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50%&50%  作者: 九曜
第4章
52/56

 〃  「ターニング・ポイント」(中編)

 シネコンのロビーでひと組の男女が揉めていた。

「絶対こっちの方が面白いって!」

「いえ、それよりもこちらの方がいいかと」

 周と月子。

 言うまでもなくどの映画を見るかで揉めているのだ。

 周のイチオシは、主人公がテロリストに単身立ち向かう、非常にアメリカらしい作品。対する月子が推すのは、わらわら出てくるリビングデッドをばったばった薙ぎ倒すサバイバルなもの。まぁ、どちらも似たようなものではある。銃を撃ったら人間の血が飛び散るか、化け物の肉片が飛び散るかくらいの差だ。

「主人公が中年のベテラン俳優なのはいいですが、あまりにも泥臭すぎます」

「確かにそうだし、そっちは若いのばっかだけどさ、出てくるあのゾンビってどうよ? 予告見たけど、テンション高すぎるだろ」

 次第に作品の推薦から、相手側への批判いちゃもんへとシフトしていく。

「ていうか、月姉、今日はメイド口調やめろっつっただろっ」

「こ、これは今すぐにどうこうできるものではありませんっ。そっちこそデ……、こういうときは男が譲るべきではありませんか」

 そして、最終的にターゲットは推薦者に向かう。

「月姉、年上だろっ」

「でも女です」

「金を出すのは俺だ」

「それでもです」

「……」

「……」

 で、

「……シュウの甲斐性なし」

「の゛っ」

 あまりにも痛すぎる月子のひと言に、周が固まる。

 結局、この隙に月子は周をチケット売り場までつれていって入場券を買わせ、その勢いで見る映画も決めてしまった。

 そんなことをしていたせいで、映画館に入ったときには決して余裕があるとは言えないような時間だった。幸いにしてふたり並んでの席を確保することはできた。スクリーンに近い側に周を座らせたのは、月子の感謝の表れだったのかもしれない。

 席に座るや否や月子はまた立ち上がった。さっきまで持っていたハンドバッグは座席の上だ。

「何か飲みもの買ってくるわ」

「いいけど。どうせまた俺に出せとか言うんだろ」

 周はポケットの財布に手を伸ばそうとした。

「言わないわよ。それくらい出すわ」

 しかし、月子はやわらかい微笑でもって、周を制した。

「何がいい?」

「あ、うん。じゃあ、とりあえず炭酸なら何でも」

「わかったわ。シュウはバッグと席、見てて」

 そう言い残して座席を離れる。

 周は月子が階段状の通路を上がっていくのを見送り――そこでようやくあることに気がついた。

「ま、いいか」

 ため息を吐いて、つぶやく。

 要するに、先ほど揉めたのは無駄ではなかったということなのだろう、

 

 程なく戻ってきた月子は、器用に片手で缶ジュースを2本掴み、もう片手にはポップコーンを持っていた。

「はい、シュウ」

「サンキュ」

 差し出された手の中には、炭酸飲料とウーロン茶があった。ウーロン茶は月子のものだろう。周は迷わず炭酸飲料を受け取った。

 月子が座席に腰を下ろしたところで、ちょうど場内の照明が落ちた。上演時間になったようだ。

 まず最初に流れたのは、他の映画の予告だった。いくつか気になっているものもあったので、周はわりと真剣にそれに見入ってしまった。

「シュウ、こっちも食べてね」

「ん」

 隣からトーンを落とした月子の声が聞こえ、短く応じた。

 さて、何が悪かったのだろうか――

 映画上演中の常として照明が落とされていたことか。周の目がスクリーンに釘づけになっていたことか。それとも周が月子より中央寄りに座っていたことか。もしかしたらただ単に運が悪かったのかもしれない。

 あえて言うなら、複合的要因。

 周はスクリーンに目を向けたままポップコーンに手を伸ばした。が、空振り。さらに手を伸ばし――

 ふに

 と、やわらかいものに指先が触れた。

 同時。

「ひゃ……」

 月子の小さな悲鳴。

 そのやわらかい、そのくせ程よく弾力のあるものが何かなど、考えるまでもなかった。

「シュ、シュウ……!」

「ご、ごめん!」

「いいから先に指を離してっ」

「お、おう……」

 なぜか未だに触れたままだった指をようやく離した。

「悪い……」

「……」

 月子は押し黙ったままだった。怒っているのだろうか。しかし、彼女の方がスクリーンに対して外側に位置しているため、果たして今どんな顔をしているのか、周には窺い見ることもできない。見ようとすれば明らかに不自然な行動になる。

 周は言葉を探した。

 何と言えばいいのだろうか。1番、大きいね。2番、やわらかいんだな。3番、わざとじゃないんだ。

 どれも果てしなくダメっぽかった。特に、言い訳とは言え弁解の言葉が最後の候補に上がっているあたりが。

「……」

 結局、無言。

 そして、肝心の映画の内容は、さっぱり頭に入ってこなかった。

 

 昼食は、映画の上演時間が昼をまたいでいたこともあり、やや遅いものとなった。

「……」

「……」

 そして、まだ得体の知れない緊張感は続いていた。

 なんとか少ないながらも言葉を交わし、飲食店街のこのレストランへと入った。が、やはり会話らしい会話はなかった。先ほどの事故が尾を引いているのだろう。

 注文したメニューが並べられるのをぼんやりと見ながら、周は話題を探す。

 1番、大きいね。2番、やわ――

(そいつはもういらん! 絶対逆効果だっつーの)

 今から改めて謝ったところで、単に話を蒸し返すだけだろう。ならば、とっとと忘れて、何ごともなかったかのように振る舞うのが吉だ。

「さ、さっきの映画、面白かったよな」

「え? ええ、そうね」

 はっと気づき、慌てて月子が応じた。

「シュウはどこがよかった?」

「ど、どこ!? どこって、そりゃあ……やっぱりラストだろ。アメリカ映画はあれくらい派手じゃないとな」

「は、派手……?」

 月子が深い記憶を探るように斜め下を向いた。

「派手だっただろ。ほら、ドーンとさ」

「そ、そうだったわね」

「そう言う月姉はどこが印象に残ってる?」

「わ、わたしぃ!?」

 月子は不意打ちを喰らったみたいに目を丸くした。

「わ、わたしは真ん中あたり、かな? 中だるみするかと思ったけど、そうじゃなかったし」

「えっと、そうだっけか……?」

 今度は周がその場面を思い出そうと、顔を斜め下に向けた。

「そうだったじゃない。シュウ、見てなかったの?」

 月子の反撃。

 弱みを見せまいと強気に出る。

「み、見てたよ、ちゃんと。でも、そこは、ほら、個人差っていうか、主観の問題であってだな……」

「え、ええ。まぁ、人それぞれよね」

「だろ?」

 周はほっとしたように同意した。

 そして、ふたりは上手く着地点(逃げ道)を見つけ、笑い合う。

 見事に乾いた笑いだった。

「……」

「……」

 またもや沈黙。

 これはマズい……。焦る周は、再び頭をフル回転させ、次の話題を探した。

「あれさ、続編、出るかな?」

 よりによってまた映画の話だった。

「で、出るんじゃないかな。伏線もあったし」

「伏線!?」

「え? ええ!?」

 驚く周に、戸惑う月子。

「あ、いや、そー言われてみれば、いくつかあった気がするな、うん」

 なぜか今度は月子に気を遣いはじめる周だった。

「シュウ、どこが気になった?」

「えっと、なんだっけ、ちゃんと覚えてないけど、ナントカ計画とかって思わせ振りなこと言ってるわりには、何の説明もなかったしな。そこだな」

 使い古された手法である。

 とは言え、周は辛うじて頭の片隅にあった記憶の断片をつなぎ合わせ、話をつなぐことに成功した。

「月姉が引っかかったの、どこ?」

「わたしは、ほら、あれ……わたしも名前は覚えてないけど、リーダー格の人が死んだでしょ? でも、叫び声だけで死体は映らなかったから。そこかな?」

 これまた腐るほどある演出だ。

「そ、そうだったっけ?」

「そ、そうだったじゃない。ほら、真ん中のあたりでっ」

 また真ん中かよ……。またもや果敢に中央突破をはかる月子に、恐れおののく周。

「でも、伏線ってさ、とりあえずそれっぽく見えるのを散りばめておいて、使うかどうかは後で考えるって聞いたけどな」

「わ、わたしも聞いたことある、かな?」

 月子も自信なさげながら、周の意見に乗っかってきた。

「回収されなくても、それは伏線じゃないって言われたら、こっちはそれまでだもの」

「その演出をどう捉えるかは人それぞれだしな」

「それこそ主観よね」

「だよな」

 またも出口に殺到するふたり。

 そして、

「……」

「……」

 波が引くようにして、口を閉ざした。

 互いに合わせようとしない視線。

 だが、やがておそるおそる、様子を窺うように相手を見て――目が合った。

「うはははー……」

「あはははー……」

 何がおかしいのか、笑い合う。

 壮絶に不毛な会話はこの後も続いた。

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