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50%&50%  作者: 九曜
第1章
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第6話 「アクシデント続発!?」(前編)

「朝です、周様。起きてください」

 その日の朝はいつもと違っていた。

 メイドである月子の言葉は、内容や調子など、どれをとってもいつもと変わらない。無表情だ。しかし、今日の月子はいきなりノックもなく周の部屋の扉を開けた。

「……ん。わかった。十分したら行くよ」

「ダメです。直ちに起きてください」

 そして、いつもなら与える猶予をまったく与えなかった。

 そんな月子の様子に違和感を感じ取ったのか、布団の中で煩わしそうに身をよじっていた周は、ぴたりとその動きを止めた。

「5秒以内に起きていただけない場合は最終手段に出ます。3・2・1……では、実行します」

「早ぇよっ」

 周が飛び起きた。

「最終手段に訴えるのも早けりゃ、カウントも速ぇよ! あと、なんで3から数えてんだよ!」

「……」

 月子が視線を逸らす。かすかに舌打ちが聞こえた気がした。細かいところに突っ込んでくる周がうるさいと思ったのか、それとも最終手段とやらに出られなかったのが残念だったのか。

「で、なんでそんなに急かすのさ」

「まことに申し上げにくいのですが……」

 と、月子はいつもの調子で言う。

「つい先ほど8時を回りました」

「……は?」

 8時というと、朝のホームルームがはじまる30分前である。

 マジで遅刻する30分前。

「なんでそんなことになってんだよ!?」

「朝、私が起きたら時計がいつもより早く進んでいたのです」

「寝過ごしてんだよ!」

「そうとも言います」

 月子はまことに申し上げにくくなさそうに返した。

「ああ、もういい! 今日は朝食抜きだ!」

「それがよろしいかと」

 言って一歩下がった。

 そうして踵を返しかけた月子を見て、周はあることに気づいた。

「月子さんはこんなときでもちゃんとメイド服を着てるのな」

「メイドの正装ですので」

「因みに、それ着るのにどれくらいかかる?」

 ロングスカートのエプロンドレスは着るのになかなかの手間がかかりそうだ。

「今日は急ぎましたので、起床からその他の身支度を含めて20分くらいかと」

「先に起こせよっ」

 月子の言葉が本当なら、効率次第ではもう20分の余裕が生まれてことになる。

 メイドはしばし考え込み――、

「では、次はそのように」

「そんな『次』はいらん!」

 時間に余裕がないように、周の心からも余裕が消えているようだ。かなりキレやすくなっている。

 月子はむっとした様子で周から顔を背けた。心なしかその頬が少し膨らんでいるようにも見える。

 やがてぽつりとひと言。

「……シュウ、うるさい」

 小さいながら明晰なその声は周の耳にもしっかりと届いた。というか、わざと聞こえるように言っている節すらある。

 そして、周が呆気にとられている隙に、月子は一礼して部屋から退出した。

 

 周が大慌てで着替えをすませ、ダイニングキッチンに顔を出したのは、それから5分後のことだった。

「もう出るから」

 それだけを告げてUターンする。

「お待ちください、周様」

「ん?」

 この忙しいときになんだと思いながら振り返ると、そこに月子が立っていた。手に持った小皿の上には形のいいおにぎりが乗っていた。

「せめてこれだけでも」

 周が部屋から出てくるまでの短い間に用意したらしい。

「助かる」

 そう言うと周はそれをつまみ上げ、口の中に丸ごと放り込んだ。そうして玄関に向かう。後ろに月子も続いた。

 玄関で学校指定の革靴を履き終えると同時に、口の中のおにぎりを飲み込んだ。

「どうぞ」

 絶妙のタイミングでお茶を差し出す。

 周はそれを受け取り、一気の飲み干した。

「んじゃっ」

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 丁寧なお辞儀でメイドは主人を見送った。

 

 学校までの道のりを、周は走った。

 状況は、力の続く限り全力疾走して間に合うかどうかギリギリといったところか。学校に程よく近いマンションを選んでおいてよかったと思う。

 それにしても、いつもは周りに鬱陶しいほどいる制服姿がひとつもないというのは、不安を煽るものがある。実はどうしようもないほど遅刻なのではないかと疑ってしまう。

 そんな肉体的にも精神的にも苦境に立たされている周の横を、

 ビュゥン……――

 レーシングカーが通り過ぎるときに似た音を鳴らしながら、何かが駆け抜けていった。

「……」

 一瞬のことで視認できなかった。

 そそ何ものかはすでに次の角を曲がっていて、もう後姿すらも確認できない。

 ただ、人外のスピードで駆け抜けていったことだけはわかった。その煽りを喰らって周の髪が、しばらくの間、後ろから前へなびいたくらいである。

「何だぁ、今のは? やたら小っこい、改造チョロQみたいなのが走っていったような……」

 それにしては痕跡がまったくない。

「錯覚、か……?」

 その可能性も充分にある。

 証明する材料が五感のいくつかで感じたものだけというなら、これほど曖昧なものはない。

 周も次の角を曲がった。

 別に後を追おうとしたわけではなく、ただ単に学校への最短コースがそこだっただけのことである。

 と――、

「誰がちびっ子よ!?」

「おわあっ!」

 角で待ち受けていたのは、周の通う護星高校の制服にスパッツ穿き、遠近感を無視したスモールサイズの女の子。

 生徒会会長兼治安維持部隊隊長、竜胆寺菜々ちゃんその人だった。

「な、菜々ちゃん会長……なんでここに……?」

「なんでって、決まってるでしょっ。そりゃあ……あっ、遅刻だったぁ!」

 言うが早く、菜々ちゃんは脅威のロケットスタートで駆け出していた。ただでさえ小さい身体がさらに小さくなっていく。

 まさにチョロQのスタートだ。

「……」

 そして、ひとり残され、立ち尽くす周。

 何もかもがおいてけぼりだ。

「しまった。俺もこんなことしてる場合じゃなかった」

 やがて周も自分のおかれている状況を思い出し、再び走り出した。

 しばらくすると前方に足踏みしながら待っている菜々ちゃんの姿が見えてきて、そのまま合流、併走する。

「ちょっとぉ、遅いわよ」

「いや、俺、これでも全力疾走なんですけど……」

 一方の菜々ちゃんはかなり余裕がある様子だ。

「会長が速すぎなんですよ」

「まっかせなさーい! あたし、この前、非公式ながら女子100メートルの日本タイ記録、弾き出したわ」

 あっはっはー、と楽しげに笑う菜々ちゃん。

 反対に周はどう反応していいかわからない、とても複雑な表情だったが。

「それなのに九条ったら『それ以前に、会長は人間として非公認です』とか言うのよ」

「九条……」

 ああ、と周は思い出した。

 先日会った鋭いナイフみたいな雰囲気の先輩がそんな名前だったと記憶している。確か雑用とか呼ばれていた。

「うまいこと言うわ」

「うまいのかよっ」

 しかし、菜々ちゃんの規格外の身体能力を見れば、その意見も尤もだろうとは思う。

「でも、人間凶器に言われちゃおしまいよね」

「に、人間凶器……!?」

 もう何だかわけのわからない話になってきている。

 このままだとどうやっても噛み合う話はできそうもないので、周は自分から話を切り出してみる。

「菜々ちゃん会長も遅刻するんですね。生徒会長なのに」

「生徒会長といえども人間よ。遅刻もするわ」

 と、つい先ほど人間というカテゴリからカミングアウトしたばかりの存在が言う。こういう部分だけは人並み、というか、並み以下なのだろう。よくできている。

「生徒会の人間だからって生徒の模範みたいなのばかりだと思ったら大間違いよ。爆発物のスペシャリストとか病弱薄幸ハッカー少女とか、いろいろいるんだから」

「……」

 そして、そのボスが菜々ちゃんである。

 周は軽い眩暈を覚えた。

 それはもう生徒会ではなく、単なる危険集団ではなかろうか。それか奇人変人博覧会。いったいどこまでが本当でどこからが冗談なのか。

「あ、マズッ! このままじゃ遅刻する。鷹尾、行くわよ!」

「へ? 行くって……うわたっ!」

 次の瞬間、菜々ちゃんは周の手を掴み、今までセーブしていたであろうパワーを全力開放して駆け出した。

 周の身体が引っ張られ、今まで出したこともないようなスピードを強いられる。

「ちょっ、ちょっと待っ……。む、無理、無理す! 足っ、足がついていかな……」

「耐えなさい。耐えるのよ、鷹尾! 陸上部は毎日こういう修行をしてるわ!」

 聞く耳持たず、菜々ちゃんはお構いなしに牽引していく。

「俺は普通の生徒だー! あと、修行じゃなくて練習……うひぃ~!」

 で、結局、

 周は校門が閉まる寸前に菜々ちゃんにゴミのように投げ込まれてセーフ。菜々ちゃんの方は閉まった門を飛び越えてむりやりセーフを勝ち取った。

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