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50%&50%  作者: 九曜
第4章
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第30話 「それでも世界は回る」(前編)

 鷹尾周の一日は、朝、メイドに起こされるところからはじまる――はずだった。

 しかし、今日は違っていた。

 なぜなら昨晩、周が寝る前に部屋の鍵をかけたからだ。月子は入ってこられない。

 理由は特になかった。

 鍵をかけたのは、月子に入ってほしくないからなのだが、そう思った理由は自分でもわからない。いや、わかっているけど、それを何らかのかたちに表現しようとした途端わからなくなる――そういう類のものだ。

 兎に角、月子に近づいて欲しくなかった。

 朝7時10分前、ドアがノックされた。

「おはようございます、周様」

 月子の声。

 周はすでに目を覚ましていた。

 早朝のまどろみの中で、昨夜自分が部屋の鍵をかけたことを思い出し、それがどういう結果を生むか気になって、そのまま目を覚ましたのだ。

 だから、月子の声を聞いたとき、周はどきっとした。まるでいたずらをしかけて息を潜めてる子どものようだ。

 月子は周の返事がないとみると、いつものようにドアノブに手をかけた。――ガチャ。しかし、それは少し角度を変えただけで、回りはしなかった。ガチャガチャと2度3度それを確かめる。

 さて月子はどうするだろうか。怒るのか、それとも外から声をかけるだけですますのか。そして、周は自分もまたそれに対してどうするか決めていないことに気がついた。なんと考えなしの行動だろうか。

 静寂。

 いや、かすかにカチャカチャと小さな音が聞こえる。

 程なく――、

「周様、朝です。起きてください」

 普通に入ってきた。

「なんで入ってこれんだよっ」

「この程度の鍵が開けられなくてどうしますか。メイドの基本です」

「そんなメイド聞いたことねぇよっ」

 しれっと言う月子に、周が突っ込む。

 というか、前には武器格闘の習得についてもメイドの基本だと言っていた。きっといろんなところに基本があり、そして、メイドらしい肝心なところにはないに違いない。

「というわけで、朝です。起きてください」

「OK、わかったよ。ていうか、もう起きてる」

 周は不貞腐れたように答えた。極力、月子を見ないようにする。

「ところで周様」

「んだよ?」

「今日はなぜ鍵がかかっていたのでしょう?」

 心なしか責めているように聞こえるのは、周に後ろ暗いところがあるせいか。

「あー、それはあれだ……」

 頭を掻いて一拍置いた。その間に言い訳を考える。

「そうしておけば月子さんが入れなくて、長く寝られると思ったんだ」

「なるほど、そうでしたか。ですが、そんなことをしても無駄ですので、次からやめてください」

 確かに無駄らしい。今それがよくわかった。

「針金一本2秒で開けられますが、手間は手間ですので」

「2秒かよっ」

 プロの域である。

「ただでさえ毎朝起こすのにひと手間もふた手間もかかるのですから、これ以上――」

「わーった。わーったからっ。明日からはもうやらないから」

 放っておいたらぐちぐちと何を言われるかわかったものではない。

「ったく。まさかそれで勝手に机の抽斗とか開けてないだろうな」

「……」

「ちょ、なんで黙んだよ!? 本当に開けてんのか!?」

「……」

 返事がない。とんでもないメイドのようだ。

 月子は目を逸らすようにして斜め下を向いていた顔を、すっと上げた。

「朝食ができていますので、着替えたらすぐにきてください」

 いつものように恭しく一礼し、部屋を後にする。

「つ、月子さーんっ」

 叫ぶ周。しかし、ドアは虚しく、パタンと乾いた音を立てて閉まった。

「まったく……」

 周はぼやいた。

 ベッドの上で片膝を抱え、額に落ちた前髪をかき上げる。

「無駄なこと、か……」

 わかっていた。

 そんなことをしても何の意味もないことくらい、やっている周だってわかっているのだ。

 

 月子と物理的に距離をとりたいと思ったところで、食事になれば嫌でも同じテーブルにつかなくてはならない。十六の健康な少年は恋に悩んでも腹はすくので、朝食を抜くという選択肢はなかった。

 定員2名のテーブルに月子と向かい合わせで座る。会話はない。黙っていると月子のことを意識して、自分が抱えているこの気持ちをどうすべきか思い悩んでしまうので、それをまぎらわすためにも、周としては何か話をしていたかった。

 が、うまくできない。

 普段は月子と話をしながら食事をしている。それは思い出せるのだが、いつも自分がどんなふうに話を切り出しているのかが思い出せなかった。

 つまり普段できていることができなくなるくらい、落ち着きをなくしているということらしい。

「きょ、今日から2学期だな」

 とりあえず無難な話題から。

「そうですね」

「言っとくけど、宿題はぜんぶ終わらせてるぞ」

 そして、聞かれていないことまで言ってしまう。

「いえ、その心配はしていません。少し前にその報告は聞きましたし」

 一瞬、月子は怪訝そうな表情を浮かべてから、そう答えた。

「そ、そうだったっけな」

 会話は早々に袋小路へと嵌まり込んだ。

 周はばつが悪そうにトーストをかじり、そうしながら次なる話題を探した。

「えっと、月子さんはまだ先なんだよな、大学がはじまるの」

「ええ。9月いっぱいはまだ休みです」

「いいなぁ」

「その代わりこちらは7月の末まで試験でしたから。とは言え、それでも高校生よりも休みが長いことは確かですが」

「そりゃあ羨ましい限りだな」

「……」

「……」

 先ほどよりは長く続いた会話も、やはり途切れてしまった。

 周は居心地の悪さを誤魔化すように、ベーコンエッグに手をつけた。ベーコンを一枚、卵から切り離す。その箸運びが巧みなのは、育ちのよさと躾のおかげだろう。

 ふと気づく。

「てことは、月子さんが早起きしてるのは、俺のせいか?」

「まぁ、そうとも言えますね」

 確かにふたりともが休みだった夏休みの真っ最中は、月子は1時間ほど、周にいたっては2時間も普段より遅い起床だった。周を叩き起こしたり、送り出したりする必要がなかれば、月子が早起きする理由もないだろう。

「そうか。悪いな」

 直後の一瞬、月子は動きを止め、

「いえ、私は周様のメイドですから」

 と、やや硬い口調で言い、コーヒーに口をつけた。

 三度目の沈黙。

 それは月子が招いたようなものだったが、さっきから失敗し通しの周は「またやっちまった……」と、心の中で頭を抱えていた。

「く、9月と言えばさ、うちの学校、学祭があるんだよな」

 周は慌てて次の話題へと移る。

「月子さんも見にくる?」

「私、ですか?」

 月子は首を傾げ、問い返す。

「ああ。ほら、9月中は休みなんだろ? だからさ――」

「学園祭が土日なら、私の学校が休みかどうかは関係ないと思いますが」

「あー、そりゃそうだな……」

 はははー……、と周の口から乾いた笑いがもれる。それを見る月子の視線はどこか冷ややか。

「周様」

 月子の呼び声に周は、びくりと体を振るわせた。

「お、おう」

「周様、先ほどから少々変です」

「……」

「……」

 本日四度目の沈黙。

 後、周は大きなため息を吐いた。

「悪い。会話が空回りしてる自覚はあるんだ。ちょっと考えてることがあってさ――」

「いえ、そうではありません」

 月子はきっぱりと言った。

「いつもなら自分から積極的に話をしようとしないのに、今日に限っては不自然なほど多弁です。そこが変ではないかと」

「……」

 なるほど。いつも自分がどんなふうに会話を切り出しているか、思い出せないはずだ。もとからそんなことはしていないのだから。

 言われてみれば、確かにそうだった。月子の「今日の予定は?」とか「今日は何かありましたか?」といった質問に、ひとまず「別に」と答えておいてから「ああ、そういえば――」と続くのが普段の会話の流れだ。

 周は残っていたコーヒーを一気に飲み干し、カップを置いた。

「……ごちそうさま」

 静かに席を立ち、リビングへと向かう。

「周様」

「ん?」

 振り返ると月子の心配顔があった。

「先ほど考えごとと言っていましたが、何か悩みごとでしょうか?」

「ああ、あれね」

 周は苦笑いをした。

「別に人に話すようなこっちゃねーから。あんま気にしないでくれ」

 その返事を聞いてさらに心配の色を濃くする月子には悪いが、さすがにこればかりは相談するわけにはいかなかった。

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