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50%&50%  作者: 九曜
第3章
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第25話 「夏の侵略者たち」(前編)

 夏休みに入り、起床する時間がいつもより遅くなっても、鷹尾周の一日はやはり、朝、メイドに起こされるところからはじまる。

「周様、朝です。起きてください」

 メイドモードだと途端に表情が乏しくなる月子は、声まで無表情で、朝を告げているだけなのにまるで死刑の宣告をしているようだった。

「あと5分……」

 一方、周はというと、死刑宣告も毎日聞いていると慣れてくるらしく、いつものように刑の執行の延期を要求する。

「ダメです。私はもう出かけますので、直ちに起きてください」

「あぁ、そうか。月子さん、今日も学校か……」

 慣れというよりは、ただ単に学習能力がないだけかもしれないが。

 周は眠い目をこすりながら、ベッドの上で体を起こした。見れば月子はいつものユニフォームではなく、デニムのロングパンツにタンクトップといった出で立ちだった。もとから豊かな胸が薄着によって強調されて、目のやり場に困る。まさかその格好で行くんじゃないだろうな……。周は不安を覚えた。

「もう試験も後半に入りましたので、あと3日ほどです」

 周の戸惑いと心配をよそに、月子は淡々と告げた。

「だったら、俺のことにかまってる場合じゃないだろうが」

「そうはいきません。私は周様のメイドですので。それに普段から勉強していますから、今さら慌てずとも大丈夫です」

 そう言いながら月子は自慢げに胸を張るものだから、またさらに大変なことになる。周は慌てて顔を背けた。

「あー、わかったわかった。月子さんはエラい。だから早く出ていってくれ」

「どうかしましたか?」

「着替えるんだよっ」

 思わず語調も荒く答えた。このままそばにいられたら精神的に消耗しそうだ。

「では、朝食の用意はできていますので」

「りょーかい」

 しっしっ、と手を振り、月子を追い立てる。

「ったく。朝から落ち着かない気分にさせてくれるよなぁ」

 ぶつぶつとひとり言を零しながら、手早く着替える。

 そうしてから部屋を出ると、また月子と顔を合わせた。どきっとして飛び退きかけるが、しかし、月子は先ほどとは違う装いだった。タンクトップの上からオフショルダーのロングシャツ。ゆったりとしたサイズで、体のラインはほとんど隠れていた。周は何となく安心してしまう。

 服装に加えて鞄まで持っているところを見ると、すぐにも出かけるようだ。

「もう行くんだ」

「はい。3時過ぎくらいには帰ってこれると思います」

 ということは、試験は2時間目と、昼を挟んで3時間目か。周は頭の中で反射的に思う。

「そんなに急いで帰ってこなくていいよ。大学の図書館で勉強するんならしてきたらいいし」

「いえ、大丈夫です」

 月子は少しだけ微笑みながら返してきた。

「……そうか」

 周は何か悪いことをしたわけでもないのに、居心地の悪い思いで頭を掻いた。

「では、いってきます」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 多少は慣れたメイドと主の逆転の挨拶。

 月子を見送ってからさっそくダイニングへ行ってみると、テーブルには朝食がきちんと並べられていた。ついでにメモがあり、そこには昼食の指示も。

 アホの子でも困りようのない、完璧な仕事だった。

「いや、ほんと俺って月子さんに任せっきりだよな」

 何を今更、である。

「少しは月子さんの負担を減らせるようにならないとな」

 と、具体性の欠けた決意をしつつ、とりあえず今は感謝の気持ちを込めて朝食を食べることにした周だった。

 

 遅い起床のせいで短くなってしまった午前中に少量の課題をすませ――、

 昼。

 周は、そろそろ昼食にしようと、自室からリビングへと移動した。

「あっつ……」

 そこに一歩入って、思わずうめいた。

 日中で最も暑い時間帯であり、しかも、今まで空調の効いた部屋にいた周には灼熱地獄だった。まずはエアコンとテレビをつける。

「でもって……」

 キッチンへ向かった。

 月子が用意してくれた本日の昼食は、ざるそばだった。ざるに水を切ったそばがあり、これを一度水に通して皿に盛り、別個にそばつゆと薬味を用意して完了。皿に盛っていてもざるそば、である。

 月子がいればもう少し品数も豊富になるのだが――周に手間をかけさせない、月子が出かける前に用意できるといった条件から、こうなったのである。

 さっそく準備に取りかかろうとしたとき――、

 ピンポーン

 と、玄関チャイムが鳴った。

 誰だよ、こんなときに――心の中で悪態をつきつつ、インターホンに出た。

「……はい」

「しょ……じゃなかった、わたし……でもなくて。あ、翔子でいいのか。……翔子です!」

 聞こえてきた元気な声は、同じマンションの同じフロアに住む、古都翔子のものだった。

「あぁ、翔子ちゃんか。どうした?」

「えぇっと……ぼんじゅ~る、おっひるごはーん♪ なのです」

「……」

 さっぱりわからない。

「今出るから、ちょっと待ってて」

 一旦インターホンを切り、玄関へ回って翔子を迎える。

 ドアを開けると、ポケットのたくさんついた迷彩色のズボンに英語のロゴ入りのTシャツを着た翔子が立っていた。手にはやけに膨らんだトートバッグを提げている。

「どうしたの?」

 周は改めて問う。さっきと同じ返事が返っていたらどうしようかと、一抹の不安もあったが。

「実家からね、おうどんを送ってきたから、お裾分け」

「あ、そうなんだ。悪いな」

「ううん。それでね、確か月子さんがいないって言ってたと思ったから、お昼も一緒にどうかなって。すぐに食べられるよ?」

 翔子は抱えたトートバッグを示しながら言った。

「いいね。……どうぞ」

「ほんと? おっじゃましまーす♪」

 周が脇に退くと、翔子はちょこちょこと中に入った。

「うちも今日はお姉ちゃんがいないんだー」

 言いながら翔子はぺたぺたと廊下を進んでいく。後ろからは周。

「んで、一緒に昼飯?」

「ですです。……わぁい、初鷹尾家!」

 リビングに辿り着き、翔子が歓声を上げた。

「ところが、うちの月子さんは隙がなくて、しっかり用意してるんだな、これが」

「ん、どれどれ? ……あ、おそばだ」

 翔子はそばを見てしばし考え込んだ。

「……あいのりにする?」

「あ、なるほどな。その発想はなかった」

「じゃ、決まりね」

 さっそく翔子は準備に取りかかった。持参したトートバッグからタッパーウェアを取り出していく。

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 四つ。

 五つ。

「ちょっと待て」

「で、これが我が家の特製うどんつゆ」

「いや、だから、ちょっと待てっ」

「みゅ?」

 ようやく翔子の手が止まった。

「いったいどれくらい持ってきたんだよ」

「とりあえず、十玉?」

 なぜか疑問形。

「多っ」

「そうかな?」

 翔子は理解していない様子で首を傾げた。

「わたしが3玉食べるし、周くんならその倍は軽くいけるかなって、十玉」

「……」

 たぶんタッパーウェアの中から出てくるのは讃岐うどんだな、と周は予想した。

 かの国はおそろしいのである。男性なら5玉、女性でも平気で3玉は食べる。おかげで本州から渡った男性が、昼食にいつもの感覚でひと玉頼んだら、現地人にけちょんけちょんにバカにされたなんて話が腐るほどある。基本的に彼らはうどんを食べるときは噛まない。噛まずに流し込むのだ。だから、3玉も5玉も平気で食べるのだろう。そりゃあ、たらいうどんなんてメニューも生まれるわ。

「だ、大丈夫だって。きっと何とかなるよ、うんっ」

 翔子は、自分が大食漢だと思われたくなかったのか、慌てて誤魔化すように言った。

 そうして準備を再開する。さすがは女の子。慣れた手つきでテキパキと用意していき――アホの子がアホの子らしくアホ面を下げて見ているうちに、準備は完了。

 周は皿に盛られたうどんとそばを見る。

「……」

 多い。

 うどんが多すぎて、そばが見えない。

 うどんが7分でそばが3分だ。いいか、うどんが7分でそばが3分だ!

「……多いな」

「……う、うん」

 翔子も盛りつけてみて初めてその量に気づいたようで、やや引き気味。

「喰い切れるかな?」

「うーん……」

 圧倒的物量の前に、ふたりで唸り声を上げる。

 と、そのとき――、

 ベランダへ出る全面窓がガラリと開いた。

「話はすべて聞かせてもらったわ!」

 遠近感の狂った小さな体に、制服にスパッツ履きの女の子。現れたのは我らが菜々ちゃん会長だった。

 因みに、ここは4階である。

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