそっとリオの顔を盗み見る。
厄介ごとに巻き込まれたくないリオの気持ちはわかるけど。少しでも、倫香さんの力になってあげられないだろうか?
「おっしゃる通り、込み入った状況のようですね」
思案顔でリオがうなずいた。
「わかりました。明日以降のどこかで、おうちにおじゃまさせていただくことはできますか?」
「ありがとう!」
ぱっと倫香の表情が明るくなる。
(やったー!)
菫もにこにこしながらふたりの顔を交互に見た。
(よかったですね! 倫香さん)
そこでふとテーブルに目をやって、
「ああっ!」
菫は慌ててスプーンをつかんだ。
倫香の長い話の間放置していた、「季節限定・和栗とチョコレートのスペシャルパフェ」が!
器の中で、溶けたアイスクリームとクリームやチョコが、悲しいマーブル模様を織りなしている。
(てか、なんでリオは食べ終わってるの?)
隣のリオの前にある容器は、いつの間にか空っぽになっている。
(あんなにしゃべってたくせにー!)
半泣きになりながら猛スピードでパフェを食べ始めた菫をよそに、
「どういたしまして」
リオが倫香に、優雅な笑みを向けた。
「僕の力の及ぶ範囲で、今回の件について調べてみようと思います。その結果、旦那さんが姿を消された理由はわかるかもしれません。ただ」
一呼吸おいて、
「謎は解いても、事件の解決はしませんけど」
さらりとリオが言いきった。
(えええ?)
パフェで頬を膨らませた菫が、目をまるくする。
「旦那さんをおうちに戻すことはもちろん、居場所を正確に割り出すことすら難しいかもしれません。だって、警察や探偵じゃない、ただの高校生ですから、僕」
至極まっとうなリオの言葉に、
「そう……そうよね」
倫香が渋々うなずいた。
(言われてみれば、そうだよね)
菫も納得してパフェに戻る。
「それから、可能であればのお話ですが」
整った顔に淡い笑みを浮かべたまま、リオが続けた。
「おうちにおじゃまするとき、できれば先程お名前の出た瑞樹さんにも、同席いただければと」
「それは」
困った顔になった倫香に、
「彼の視点からのお話も、うかがいたいと思いまして」
感情の読めない顔でリオが言う。
「……っ?!」
チョコレートアイスを喉に詰まらせそうになって、菫が目を白黒させた。
(男の人だったの?! 瑞樹さんって)
慌てて水を飲む菫に、
「スー、大丈夫?」
そ知らぬ顔でリオが背中をさする。
やがて、
「……わかった、彼も呼ぶわ」
降参するように両の手のひらを上に向けて、倫香が小さく笑った。
「『どうしてわかったの?』とは聞かないことにするわね。……やっぱり、名探偵さんじゃない。リオ君ったら」
倫香の言葉に、リオが菫の背中に手を添えたまま、困ったように微笑んだ。




