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50%&50%  作者: 九曜
第1章
9/56

 〃  「鷹尾周のどことなく長く感じる一日」(後編)

 午後だった。

 月曜日に提出期限のある課題を終えた周は、部屋を出てリビングに入り――、

 そこでぎょっとした。

 月子がリビングのテーブルの上に立っていたのだ。

「な、何やってんの……?」

「見てわかりませんか? 切れた蛍光灯の交換です」

「あ、あぁ、そうみたいだな……」

 月子の言う通りらしく、彼女は手を伸ばして蛍光灯を外そうとしている最中だった。

「大丈夫かよ」

「問題ありません」

「ならいいけど」

 周は月子の手から視線を下ろしていく。表情に乏しい顔、ぱっと見動きにくそうに見えるモノトーンのメイド服、テーブルを踏む足は背伸びをしていた。

 そして、足を包むストッキングは黒で、

「げふっ」

 そこから繰り出されるキックは強烈だった。月子のかかとが周の腹にめり込む。

「足を見ないでください」

「う、うぃっす……」

 そろそろ自制しないと。これ以上やるともっと致命的なポイントを蹴られかねない。

 こりゃ離れておいたほうが無難だな――そう思い、何か食べるものをとキッチンに体を向けたときだった。

「きゃ……」

 と、小さくかわいらしい悲鳴が周の耳朶を打った。

 振り返る。

 そこで見たのは、テーブルの上でバランスを崩した月子の姿だった。

 んなところで足なんか振り回すからっ。心の中で文句を言いつつも、考えるより早く体は動いていた。

 月子の倒れる方に体を滑り込ませ、それを受け止める。が、いくら女性だから軽いとはいっても人ひとり。完全には支え切れず、周は月子もろともフローリングの床に倒れこんだ。

「痛ぇ……」

「……」

 床の上に仰向けの周。

 その周の上に、同じく仰向けの月子。

 背中を受け止めた構図だ。

「シュ……」

 そうやって落ち切った後にも拘らず、月子の口から言葉にならない悲鳴がもれた。

「へ?」

「シュ、シュウ……。手、手が……」

「手?」

 手と言われたので、手を意識する。

 ふにふに

「ひゃ……」

 再度、月子の悲鳴。

 周の両手が何か――やわらかくて、そのくせ弾力のあるものを握っていた。

 すぐに己が何をわしづかみにしているか理解する。

 うわ……。

 と同時に、感動に似たものを覚える。

「ご、ごめんっ」

「いいから先に手を離しなさいっ」

「お、おう」

 言われてようやく周はそれから手を離した。

 月子が離れ、周も体を起こす。

「……」

「……」

 気まずい沈黙がリビングを支配した。

 周はもう一度謝ったほうがいいかとも考えたが、改めて話題にするような真似は避けたほうがいいようにも思える。かと言って、他の言葉も見当たらず――、

「あ、あー……」

 まるでマイクの調子でも確かめるかのような周の発音。タイミングをはかる。

「後は俺がやるよ」

「え?」

 月子は何のことかわからなかったらしい。周は立ち上がり、テーブルの上に乗った。蛍光灯の交換の続きだ。

「月子さんの背じゃ辛そうだもんな」

 そう言う周は意外に長身だ。クラスで背の順に並べば、常に高いほうから3番目以内にはいる。

「し、しかし、それはメイドの仕事――」

「男がやることだよ」

 周は月子の言葉に発音を重ねた。かまわず作業を続ける。

「外れた。はいよ、次」

「あ、はい」

 外れた古い蛍光灯を月子に手渡すと、代わりに新しいものが返ってきた。さっそく取りつけにかかる。

「周様、スイッチを入れてもいいでしょうか?」

「やめろ。感電するわ」

 なぜにこのタイミングで? さっきの恨みだろうか。

「おしゃ、終わり」

 周がテーブルから降りる。

「あ、ありがとうございます」

「こんなもん礼を言われるようなことかよ」

 と、そこでふたりの目が合ってしまった。思い出すのは先ほどのアクシデント。それぞれ慌てて顔を逸らす。

「えっと、じゃあ、俺は部屋に戻るからっ」

 そのままぎくしゃくした動きで回れ右。周は逃げるようにリビングを後にした。

 

 部屋に戻ってからしばらくして、

「あれ? 俺、何しに行ったんだったっけ?」

 などと思い出す。

 ああ、そうだ。腹がすいたから何か食べるものを漁ろうと思っていたのだった。思って出ていったら、そこで月子が蛍光灯を替えていて、そこからすべてを吹き飛ばすような出来事が起こったのだ。

「……」

 周は考える。

 今もう一度キッチンに出ていったところで、果たして台所の番人である月子が食糧の調達を許すだろうか。さっきの件の怒りが冷めなかったら、最悪夕食にまで影響が出かねない。

 とは言え、考えていても埒は明かない。

 とりあえず行って、月子さんの様子を見よう――と、臨機応変と言えば聞こえはいいが、ただ単に腰の引けただけの作戦を立てた。

「よし」

 勢い込んで、しかし、そろっと部屋を出る。

 と、

 そこに月子がいた。

 ちょうど向こうもリビングから出てきたところらしい。

「「 ッ!? 」」

 ふたりともびくっと体を振るわせるほど驚きつつも、背中を見せることは堪えた。辛うじてその場に踏みとどまる。

「お、おー……」

「……」

 無意味な発声をする周と、押し黙る月子。

 両者とも何を言っていいかわからないという点では同じだった。

 そこで周は月子が手にしているものに気がついた。

 盆の上に、スナック菓子の入った器と、アイスレモンティらしき飲みもののグラスが乗っている。

「えっと、それ……」

「あ、はい。先ほどのお礼をと思い……」

 月子がたどたどしく答える。

「それほどのことをしたつもりはないんだけどな。……でも、まぁ、ちょうど腹が減ってたからもらっとく」

 遠慮なく盆を受け取った。

「で、では」

 月子は一歩下がり、軽く一礼。踵を返してリビングに戻っていく。その動きだけはメイドのものだったが、どこかぎこちなかった。

 

 そして、夕食。

 本日は鶏肉のソテーを中心にした洋風のメニュー。

 いつもなら「学校で何か変わったことはありましたか?」などと月子に訊かれ、周が面倒くさそうに「別に何も」と答えたりする会話が交わされるのだが、この日は何もなかった。

 今日が日曜で学校がなかったというのもあるだろうが、単純に午後のあの件が尾を引いているのだ。

 いったい俺は今日、何をやってたんだ……?

 無言のメイドさんが脇に控える食卓で、周は一日を振り返る。

 ぶっちゃけ、ろくに何もしていないし、ろくな目にも遭っていない。日曜らしくのんびり過ごしていたと言えないこともないが、少し泣きそうだ。

 ただ、普段よりも月子のことはよく見れたと思う。

 朝、起きたら朝食ができていた。昼に合わせて昼食を作り、こうして夕食も用意してくれた。家中の掃除をし、洗濯をして、必要ならアイロンもかける。当然そこには周が明日着るカッターシャツも含まれている。他にもよく気づき、よくやってくれていた。

 ひとり暮らしをするんだと息巻いて家を飛び出た周だが、果たして同じことができるだろうか。

 無論、月子は生活スキルに特化したメイドだ。同程度のことができるはずもない。だが、己で己の生活をきちんと管理し、維持できるのかと問われれば――正直、自信はない。下手をすると朝起きる段階で躓きそうだ。

 不甲斐なさにため息が出る。

「どうかされましたか?」

 凹み落ち込む周に、無表情メイドもわずかに心配顔。

「んにゃ。何でもねーよ」

 と、一旦答えておいてから、

「あー、月子さんさ――」

 改めて呼びかけた。

「……座ったら?」

「はい?」

 月子は珍しくきょとんとした顔で、疑問形で返す。

「せっかく作ったもんも、すぐに食べなきゃ美味しくないだろ」

「ですが、私はメイドで――」

「いいから座って一緒に喰え。何より俺が落ち着かないんだよ、食べてる最中に横に立たれたら」

 周は至極強引に力技で、月子の言葉を遮った。

「わ、わかりました……」

 どうにか反論しようと言葉を探していた月子だったが、結局、そう戸惑いがちに肯いた。

 自分の食事をひと通り用意して、周の正面に座る。

 周はこれでようやく落ち着くと思った。こんな決して広いとは言えないダイニングキッチンで、メイドに立たれては気になって仕方がない。今までいったい何度ちゃぶ台返しをしようと思ったことか。

 だから、これで落ち着くと思った。

 が。

 ……。

 ……。

 ……。

 おかしい。

 やっぱり落ち着かなかった。

 むしろ、例の事故の記憶が鮮明な現状、月子を視界の真ん中に入れることは逆効果なんじゃ……と気づく。見れば月子も落ち着かない様子で、不自然に周を見ないようにしながら食べていた。

 しかも、どーすんだ、これ。

 押しかけメイドを追い出すと言いつつ、やっていることは反対だ。

「……」

「……」

「……あー、もういいや」

 周は投げやりにつぶやく。

「何か?」

「……いや、いい。気にしないでくれ」

 そう短く返し、落ち着かない食事を続けた。

 

 翌、月曜日。

 一週間のはじまり。

 鷹尾周は、いつも通りメイドに起こされ、ぎこちなく朝食をとり、登校の準備をして玄関へ向かった。後ろにはメイドの姿。

 靴に足を突っ込む。

「んじゃ、いってくる」

「……」

 なぜか返事がなかったので振り返った。

「なに?」

「いえ、別に。……いってらっしゃいませ、周様」

「ん」

 そして、メイドに見送られ、いつも通りではなく家を出た。

ひとまずひと区切り。

更新も一旦休憩です。

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