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50%&50%  作者: 九曜
第3章
42/56

 〃  「図書館へ行こう」(2)

 一日で最も気温の高い時間であろう、昼過ぎ――

「暑い……」

 降りそそぐ太陽と輻射熱にサンドイッチされた周は、歩道を歩きながら声を絞り出すようにしてうめいた。完全に暑さに惨敗した顔だ。

 一般に盆を過ぎれば暑さが和らぐと言われているが、ならば盆前の今は暑さのピークだろうか。尤も、最近では盆を過ぎても一向に涼しくなる気配を見せないが。周などは単純なので、連日ニュースで猛暑というフレーズを聞くたびに「そうか、これが温暖化か」と、わかったような顔で頷いている。

「絶対去年より暑いよな」

「何をバカなことを」

 隣を歩く月子が呆れたような響きを含ませて応じた。こちらは炎天下でも汗ひとつかいていない。

「一年で体感できるほど暑くなっていたら、近々地球は滅びます」

「そうかぁ? 去年はもう少し涼しかったと思うぞ」

 去年はいい年だった。今年の風邪はしつこい。俺が車を洗うと雨が降る――マーフィの法則並の錯覚である。

「……」

「……」

 言葉がなくなった。

 周は話すのも億劫だといった感じで、背筋を曲げてだらだらと歩く。とことん暑いのが苦手のようだ。反対に月子は、暑さなど感じていないかのように無表情で、周につき従っている。

「あ゛~……」

 周の意味不明なうめき声。

 と思いきや、唐突に言った。

「プールに行きたいな、月子さん」

「……は?」

 ワンテンポ遅れて月子の返事とも言えない返事。

「プ、プール、ですか?」

「ああ。海でもいいな」

「海……」

 月子は急に落ち着きをなくして、周の言葉を反復した。

「あ、あの、周様? 前にも言いましたが、私は、その、プールとか海が苦手で……それにまさかそんなことを言われるとは思っていなくて……そういう準備が……。あと、心の準備も……」

「じゃあ、図書館に行くか」

 瞬間、ぴたり、と月子の動きが止まった。足だけが交互に動いて、体を前に運んでいく。

「……」

「……」

「……いきなり落ちましたね」

 月子が冷ややかな声で述べる。

 だいたいにして今まさに図書館に行く途中である。

「……そうだったな。じゃあ、銀行」

「……」

「……もしくは市役所」

「……」

「……」

「……周様」

「んー?」

「……ただ単に涼しい場所に行きたいだけですね?」

「……そうかもな」

 周は暑さで朦朧とした様子で、気の抜けた返事を返した。これでは今の会話だって覚えているか怪しいものだ。月子は怒る気も失せたようで、小さくため息を吐いた。

 ふたりはしばらくの間、黙ってだらだらと歩を進めた。尤も、だらだら歩きは周だけだが。

 頭上では年々生活圏が減っていくセミが街路樹にしがみついて、ここぞとばかりに自己主張をしている。車道では自動車が、それこそ地球温暖化の原因である排ガスを撒き散らしながら爆走していく。周にとってはどちらも暑苦しさを演出するだけのものでしかない。

「あ、周くんだぁ!」

 と、そこに爽やかな声。

 正面から走ってくるのは、同じマンションの同じフロアに住む古都翔子だった。キュロットにTシャツという夏らしく、且つ、健康的なスタイル。走ってきたことで額に汗が光っているが、別段気にした様子もない。夏は暑いのが当然、汗をかくのは気持ちいいと考えている、夏が好きなタイプなのだろう。周とは正反対だ。

「あぁ、びっくりしたぁ」

 翔子は苦笑いを浮かべる。当然、周は「何が?」と問うた。

「だって、周くんが女の子と一緒に歩いてるから。彼女かと思っちゃった」

「ちょ……何でだよっ」

「月子さんだったんだ。……こんにちは、月子さん」

 慌てふためく周をよそに、翔子は今度は月子に顔を向けた。

「え、ええ、こんにちは、翔子さん」

 そして、月子もまた戸惑い気味だった。

「ふたり一緒にお出かけ?」

「ええ、まぁ……」

「で、出かけると言っても、図書館だぞ」

 曖昧な月子の返事に、周が補足を加える。言葉を噛んでしまったのは、外出前の玄関で追い払ったはずの思考が再び振り子のように戻ってきたからだ。

 しかし、次に出た翔子の台詞はそれを上回る、6ゾロのクリティカルヒット。振り子はクレーン車が振り回す鉄球だったようだ。

「もしかして、デート?」

「違うッ」

「違いますッ」

 周と月子の発音が重なった。

 驚いたのは翔子だけでなく、周と月子もまた自分の口から出た声の大きさに驚いていた。

 しまった、と後悔するふたつの顔と、きょとんとする翔子の顔が作ったのは、沈黙。

 その中で翔子は、首を傾げるようにしてまずは右下を向き、それから左下を見た。そうしてから顔を正面へと戻す。その運動が描いた顔の軌跡は三角形だ。

 翔子は、ふわり、と笑った。

「そっか。図書館か」

「お、おう、そうなんだ。図書館なんだ。なんなら翔子ちゃんも一緒に行く?」

「ううん。わたしはいい」

 翔子は胸の前で小さく手を振って辞退した。

「じゃあね、周くん」

「ああ、うん」

「月子さんも」

「あ、はい」

 ふたりに別れを告げると、翔子は軽やかな足取りで小走りに去っていった。

 その後ろ姿を見送り、周は「まいったな……」と小さくつぶやいた。

 ここまで茹で上がった頭からすっかり忘れられていた、一緒に外出=デートの連想ゲーム。それを翔子のせいで思い出してしまったのだ。さっきまでかたちがなかったのに、言葉にすることで月子と共有してしまった分だけ、むしろたちが悪いかもしれない。

「しょ、翔子ちゃんも変なこと言うよな……」

「え、ええ、まったくです……」

 おかげでまたぎこちなくなってしまった。

 周は努めて月子を視界に入れないようにしながら、進むべき方向へと体を向けた。

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