1-3.(6)
「ありがと百葉。助かったー」
歩きながら手を合わせた菫に、
「もー。いちいち真面目なんだよスーは」
あきれた声で百葉が言った。
「あんなの放置一択でしょ」
「だねー。でも、相手が一年だと強く言いにくくて。それに、ああいう話だったとは」
菫が眉を下げる。
男女を問わず、リオとの仲に嫉妬した生徒からの嫌がらせは初めてではないのに。今日はつい、真正面から対応してしまった。
百葉の言う通り、もっと相手の言葉の裏を読むというか、真意をくみ取れるようにならなければ。
「不覚~」
うつむいてこぶしを握る菫を、
「まーまー。お人よしなのはスーのいいとこじゃん」
百葉が笑って慰める。
二年八組の教室が見えてきたところで、百葉がふと菫を見上げた。
「スー、急げば? お昼、あたしたちもう食べちゃったよ。朔は少林寺の昼ミーティング」
「そっか! まずい、お昼休み終わる!」
慌てて菫が教室に駆け込む。
続いて教室に入ろうとした百葉に、
「百葉ちゃん」
後ろから声がかけられた。
振り向いた百葉の目に、固い表情で廊下の陰に立つ華奢な男子生徒の姿が映る。
「ちょっと、リオくーん」
リオの前に来た百葉が、端正な顔をのぞきこんで笑った。
「顔! 怖いよ?」
「……そう?」
目元をわずかに緩めて、リオが苦笑する。
「ありがと、百葉ちゃん」
リオがぺこりと頭を下げた。
「僕のせいでスーが意地悪されてたの、助けてくれたんでしょ?」
「早いねー。なんで知ってんの?」
「さっき朔ちゃんから、LIMEで」
通話アプリで連絡があったと言うリオに、
「さすが朔」
百葉が茶色い眉を上げる。
「ほんとありがとね、百葉ちゃん」
軽く腰を折ったリオが、右手をうやうやしく胸にあててみせた。
「今日はもう、なんでも言って? デパコスでもホテルのアフタヌーンティーでも、なんでもプレゼントしちゃう」
「あはは、さすが御曹司」
からりと笑った百葉が、軽く首を傾げてリオを見上げると、
「リオ君、そんなへこむことないよ? よくあることだよ」
ぽんぽんとリオの肩を叩いた。
「……でも、僕が一緒だったら」
男子にしては薄い肩を落としたリオに、
「そりゃまあ、リオ君がいたらスーも頼れただろうけどさー。でもスーなら、リオ君の他にも助けてくれる人いっぱいいるし」
百葉が淡々と答える。
「それに、さっきのはリオ君のせいじゃないよ? ただの八つ当たりみたいな」
百葉に言われて、
「そっか。スーって、困ってても僕には言わないから」
リオが寂しそうに笑った。
「人の悪口言いたくないんだよね、スーは」
百葉も苦笑する。
「……僕が、守りたいのになあ」
ぽつりと言うと、リオは目を伏せて微笑んだ。