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掌編置場

白い幻

作者: 須藤鵜鷺

 街を彩るイルミネーションもさすがにここまでは照らしていない。まるで忘れ去られたような公園のベンチで、コンビニで買ってきたケーキのパッケージを開ける。天気は悪くないけれどひどく冷えこんでて、ずっと震えていたからか、彼は着ていたコートを脱いで私に着せかけてくれた。ウルトラライトダウンだけになってしまったその姿はいかにも寒そうで、見ているだけで凍えてきそうだ。早く帰らなきゃ風邪をひいてしまう。

 こうして久々に会えたのがクリスマス・イヴなんて、なんて災難だろうと思う。どこもかしこも人で溢れているし、馴染みはないのに聞き飽きているクリスマスソングが街中で鳴り響いているし。「せっかくだからケーキを買おう」と彼が言い出したけれど、ケーキ屋さんでは今日は予約分しか扱いがなくて、コンビニに寄って奇跡的に余ってた小さなケーキを買って、人ごみから逃げるようにこの公園に落ち着いた。

 教会に行って祈るわけでもない私には、クリスマスって何のためにあるんだろう?と感じる。キリスト教徒の人たちは、今日ケーキとか食べるんだろうか。よくわからない。自分に馴染みのない文化を本当の意味で理解するのって、実は結構難しいと思う。

 コンビニでもらったフォークは一つだけ。使い捨てのプラスチックは減らさなきゃいけないから、あまり積極的につけてはくれない。レジのアルバイトの子もこの寒空の下、まさかこんな外で食べるとは思わなかっただろうし。

 ケーキ屋さんの人も。コンビニのバイトの人たちも。そのほかにもたくさんの人が今この瞬間も働いていて、そのおかげでみんなクリスマスというイベントを楽しめているんだって唐突に思う。クリスマスが関係ない国ならば、そもそも今日はただの平日だ。働いている人はもっと多いはず。立場というのは、置かれた環境でずいぶん変わる。

 だから、今この瞬間働いているわけでもなく、今にもケーキを食べようとしている私に、文句を言う資格などない。

 透明なフォークが、白くてふわふわした塊を掬う。口に入れると甘くて、溶けて、粘膜に貼りつきながら胃の中へと流れ落ちていく。

 これで私も、クリスマスというこの国の儀式を全うしたことになるのかな。

「残り、食べなよ」

 ピースの端が欠けて台形になったそれを隣の彼に差し出す。透明なフォークと一緒に。

「もう食べないの?やっぱ寒い?」

「お腹空いてないだけ」

 頬を上気させて、私なんかよりずっと寒そうにしている彼。私のかわいげない御託なんて、この彼には似合わない。だからこれは、私だけの感情。いつか浄化される日まで胸の奥に沈めておくべき汚い澱。

 彼の冷え切った手が頬に触れる。温度差はさほど感じない。私の頬も冷えているのだ。

 まっすぐ、優しい目に射られる。

「今日、会えてよかった」

 なんの変哲もない、ひなびた公園の背景に、幻の雪が降る。

「来年も、きっと……」

 それは、清か濁か。私の心だけが知っている秘密。

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