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3-1.

「行くよー、ユキちゃん!」

「ワッフォン!」


 菫が思いきり投げたボールを追って、リオの愛犬・ユキがふさふさのしっぽを振って走り出した。

 枯葉色になった広い芝生の上を、真っ白なユキの巨体があっという間に遠ざかっていく。


「いつもながらすごい食いつきだねー、ユキちゃん」


 肩を回しながら菫が笑った。


「子犬みたい」

「もうおじいちゃんなのに、相変わらず大好きなんだよね、ボール。それに、スーのこともね」


 隣に立ったリオも苦笑する。


 背の高い木々に囲まれた、山手線の内側とは思えない広大な庭。

 ふたりのいる芝生の向こうには、噴水をそなえた四季折々の花が咲き誇る花壇と温室。そしてその奥には、地上三階・地下二階建てで、隣には離れという名の小さな音楽ホールまで備えた、ちょっとしたデパートのようなサイズの屋敷がそびえ立っている。


 ここは、世界的楽器メーカーKIRIYAの社長宅。現社長であるリオの父親が、オペラ歌手のエリカ霧矢、つまりリオの母親と、ひとり息子のリオ、さらに住み込みの使用人たちと暮らす家である。


 とはいえ、菫にとっては、幼い頃から遊びに来ている慣れ親しんだリオの家。初等部に入ったばかりの頃などは学校帰りに毎日のように通っていたこともあり、もはや親戚の家のような感覚だ。

 リオの両親にとっても娘同然の間柄の菫は、ここではマスクも外している。


 すぐに、ボールをくわえたユキが、猛烈なスピードで駆け戻ってきた。


「はっや!」


 目を見張った菫の前で急ブレーキをかけたユキが、足元にぽとりとボールを落とし、「ほめて?」といわんばかりに菫の顔を見上げる。


「すごいねユキちゃん! 速いね! かっこいいねー!」


 菫は軽く腰をかがめると、その辺の幼児より大きそうなユキの頭を両手で抱えてわしゃわしゃと撫でた。


「ウワッフン!」


 ふさふさのしっぽを猛烈に振ったユキが、


「……」


 足元のボールをくわえ、そっと菫に差し出す。ほめるのはもういいから、そろそろボールを投げろと言いたいらしい。


「オッケー」


 ボールを受け取った菫が、


「それっ」


 もう一度、庭の奥へとそれを放り投げた。


「ワッフ!」


 ユキが華麗にスタートを切る。


「ごめんねスー、さっきから何度も」


 リオがすまなそうに菫の顔をのぞきこんだ。


「そろそろかわろうか? 投げるの」

「ううん、まだいい」


 上気した頬で菫が答える。


「ユキちゃんと遊ぶの久しぶり。超楽しい!」


 肩の力の抜けた笑顔に、


「……そっか」


 リオが微笑んだ。



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