2-1.(1)
「ムササビ? モモンガ?」
すっとんきょうな声を百葉があげた。
二年八組の窓際の菫の席に、マスクを外し窓の方を向いて座っているリオ。背後に立つ百葉が、リオの茶色い髪に手際よくアメピンを刺しながら続ける。
「なにそれ、すごくない? そんなの出るほど野性だったの? 堅尾山って」
学園のあるT市の西端に立ついくつかの山のなかで、もっとも市内寄りにある堅尾山といえば、登山よりハイキングのイメージがあるほど市民にとって身近な低山だ。
「ううん、登山口の手前まで普通に人が住んでたよ。そこのT駅前から、バスで一時間ちょっと」
頭を動かさないようにしながら、上目づかいでリオが答えた。
「百葉ちゃん、知らなかった? 堅尾山の生物観察ツアー。生物部の北山先生が毎年企画してて、部員以外も参加できるんだよ」
「へー。あ、リオ君ちょっとじっとして」
今日はグレーのマスクをつけた百葉が、慎重な手つきでリオの髪を整える。
「はい完成ー」
「見せて見せて」
メイクを施され髪をポンパドールにされたリオが鏡をのぞきこみ、
「うわー、すごいね百葉ちゃん」
歓声をあげた。
「われながら性別不明。あと、おしゃれー」
ひとごとのように言うリオに、
「でしょ。今日のは自信作だわ」
満足げに百葉がうなずく。
「ほんと、すごいね百葉」
そばでふたりを見守っていた菫が、しげしげとリオの顔を眺めた。
「なんかリオ、アイドルみたい」
「わかっちゃった?」
嬉しそうに百葉が笑う。
「今度のダンス部公演用のメンズメイク、練習させてもらった。リオ君の目って、くっきり二重でツリ目ともタレ目ともいえなくて、いじりがいあるんだよねー。肌もきれいで映えるし」
放課後、菫の席に集まっている三人。不在の朔は部活中だ。
「あーあ。落とすのもったいな」
スマートフォンで様々な角度からリオの顔を撮影しながら、百葉がためいきをつく。
「オッケー終わり。いつもありがとね、リオ君」
「僕も楽しかった」
マスクをつけながら、にこにことリオが答えた。
「なんか、変身願望が満たされる感じかも」
「マジで?」
リオの髪からピンを抜く百葉の目が、きらりと光る。
「ちょっとー、ダンス部おいでよリオ君。やっぱ適性あるって」
「そうかなー」
のんびり答えたリオに、
「男子の方、三年の先輩が引退してからずっと部員足んないの。絶対喜ぶって、みんな」
百葉がたたみかける。
「あ、ごめん百葉ちゃん」
リオが困ったように百葉を見上げた。
「男子ダンス部って、イワシみたいな群舞とかするんでしょ? 無理なんだよねー僕、筋肉系」
「……忘れてた。そーゆー人だったよね、リオ君って」
百葉が肩を落とした。
「ほんとリオは、やる気ないことはとことんだから」
隣で菫も苦笑する。
「でもほんと、なんかやればいいのにリオ。器用だし」
菫の言葉に、
「んー。遊びに行ったときは、それぞれ楽しいんけどね」
ぼそぼそとリオが答えた。
「すぐできちゃうと、それはそれでハマれないっていうか」
体操部のバク宙マスター事件と似たようなことが、他の部でもあったらしい。
「体育のバスケとかも、最初の五分間だけスターだよね」
菫の指摘に、
「まあねー」
不本意そうにリオがうなずいた。
「そっちだと、シュートとかドリブルは楽しいんだけど、圧倒的に持久力が」
「ずーっと端っこでスリーポイント狙ってれば? 走んないで、パス来るの待って」
ニヤニヤする百葉に、
「えー、僕の身長考えてよ」
リオがむくれた。
「すぐ埋もれちゃうんだから、本気でマークされると」
「だろうねー」
百葉と菫が笑う。
そのとき、
「いい気なもんだよなー!」
三人の背後から声がかけられた。
「試合は好きだけど、体力なくてトレもやる気なし? なめてんのかよ」
振り向いた菫たちを、離れた席でたむろしていた男子サッカー部の集団のひとりが、挑発的な目つきで見返した。五組の青木道哉だ。
「俺らだって、できるもんならずっとゲームだけしてーんだよ。趣味で筋トレやってんじゃないんですけど」
百八十センチ近い青木が、両手で太ももを叩きながら言う。
「やめとけって青木」
「リオごめんなー」
まわりのサッカー部員たちが、なかば面白がるようにふたりに声をかけた。
普段から粗暴な言動が目立つ青木は、なんでも要領よくこなす人気者のリオが気に入らないのか、ときたまこうして絡んでくる。周囲はそれをネタ扱いにしているらしい。




