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ほっそりした身体に、整った中性的な顔立ち。菫の幼馴染である霧矢璃央は、アメリカ人と日本人のハーフの母親を持つクォーターだ。
だが、彼が周囲にアイドル扱いされているのは、人目を引くその容貌のせいだけではない。
楽器メーカーから始まり、音楽業界を中心に海外でも広く事業を展開しているKIRIYAグループ社長である父親と、国際的オペラ歌手の母親。その間に生まれたひとり息子の彼はいわゆる御曹司で、抜群の学業成績や人あたりの良さもあり、セレブ家庭の生徒の多いこの学園でも初等部の頃からの有名人なのだ。
そうはいっても、保育園から彼と一緒に育ってきた菫にとっては、ただの手のかかる幼馴染なのだが。
「なにそれ」
きらめくリオの王子様スマイルにまるで動じず、菫は顔をしかめた。
「久しぶりみたいに言うけど、今日も一緒に学校来たじゃん」
ばっさり言われたリオが、
「まあそう言わずに」
ひょいとマスクを下げる。
いつもふわりと微笑んでいるような、口角の上がったピンク色の唇が開いて、
「じゃあこれ、いただきまーす」
「あ、ちょっと」
曲げわっぱの中の「新メニュー」をつまみ上げたリオが、菫が止める間もなく口に放り込んだ。
その様子を緊張感あふれる面持ちで凝視する、百葉と朔。
「ちょっとリオ、そんないきなり」
慌てる菫を気にせず、立ったままもしゃもしゃと謎のおかずを頬張っていたリオが、
「へー、初めての味だな……ぐっ」
突然目を見開いた。
「……!!」
見る間に真っ赤になっていくリオの白い顔。
「リオ?!」
腰を浮かせた菫の前で、リオが瞳孔を開いたままぱたりと後ろに倒れかける。
既に立ち上がっていた朔が、すかさずそれを支えて自分の椅子に座らせると、
「はいこれ」
流れるような連係プレイで、向かいの席から百葉が水の入ったペットボトルをリオの口にあてた。
「……」
ぱちぱちと瞬きしたリオが、一瞬ののち、猛烈な勢いで水を飲み始める。
「ぷっはー……」
中身の三分の二ほどを飲み干した頃には、リオの顔から赤みは引いていた。
「毎回毎回、チャレンジャーだよねーリオ君」
立ったままペットボトルの蓋を閉めながら、あきれたように百葉が言った。
「こーなるってわかってんのに」
「……愛だね」
リオの傍らで、朔も重々しくうなずく。
「ごめんねリオ」
菫がリオに向かって、顔の前で手を合わせた。
「今度こそ大丈夫なんじゃないかと、私……」
「いいのいいの」
すまなそうな顔の菫に、リオが笑いかける。
「スーの試作品第一号を食べるのは、僕の特権」
「……」
「……」
追加の机と椅子を運んできた百葉と朔が、生温かい目でリオの横顔を見守る。
レシピ音痴というべきか、あるいは単なる攻めすぎか。菫の味覚には問題がないにもかかわらず、これまでの新メニューはいずれも、口にした者の身体に著しい異変をもたらす魔食物となっている。
そんなすさまじい破壊力を誇る菫の新メニューの試食を一手に引き受けているのが、幼馴染のリオなのだ。
「しかしほんと、わざわざ隣の七組からよく遊びに来るよねーリオ君。八組はみんな大歓迎だけどさ」
席に着いた百葉が、パックのジュースを飲みながら続けた。
「でもちょっと意外かも。リオ君なら、お父さん経由で学校に手ー回して、スーと同じクラスにするくらい余裕だと思ってた」
菫の対面のお誕生日席に置いた追加の椅子に腰を降ろした朔も、大きな弁当箱から勢いよく白米をかきこみながら、無言でうなずく。
ちなみに早食いの理由は、このあと部活の昼休みミーティングがあるから。県内屈指の強豪である少林寺拳法部は、菫のいた料理部とは違い、引退は半年後の三年生の夏だ。今は、年明けの大会に向けて練習にいそしんでいる。
「そう、それ!」
ちゃっかり三人の輪に入って自分のお弁当を開いたリオが、百葉に向かって大きくうなずいた。
先程のダメージからは、すっかり回復したらしい。
「父さんにはずっと、スーと一緒のクラスがいいって言ってたのにさあ。『多少の障害があった方が、恋は燃え上がるものだよ』とか言われちゃって」
「うわ、おじさんらしいね」
くすりと菫が笑った。情熱的でなにかと派手な言動が目立つリオの父親は、自身の出身校でもあるこの学園の理事に名を連ねている。
しゃべりながらなにげなくさっきの肉巻きを口に運ぶ菫を、
「……」
「……」
百葉と朔が無言で凝視した。
口にした者の身体にもれなく異変を引き起こす菫の新メニューだが、考案・製作者である菫が食べる分にはまるで問題ないのが不思議なところだ。
「それよりスー、千穂さん元気?」
菫の机の上からラップに包まれたおにぎりを勝手に取りながら、リオがたずねた。
「母さんが、久しぶりに会いたいって」
おにぎりと交換に、菫の手元にはリオの持参したサーモンとアボカドのベーグルが置かれる。
「元気元気。でもごめん、しばらく忙しそう」
菫がすまなそうな顔になった。
KIRIYAグループともオペラ歌手とも縁のない一会社員である菫の母親だが、リオの母親とは子どもたちの保育園時代からのママ友である。とはいえ、昔から国内外を飛び回ってきた母親よりも、当時はまだ若手研究者だった父親の方が、菫の保育園の送迎に顔を出すことは多かったが。
「今日も出張だし。国内だけど」
「だよねー……あ」
ふと、リオが近くの席の男子生徒に目を向けた。
今どき珍しく、スマートフォンではなく文庫本に目をやりながら弁当を食べている、おとなしそうな黒髪の眼鏡男子。
「神辺君じゃん。こんにちはー」
ふらりと席を立ったリオが彼に近づくと、
「今日は何読んでるの? あ、ブラウン神父だ」
机に置かれた文庫本の表紙を、勝手にのぞきこんだ。