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50%&50%  作者: 九曜
第3章
41/56

第27話 「図書館へ行こう」(1)

 夏休みも半分が過ぎた八月の中旬――、

 昼過ぎ。

 周は自室で勉強机に向かっていた。

 夏休みに入り、連日というほどではないにしろ、度々友人たちと遊びにいっていたりもするのだが、今日はそういう予定も特にはなかった。盆が近いせいで仲のよい連中の大半が田舎に帰省しているのが大きな理由だ。

 暇を持て余して夏休みの課題に向かってはみたものの、しかし、あまり身が入っていないのが現状である。

「帰省、ねぇ……」

 目だけで天井を見上げ、つぶやいてみる。手ではシャープペンシルを回しているのだが、こちらは意識とは乖離した運動だ。

 周は春以降、このマンションに住むようになってから、実家に一度も帰っていない。それどころかメイドの月子が定期的に報告しているのをいいことに、電話すらもしていないのだ。

「それもこれも今の生活が居心地いいからなんだろうな」

 しみじみ思う。

 炊事洗濯その他家事全般は月子がやってくれるし、適度に口うるさいので規則正しい生活も保たれている。自立した生活をするという当初の目的はどこへやら。家を出て自由を得て、しかし、雑事は人任せとは恐れ入る。

「月子さんのせいだよなぁ」

 周は振り返る。

 すべては月子が押しかけてきたことに端を発する。月子は周の世話を命じられて実家から派遣されてきた。それによって周のひとり暮らしは、はじまる前に崩壊してしまったのだ。

「問題、だな」

 問題?

 何が問題だろう?

 わかりきっている。当初の目的を忘れてしまった今の生活が、だ。

 だが、先ほど自分で言ったではないか。居心地がいい――と。

 今の生活は居心地がいい。

 居心地がいい、

 今の生活。

 それはつまり月子がいる生活のことで――、

「いや、待て」

 と、誰かが言った。

 否。

 言ったのは自分。

 鷹尾周が制止したのだ。その先は都合が悪いぞ、と。

 今まで目を瞑って見ないようにしてきたものが見えてしまいそうになる。

 日常化していた非日常が、正しく非日常として認識されてしまう。

 そうだ。それはあまりにも都合が悪い。

 そのとき――、

 コン コン

 部屋のドアがノックされた。

「お、おう」

 周ははっと我に返り、慌てて返事をした。

 思考の中断。取り損ねたシャープペンシルが机の上を転がり、頭の中で明確なかたちを成しつつあったものもまた、汲み取り損ねていずこかに霧散した。

 周がドアを開けると、そこに月子が立ってた。廊下の湿った熱気が部屋に流れ込み、体を撫でた。不快感に思わず顔をしかめる。しかし、いかにも暑そうなエプロンドレス姿の月子は汗ひとつかいていないのはどういうことか。

「なに、月子さん」

「実は今から私用で図書館に行こうと思いまして」

 表情に乏しいメイドは淡々と述べた。

「ふうん、図書館ねぇ」

 その単語を復唱してみる周。

「それで出かける前に周様から私に言いつけることがあったらと思い、聞きにきました」

「いや、特にないな。……因みに、あるって言ったら?」

「内容によっては、それくらい自分でやりやがれ、と言って、私はとっとと外出します」

「……」

「……」

 あいかわらず職業意識の何割かが欠落したメイドさんである。

「あー、うん。特にないから、いってらっしゃい」

「では、いってまいります」

 月子は恭しく一礼してから、その場を辞去しようとした。

「あ、月子さん」

「はい?」

 が、そこを周が呼び止める。

「俺も一緒に行っていいかな?」

 ふと思いついて言ってみた。

「周様が、ですか? 図書館ですよ?」

「意外そうに言うかよ」

 むっとして言い返す周。

「周様と図書館が繋がらなかったもので」

「……俺をアホだと思ってるだろ?」

「一般的にはそう通っているようですね」

「一般ってなんだ!?」

 一般。

 換言するなら、世間の認識、である。

「俺はただ、家じゃどうも捗らないから、場所を変えてみようかと思っただけなの。悪いか」

「いえ。気分転換もひとつの手かと。それでは、一緒に――」

 と、そこで月子の言葉がはたと途切れた。

「どうした?」

「な、何でもありません。……では、い、一緒に行きましょう」

 そして、つっかえつっかえ改めて言い直した。顔はややうつむき加減。周からその表情は見えない。

「? ……んじゃ、すぐに用意するから」

「あ、はい。私もすぐに着替えてきます。い、いえ、やっぱり少し時間がかかるかもしれません」

「どっちだよっ」

 あやふやなことを言う月子に、周が堪らず突っ込んだ。

「できるだけ早くします」

 結局、そう言い残して月子はリビングの方へパタパタと小走りに去っていった。

 周は首を傾げながら、その後姿を見送った。

 

 約二十分後――、

「おっそいなぁ、おい」

 周はまだ玄関にいた。

 周の支度はいたって簡単だった。外出着に着替え、髪にブラシを通して終了。五分ほどで現在と変わらない状態を得ていたのだが、しかし、いっこうに出てくる気配を見せないのが月子である。

「おーい、月子さん。まだかー」

「すみません。お待たせしました」

 ようやく月子が姿を現した。

 脹脛くらいまでの細身のデニムに、袖の短いキャミソールという夏らしいスタイル。キャミソールはヘソが見えるか見えないかくらいの丈だ。メイド姿のときには首の後ろあたりで野暮ったく括っているだけ髪も、今は解かれて少し凝ったかたちにセットされていた。

 周は言葉もなく月子を見つめる。

「あの、周様。この格好、何か変でしょうか……?」

 月子は自信なさげに問い返し、自分の姿を検めた。

「あ、いや、そんなことはないぞ」

 ここのところ月子の私服姿を目にする機会が少しずつ増えてきているが、それでも未だに慣れなくて、どうにも落ち着かない気分にさせられる。

 ついでに言うと、月子はプロポーションもいい。それが夏の薄着によって強調されて、健全な男子高校生には少々目の毒だった。――が、もちろん、そんなことは口には出せない。

「じゃあ、とっとと行くか」

 周は逃げるようにして月子に背を向け、ドアノブを握った。

 瞬間、ふと違和感を覚える。

「……」

 が、すぐにその正体は知れた。

 要するに、月子と一緒に出かけるという行動は、これが初めてなのだ。近似値として、外でたまたま月子と会って、ふたり並んで家へ近づく運動ならば何度かあった。しかし、同じ目的地に向かうために、一緒に家を出るのは初めてのことだった。

 周はこのドアを開けた後のことを想像する。

 行き先は図書館。そこへ一緒に行って、一緒に帰ってくる。何だろう。何かに似ている気がする。あぁ、デートだ。周は思い至る。女の子とふたりで出かけるという点で共通している。

 そう、思ってしまって――、

「こりゃマズいな……」

 小さくつぶやいた。

「あー、でも、あれだな。月子さんとふたりで出かけるってのも初めてだよな」

 周はボリュームも大きく、ぎこちなく発音した。

 目の前にある事実だけを結論として止めることで、その後に続いた連想はなかったことにしようと試みたようだ。

 同意を求めるようにして振り返る。

 が――、

「そ、そうですね……」

 月子もその口調はぎこちなかった。

「……」

「……」

 互いに目を合わせない、気まずい沈黙。

 周は、もしや、と思った。だけど、それ以上考えるのはやめた。よけいな憶測と連想を増やしたところで、後がやりにくくなるだけだ。意識することなどない。

「おけ。い、行こうか」

 周は改めて外へと踏み出した。

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