2-1.(2)
「だよねー」
リオがさらりと青木に答えた。
「やっぱ、そういう地道な努力が無理ならやめといた方がいいよね、部活」
「……ああ」
絡んだはずのリオに肯定されて、青木が思わずぽかんとした顔になる。
ぱちぱちと瞬きしてなんとか態勢を立て直し、
「……みんな、本気でやってんだからな。やる気ないやつが邪魔しにきてんじゃねーよ」
青木はふたたびリオをにらみつけた。
「お坊ちゃまは、地元のテニスクラブでも行ってろよ」
「それもいいよね」
リオがまたもやさらりと受けとめる。
「そうしよっかなー」
「……」
顔をしかめた青木が、
「帰るわ、俺」
誰にともなく言って立ち上がった。
どうやら、リオにかわされ続けて調子が崩れたようだ。
乱暴な足音を立てて教室を出ていった彼に続いて、
「ちょー青木。おまえさー」
「怒んなってー」
口々に言いながら、サッカー部の集団も廊下に出ていく。
まもなく、騒ぎを気にしていた教室内の他の生徒たちも、なにごともなかったかのようにそれぞれの会話に戻った。
「やるねーリオ君」
百葉に肩を叩かれて、
「そう? ありがと」
にこりと笑ったリオが、思い出したように続けた。
「てか、聞いてよふたりとも。さっきの、ムササビモモンガの続き」
「え? 何だっけ?」
細い眉を寄せた百葉に、
「先月リオが行った、生物部の観察ツアーだよね」
菫が助け舟を出す。
「私も誘われたけど、その日の夜は都合がつかなくて。めっちゃ残念だった」
「夜なんだよねー、ムササビとかモモンガがアクティブになるのが。日没後」
リオがうなずく。
「ぴゃって飛んでるの何匹も見たよ。かわいかったー」
「いいなあ」
動物好きの菫が、うらやましさのあまり半目になる。
「写真撮った?」
「僕は撮る余裕なかったけど、SNSで上げてる人はいるよ。やっぱ感動するよね、こんな都会の近くでああいうの見られるの」
にこにこと菫に答えていたリオが、
「ただね?」
不意に声を落とした。
「あの辺って、すっごい怖いおじいさんがいてさ」
「なにそれ?」
百葉が半笑いになる。
「なんかねー、自分の土地を愛しすぎちゃってるっていうかー」
リオが眉をひそめた。
「僕たちが歩いてたら、おっきいシャベル持ったおじいさんが急に怒鳴りつけてきて」
「えっ?」
菫が目を見開く。
「えーやだ、最悪ー」
顔をしかめた百葉に、
「僕もきらーい。怒鳴る人」
リオもうなずいた。
「言ってることも、わけわかんなかったし」
「待って。シャベルって、大丈夫だったの? リオ」
真剣な顔で菫が尋ねた。
老人とはいえ、暴力でも振るわれたら。
「大丈夫」
リオが菫を安心させるようにうなずいた。
「北山先生がその人と顔見知りっていうか、慣れてるみたいで。そのおじいさん、自分ちの山だけじゃなくて周りの山まで毎日パトロールしてるんだって。朝早くから一日中」
「元気かよ」
引いた顔の百葉に、
「だよねー」
リオも苦笑する。
「知らない人に会ったら、誰にでも出てけって怒鳴るし、近所の人にもしょっちゅう土地の境界線のことで文句つけてるんだって。あの辺では有名みたい」
「ヤバ」
百葉の言葉に菫もうなずいた。
「でもまあ、見回りついでに掃除もしてくれるし、そういう人がいるとゴミの不法投棄とかも防げるからね。言い方悪いけど、番犬がわり? 近所の人も目をつぶってるみたい」
リオの説明に、
「気をつけてよ? リオ」
菫は念を押した。
「うん、そうする。でもほんと、山っていろんな生き物がいるよねー」
雑にまとめたリオに、
「うまいこと言わなくていいって!」
百葉が笑う。
「……適当なんだから、リオは」
菫はマスクの下で口をとがらせた。