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「リオが頭いいのはもちろん知ってたけど。それに、推理小説が好きなのも」
化学の教科書一式を胸に抱いて、菫が目を伏せた。
「あのときはびっくりしたな。探偵ごっこまでやっちゃうとか……なんか、知らない人みたいな気がして」
「そういうもんかもねー」
百葉がのんきに相槌をうつ。
廊下を歩きながら、菫はゆっくりと記憶を辿った。
自分にとってのリオのイメージ、リオとの思い出といえば。
やはり一番強烈なのは、リオが自分のいた保育園に転入してきたばかりの頃のこと。たとえば、泣かされていたリオのかわりに、いじめっ子たちと取っ組み合いの喧嘩をしたこととか。確か、リオと家族ぐるみで親しくなったのも、あれがきっかけだったはずだ。
両親の海外駐在先のアメリカから戻ったばかりの、三歳だったリオ。
当時は今よりもっと色が白くて、髪も金色に近くてクルクルしてて。ピンクの頬でにっこり笑った顔は、絵本で見た天使みたいにかわいかった。
あのイメージが強すぎるせいで、今も他の男子と同じようには見られないのかもしれない。
昔から、やたら勉強ができる一方でどこか頼りなくて、スキンシップが多かったリオ。身体だって、小学校の途中までは菫より小さかった。
守ってあげなければならない存在だった彼に、幼い自分は姉のように接していて。ひとりっ子のリオとの距離感は、まるで家族のようだった。口癖のように「好き」と言われたし、ハグはおろか、ほっぺにチューされたことだって何度もある。
とはいえ、彼の母方のルーツがあるアメリカとは違って、ここ日本では男女の友だちの間でそこまでストレートに好意を表すことはない。周囲からは徐々に、リオとの仲をからかわれるようになった。
幸い、リオも次第にそうした言動を控えるようになり、やりやすくなったものの。本音を言えば、当時はちょっと寂しい気もしたものだ。
(かわいい弟が、大人になっちゃったみたいな感じかな)
そんな、自分にとってはいつまでも「かわいい」リオだが、ここ数年はぐっと背も伸びて、外見上は「美少女」から「美少年」への進化が著しい。
(……昨日のあれも)
ふと、昨日のZでのことを思い出して、菫は頬が熱くなるのを感じた。
路上でのスカウトのあと、
『僕のスーが、みんなにみつかっちゃったらやだし』
不思議な甘い空気を出してきたリオ。
(変なの)
リオと違って誰かに告白されたこともない菫は、ああいう雰囲気には慣れていないから困ってしまう。
(ていうか)
ふと思いついて、菫ははっとした。
(もしかして、いつもリオと一緒にいるからモテないの? 私)
思えば初等科の頃から、リオ以外の男子とはあまり親しくなったことがない。リオの方は、菫がいようといまいと関係なく、年中女子に囲まれていたが。
……これは、問題かも。
(だからって、彼氏作るためにリオと距離置こうとは思わないけど……)
眉間にしわを寄せて菫は考える。
彼氏がほしくないわけではないけれど、友だちと過ごしたり新メニューの開発をするだけで、今は忙しいし十分楽しいのも事実。
(……だけど、いつかは)
いつか、誰かと出会ったら。本気で誰かを好きになったら。
この気持ちは、変わるのかもしれない。
茶道部女子たちの探偵ごっこ騒動には、残念ながら続きがあった。
「――だから、リオとはつきあってないって」
数日後の昼休み。
人気のない廊下で、菫は途方に暮れていた。
「さっきから言ってるでしょ? 私はただの幼馴染で」
うんざりした顔の菫に、
「なら、引っ込んでてくださいよ」
ドラマのようなセリフがぶつけられる。
黒のマスクと短いスカートで菫の前に仁王立ちする、名前も知らない二人組の一年生女子たち。さっき、百葉たちとお弁当を食べ始めたところで、話があると呼び出されたのだ。