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4-1.(1)

「聞いた? 茶道部のOGの話」

「旦那さんが蒸発したやつでしょ? ヤバいよねー」


 翌週には、OGの夫の失踪事件は校内で広く知られるようになっていた。

 噂の出どころである真百合のいる二年八組は、休み時間には当然その話でもちきりになる。


「……」


 菫は席から立ち上がって窓のそばに行くと、外の景色を眺めるふりをして目を伏せた。


 十一月中旬。山に近いこのあたりでは、赤や黄色に染まった木々の葉が早くも散り始めている。


 聞く気がなくても耳に入ってくるクラスメイトたちの声に、なんともいえない後ろめたさを感じていると、


「スーが気にすることないって」


 いつのまにか隣に来ていた百葉に、ぽんと肩を叩かれた。


「なんでもかんでも、頼まれたら引き受けるのがいいってわけじゃないよ? それに、これってスーじゃなくてリオ君の問題じゃん」


 隣で朔も、黙って大きくうなずく。


 そのとき、


「ねえ、スーちゃん」


 聞いたこともない猫なで声で呼びかけられて、菫たち三人は驚いて振り向いた。


「ちょっといーい?」


 フレンドリーを通り越してなれなれしい笑顔で近づいてきたのは、まさかの當山真百合。背後にはいつもの取り巻き二人の姿もある。


(「スーちゃん」って、當山さんから初めて呼ばれた……)


 これまでは無視されるか、呼ばれても名字。しかもつい先週悪口を言われたばかりの相手からの、突然の不審な態度に、


「……」


菫は無言で身体をこわばらせた。

それに構わず、真正面に立った真百合が勝手に話を始める。


「この週末に私、従姉のお姉ちゃまに会ったのね? それで、倫香みちかさんの話が出たんだけどー」


 倫香さんというのは例のOGで、真百合の「従姉のお姉ちゃま」はその同級生。菫は頭の中でこれまでに聞いた話を整理する。


 と、いきなり真百合が菫に顔を近づけ、声をひそめた。


「倫香さんの旦那さんって、結構問題あったみたいで。銀座のクラブの、ホステスさん? に貢いでたんだって」


「へ、へえ」


 立ち入った話を聞かされて、菫はたじろぐ。


「いくら経営者でも、やりすぎっていうかー。お仕事も共同経営の人に任せっぱなしで、派手に遊び歩いてたみたい。倫香さんっていう年の離れた美人妻がいるのに」


「……」


 話の行き先が読めず、菫は困った顔で真百合の様子をうかがった。


「ちょっと、何なわけ?」


 我慢できなくなった百葉が口を挟んだ。


「大事な茶道部の先輩なんでしょ? そんな話、うちらに言っちゃっていいわけ?」


「いいから話してんじゃん」


 真百合が面倒くさそうに百葉に向かって眉をしかめる。


「私とスーちゃんの話に割り込むのやめてくれる? 百葉」


「げ。『スーちゃん』とか、こっわ。こないだまで無視してたくせに」


 百葉が鼻の頭にしわを寄せた。

 それを無視して、真百合が菫に向き直る。


「それとね、スーちゃん。旦那さんって、やっぱベンチャーで苦労してるからあんまり他人のこと信用してなくてー。いっつも、通帳とか貴重品一式の入ったセカンドバッグ持ち歩いてたんだって。いなくなったときもそれ持ったままだから、女の人と一緒に逃げたのかもって話になってー」


 ようやく菫にも話が見えてきた。


 やはり、行方不明の旦那さんを探す探偵ごっこの話の続きらしい。さっきからのこれは、追加情報のつもりなのだろう。


 そんな話をされても、リオはこの件に関わる気がないと言ったはずなのだが。


「いわゆるー、駆け落ち的な? でもね、旦那さんが通ってた銀座のクラブに問い合わせてみたらー」


 真百合が太い眉をぐいと上げた。


「旦那さんが貢いでたホステスって、とっくの昔にお店辞めてたんだって! 駆け落ちじゃなかったみたい」


「……あの、當山さん」


 ようやく菫が口を挟んだ。


「その話って、この前リオが断ったやつだよね?」


「そうだけどー。聞いてもらうくらいよくない?」


 真百合が嘘くさい笑顔で菫を押し切ろうとする。


「倫香さんってー、古き良き“櫻森”の伝統通りの人っていうか、箱入り娘のお嬢様だから。人を疑うことを知らない感じ? 結構私たちも心配でー」


「は? お嬢なら、実家で面倒みてもらえばいいじゃん」


 百葉が口を挟んだ。


「うちらの十個上っていったら、二十七歳とかでしょ? 高校生に心配してもらう必要あんの?」


 それを完全に無視した真百合が、


「ねえスーちゃん」


 菫に再度顔を近づける。


「幼馴染なんでしょ? もう一回、スーちゃんからリオ君に言ってくれない? お姉ちゃまも、それが一番よさそうって言ってたし」


「え?」


 菫は思わず声を強めた。


「リオの話、當山さんの従姉にしたの? なんで?」


 どうしてそんな勝手なことを。


「ちょっと真百合? リオ君はっきり断ってたじゃん。なに勝手なことしてんの?」


 百葉も詰め寄る。


「……リオ君の、個人情報」


 普段は無口な朔も、低い声で真百合を睨みつけた。


 慌てた顔で、真百合が一歩下がる。


「えっと。とにかく、話はもうお姉ちゃまから倫香さんに行ってるから。リオ君に伝えといてくれる?」


「え? ちょ、當山さん?」


 そこでチャイムが鳴って、これ幸いと逃げるように真百合たちは席に戻っていった。


「あ……」


 置き去りにされた菫の肩に、


「ほっときなよ、スー」


 百葉が手を置いた。


「でも」


 リオの意見を無視されて腹が立つ一方で、年上とはいえ、目の前の困っている女性を見捨てるようで、正直心苦しくもある。

 口ごもった菫に、


「あっちがおかしい」


 珍しく、朔も口を開いた。


「リオ君のこと、巻き込んだ」


「そーだよスー。あのやり方はヤバいって」


「……そっか」


 少しずつ胸の中のもやもやが晴れてきて、ようやく菫はうなずいた。


「このこと、言わなくてもいいかな? リオには」


「OGの手伝いは必要ないけど、スーがまたあいつに絡まれた話はしといた方が」


 百葉が言いかけたところで、入り口の扉が開いて次の授業の教師が入ってきた。


「きりーつ」


 日直の声に立ち上がるクラスメイトに紛れて、


「じゃあね!」

「……」


 百葉と朔は、慌てて自分たちの席へ戻っていった。



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