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50%&50%  作者: 九曜
第1章
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第4話 「帰宅ボイコット」

 今日も一日がはじまる。

「朝です。起床してください」

「うわあっ!」

 鷹尾周たかお・あまねの一日は、端正ながら無表情なメイドに問答無用で布団を引っ剥がされるところからはじまる。

 ベッドの上で掛け布団に包まるようにして寝ていた周は、一回転して悲鳴を上げた。

「あー、もう朝か……」

「おはようございます、周様。朝食の準備ができています。着替えて顔を洗って、十分以内にきてください」

 もの凄い力技で現実に引き戻されて呆ける周に、メイドはメイドとしてどこか間違っている態度で、感情を挟まずに言った。

 このメイドは、名を藤堂月子とうどう・つきこという。現在病院で療養中の旦那様――要するに周の父親、から勅命を受けてここにいる。おかげで周が家を飛び出してまで望んだ、自立した生活は実現せず、代わりに2LDKメイド付きという世にも奇妙な生活スタイルが誕生した。

「……ん。わーった」

 その返事を聞いて、月子は部屋から出ていった。

 周は再び眠りに淵に落ちて、

 二度寝。

 ……。

 ……。

 ……。

 そして、きっかり10分後――

 音もなく部屋のドアが開き、月子が戻ってきた。ベッドの傍まで歩み寄ると、穏やかな顔で幸せそうに寝入っている周を見下ろした。

 見つめること十数秒。

 やがてベッドの手前の端に片足をかけた。手は対岸の端に。そうしてから――

「ふっ」

 呼気を吐くとともに体重移動。

 軽い! 丈夫! が売りのスチール製のベッドは見事に横転し、

「どわーっ」

 周が転がり落ちた。

「何だあ! 何が起きたあっ!?」

「おはようございます、周様。朝食の準備ができています。着替えて顔を洗って、十分以内にきてください」

 しかし、この世の終わりかと思うほど驚く周に対し、月子は何ごともなかったかのように言った。

 実際、10分前と台詞が一言一句同じな辺り、本当に何もなかったことにして再スタートするつもりらしい。

「わ、わかった。すぐ行く」

 周は横転したベッドと月子を交互に見て、怯えたように答えた。これでもう一回寝ようものなら、今度はきっと自分とベッドの位置が入れ替わるに違いない。

「お待ちしております」

 軽く一礼して言ったその言葉は、脅しにも似た響きがあった。

 

「ったく。もうちょっとマシな起こし方はできないのかよ」

 時間をおくと怒りが湧いてきたようで、周は朝食を食べながらぼやいた。長めの髪の下にある切れ長の目で月子をやぶ睨み。特別ハンサムというわけではないが、よく見れば意外に整った容姿をしていることがわかる。

「二度寝する周様が悪いかと」

「だからつってあんなことするかよ」

 あんなこと=ベッドひっくり返し。

 普通はしない。

 普通じゃなければするかもしれないが。

「次からまともな起こし方をしてくれ。でなきゃ出ていってくれ」

「回答を保留します」

「なぜに!?」

「いえ、基本どっちも嫌ですので」

 つまり、出ていくのも嫌なら、これからもベッドをひっくり返すぞ、と。

「では、周様は、明日からは自力で起きるとでも?」

 月子は決断を迫るように問う。

「お、おう。任せろ。それくらいやってやる。……自信ないけどな」

「わかりました。明日からはそのように。ただし、起きられなかった場合は今日以上の目に遭ってもらいます」

「結局くるのかよっ」

 それよりなにより、まだ上のコースが用意されているのが恐ろしい。

「そこまでいくと、趣味でやってんじゃないかと思えてくるな、おい」

「……」

 押し黙るメイドさん。

「……」

「……」

「……」

「……オイ」

 周が月子を見上げると、彼女はすっと目を逸らした。

 再度沈黙。

 程なく月子は、気を取り直したように周に向き直り、

「もうよろしいのでしたら下げますが」

「まだ喰うっ。半分以上残っとるわ!」

 

 朝食を終えた周は、部屋に戻るとすぐに制服に着替え、鞄を持って廊下へ出た。

「周様、もうお出かけですか?」

 月子がリビングから出てくる。

「ああ」

「いつもより早いのでは?」

「早く行きたいんだよ」

 やや乱暴な口調で答えた。

 確かに普段から月子が余裕を持って起こしてくれるおかげで、毎朝登校前に新聞の朝刊に目を通すくらいのことはしている。

「では、これを」

 差し出してきたのはいつもの弁当だった。

「……」

 周はそれを見てわずかに逡巡した。

 ここでこれを突っ撥ねるのは簡単だろう。だが、その後のことを考えてしまうのが周という人間である。月子が少なからずの手間をかけて作った弁当は、自分が食べないとどうなってしまうのだろうか、と。……まぁ、本当に今夜の夕食に出される可能性もあるが。

「……ん」

 不承不承、周はそれを受け取り、鞄に放り込んだ。

 そうしながら足を靴に突っ込み、外へ出た。

「いってらっしゃいませ、周様。お気をつけて」

 月子はいつも通り丁寧にお辞儀をして送り出してくれた。

 

 高校の授業のペースにもすっかり慣れ、本日も6時間すべてがつつがなく終了。

 そして、放課後。

 周は駅前のショッピングセンターの中にある、ワンフロアの半分ほどを占めるアミューズメントスペースにきていた。

 寄り道の道連れはクラスメイトふたり。

 ひとりは教室の隣人、岡本哲平。

 もうひとりは、名を天根小次郎という。彼とは名前に同じ『あまね』の音を持つ縁で仲がよくなった。

「ぅおりゃあっ」

 周は今、パンチの威力を測定するパンチングマシーンのターゲットを殴りつけていた。

「なんだか荒れとらーなー」

「……別に」

 端で見ていた岡本のひと言に、周は素っ気なく答えた。

 荒れていることはちゃんと自覚していた。だが、その荒っぽいパンチのわりには威力を示す数字がいつもより出ていない。力まかせに腕を振っているから、インパクトが不的確なのだろう。

「ちっ」

 終わってみれば表示された合計と平均は散々なもので、周は思わず舌打ちしていた。

「小次郎さんよ」

 床に置いていた鞄を拾い上げ、友人に向き直る。

「なんかできる対戦ゲーある?」

「いくつかな」

「おっし。じゃあ、やろうぜ」

 さっそく対戦台の並ぶ一角に足を向ける。その後を小次郎も黙ってついていった。口数は少ないが、ノリとつき合いは悪くないのが彼の人となりである。

 それから3人でいくつかの筐体を渡り歩き、ほどほどに遊んだところで外に出た。

 陽はすっかり暮れていた。

 4月といえば春真っ只中だが、日が長くなるのはもう少し先だろう。

「そろそろ帰るか」

「だーな」

 そう言ったのは小次郎と岡本。まっとうな感覚である。

 そして、周はというと、

「帰りたくねぇ……」

 だった。

「お前は子どもか」

「んだよ」

「だって鷹尾、ひとり暮らしだーろ? なのに帰りたくないって、コレでも出るの?」

 岡本は胸の前で両手を垂らす。古典的な幽霊のポーズだ。

「そんなんじゃねぇけどさ」

 メイドが家に取り憑いているのだ。

 これが本当に幽霊なら、むしろ逆に笑えたかもしれない。日本なのにメイド姿の幽霊。しかも、炊事に洗濯、掃除と、家事までやってくれるのだ。十二分に笑いの域である。

「俺たちは帰るけんど、鷹尾、どーする?」

「少しくらいならつき合ってやれんこともないが」

「ああ、いいよいいよ。俺もテキトーに帰るからさ」

 周は掌をひらひらさせながら答えた。

「そうか、じゃーな」

「また明日」

「おう」

 別れの挨拶を交わした後、岡本と小次郎は駅へと歩いていく。電車通学なのだ。

 それを見送ってから周は家へ――ではなく、再びショッピングセンターへと戻り、フードコートでファーストフードを注文した。

「あんな家に帰ってられるか……」

 ぼやきながらハンバーガにかぶりつく。

 周はこういうジャンクフードが好きだった。だからと言って、今まで好きなだけ食べてきたかというとそうでもなく、むしろ一般的な家庭の子どもよりその機会は少なかったと言える。家が裕福な上、両親の愛情過多のせいで食生活には恵まれていたが、逆にこういう高カロリィ低コストなお手軽ジャンクフードには縁がなかったのだ。

 が、その好きなものを食べる手がはたと止まる。

「何やってんだろうな……」

 周はつぶやく。

 何をやっているのか?

 平たく言えば、帰宅ボイコット。

 表情ひとつ変えずベッドを横転させるような、あんな乱暴な押しかけメイドのいる家なんかに帰ってられるか、と只今抗議行動中なのである。

 だが、こうしてひとりになって落ち着いて考えてみれば、どうにも虚しい。

 少なくとも、好きな食べものを食べているはずなのに、それを素直に美味しいと思えないほどには虚しかった。

 

 で。

「結局は帰るしかないんだよなぁ」

 あれから本屋やCDショップに寄ったりして時間をつぶしていたが、それも飲食店以外の店舗が閉まりはじめた午後8時で音を上げた。

 夜道を歩いて家へと帰る。

 普段なら10分の行程を、たっぷり15分はかけて歩いた。

 ドアの前に立ったとき、鍵がかかっていたらどうしようかと思ったが、その心配をよそにドアノブはすんなりと回った。

 いつもより静かにドアを開閉し、やはり静かに玄関を上がる。

 にも拘らず、廊下の突き当たりのドアから月子が姿を現した。このメイドさん、100メートル先で針が落ちた音でも聞き取るかもしれない。

「おかえりなさいませ、周様」

 月子は恭しく頭を下げ、周を迎える。

 対して周は、エセ空手のポーズで身構える。

「……」

「……」

 そして、沈黙。

 日頃から表情の乏しいメイドさんはこれくらいでは動じず、緊張に耐え切れなくなって先に言葉を発したのは周のほうだった。

「えっと、月子さん、怒らないの……?」

「は? なぜでしょう?」

「いや、だって、こんなに遅く帰ってきたしさ……」

 だが、

「周様がいつ帰ってきてもいいようにしておくのが、メイドの仕事ですから」

 月子はきっぱりと言い切った。

「あ、あー、そう……」

 周は頭を掻く。

 なんだがボイコットをしていた自分がバカらしくなってきた。なんて無意味なことをしていたのだろう。改めて思う。

「では、夕食の準備ができていますので」

「……」

 うっぷ。

 押し寄せてきた吐き気と後悔を、顔に出さないように懸命に堪えた。

「わ、わかった……」

 辛うじてそれだけを言い、部屋に入ろうとして――その足を止めた。

「あ……っと、月子さん」

「はい?」

 月子のほうもリビングに戻る途中だった。

「その……、ごめん」

「は?」

「いや、だから、遅くなってゴメン。次から帰りが遅くなるときは連絡する。……じゃ、それだけだから」

 すちゃっと片手を上げ、逃げるように部屋に戻ろうとする。

「では、私のほうからもひとつ」

 と、今度は月子。

「夕食ですが、無理をしなくてもかまいませんが?」

「……」

 どうにも見抜かれてるっぽい。

 そして、それは魅力的な誘いでもあった。

「い、いや、大丈夫。喰う」

 それでも意地を貫き通す。

「わかりました。では、そのように」

 月子がかすかに笑っていた。

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