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50%&50%  作者: 九曜
第3章
33/56

第21話 「夏の憂鬱」

 終礼もすんだ放課後の教室に、いつもの5人がだらだらとしゃべっていた。

「暑い!」

 一二三四子がイスではなく机の上に足を組んで座り、高らかに文句を言う。

 ――今は梅雨時。今日は雨こそ降っていないものの、日本の夏特有のじめっとした空気に覆われていた。

「なんでうちにはプールがないのよ!?」

 そう、ここ護星高校にはプールがない。体育会系の部活動に力を入れているはずなのに。不思議な話である。それでも存在する水泳部は公共の施設を借りたり、他校と合同練習をしたりで、問題はないようだ。どうとでもなって問題がないから、夏にしか稼働しないような施設は作らなかったのかもしれない。

「おかしいと思わない?」

「つってもなー、あったところで自由にさせてくれるわけでもなし、授業で延々泳がされるだけならごめんだーね」

 間延びした調子で、飄々と答える岡本哲平。

「鷹尾はそう思うでしょ? ふふん、残念ね。普通水泳の授業は男女別々よ」

「お前、それが言いたかっただけだろ。話の流れ無視するのやめろよな」

 どうやら四子としてはその方向に話をもっていきたかったらしい。周はむりやりな話の流れに呆れる。

 しかし、実際、暑いのだろう。彼女はさっきからスカートの裾をバタバタやっている。非常に気になる行為なのだが、男連中は絶対にそちらを見ようとしなかった。それは四子の罠なのだ。ちょっと気にしただけで周はからかわれたし、岡本はさんざん痛い目(物理)に遭った。天根小次郎は早々に気づいていたようで、わりと早い段階から彼女の正面には回らないことにしていた。それぞれ早い遅いの差はあれ、学習したのである。

「ちょっとぉ、見なさいよ」

「無駄だしな」

 不機嫌そうな四子に、周は冷めた口調で言い返す。わざと隙は見せても、絶対にサービスはしないのだ。それなら期待するだけ無駄というものである。

「うちの男どもには効かなくなってきたわ」

 実に面白くなさそうに吐き捨てる四子。

「ま、夏は暑いものだ。諦めろ」

 そう言う小次郎は幼いころからサッカーに打ち込んできて、繰り返し日に焼けたせいか今ではすっかり色黒になってしまっている。もとよりワイルド系の容姿なので、それもよくマッチしていた。彼にしてみれば、夏は暑いもの。文句を言ってもはじまらない、といったところなのだろう。

 彼の隣では、森梓がその意見に同意するようにうなずいていた。

「こうなったらプールよ! この前、雨で流れたし。期末テストが終わったらプールに行くわよ」

「雨が流したんじゃなくて、お前が流したんだけどな」

 少し前、みんなで遊びにいく約束をしていて、雨天決行と決まっていたのに、当日になって「今日は雨が降ってるからパス」と言い出したのは、誰あろう一二三四子である。

 とりあえずみんな彼女の提案を話半分に聞いて、特に具体的に計画を詰めないまま今日は解散したのだった。

 

「おかえりなさいませ、周様。2年のお勤め、ご苦労様でした」

「そんなに留守にしてねぇ!」

 自宅マンションに帰った周は、待ち構えていたメイドからいきなりそんな言葉を浴びせられた。

 ヤのつく自営業か。

 周は靴を脱ぎ、一発かましてきたメイドの横をすり抜けて自室へと這入る。当然のことだが、自身が脱ぎ散らかした靴を月子がそっと並べ直しているとは考えてもいない。

 自室で今度は制鞄を床に放り投げると、カッターシャツを脱ぎ、その下に着ていた無地のTシャツも脱いで、プリントTシャツへと着替えた。

 なお、カッターシャツの下にプリントTシャツを着ていると、学校でうるさく注意される。誰がうるさいのかというと、護星高校生徒会会長兼治安維持部隊隊長、竜胆寺菜々ちゃんである。彼女はその立場がそうさせるのか、或いは性格なのか、校則や規律に非常にうるさいのだ。

「自分は遠近法を無視してるくせにな」

 と、独り言を言ったときだった。不意にまだ穿いたままだったスラックスのポケットの中の携帯電話が着信を告げたてきた。メールだ。しかも、差出人は菜々ちゃん会長である。

「……」

 なぜこのタイミングで?

 曰く言い難い恐怖を感じる。

 周はとりあえず見なかったことにして、端末を机の上に静かに置いた。そのままスラックスからラフな部屋着のボトムへと穿き替える。

 そうしてリビングに出ていくと、ローテーブルの上にはグラスに入った麦茶が置かれていた。透明な氷と、グラスにうっすらとつきはじめた結露が涼しげだ。

 それを罰当たりなほど何の遠慮もなく口に運ぶ。

 それでも飽き足らず、周はおもむろにリビングのクーラーを点けた。

「今ごろからそんなものに頼ってどうしますか」

 そんな周を見下ろして呆れる月子。

「暑いんだからしゃーない。……月子さん、もう一杯くれ」

「はいはい」

 周が一気に飲み干して空にしたグラスを、月子が回収してキッチンに戻る。

 学校では一二三四子が暑い暑い連呼しているせいで同調して何かを言う気になれないが、周もたいがい暑いのが苦手なのである。

「こりゃあプールも悪くないかもな」

「プール?」

 再び麦茶の満たされたグラスをテーブルに置きながら、月子が問い返す。

「ああ。今度さ、プールに行こうかって話が出てんの」

 と、答えておいて、ふと思った。

「月子さんってプール行ったりとかする?」

 思っただけでなく、即、口に出す。

 月子とはここ数年疎遠になっていたこともあり、その数年間分はブランクとなっている。今でこそメイド兼大学生だが、去年までは普通の大学生。もう少し遡れば、今の自分と同じ高校生だったはずなのだ。ならば、夏には友達とプールに遊びにいくようなこともあったのではないだろか。

 月子はその問いに、やや緊張の面持ちで答えた。

「わ、私はそういうのはあまり……」

「そうか」

 ほっとする周。

「いや、ただいるだけでエロいのに、これで水着とか……おごっ!?」

 周の言葉が終わらないうちに、月子の延髄斬りが炸裂した。尤も、周は座っているので、技を分類するならば単なるミドルキックだ。要するに、そばにひかえる月子からしてみれば周はいつでも蹴れる位置にいて、にも拘らず周はこの手の発言を考えなしにしているのである。

「周様、そこにお座りください」

 意訳:そこになおれ(成敗してくれる)。

「座ってるけど?」

「では、正座」

「……はい」

 月子の有無を言わせぬ迫力に、周はたとえこの後成敗されようとも言われるがまま正座をするしかなかった。

 その向かいに月子が座る。

「私が行かないのには理由があるのです」

「お、おう……」

 心持ち居住まいを正す。

「……」

「……」

「……」

「で?」

「え?」

 しかし、なぜか月子は何かを話し出す素振りもなく――沈黙。待ちきれず周が先を促せば、彼女は素っ頓狂な声を上げたのだった。

「え? じゃねぇよ。理由だよ、理由。話すんじゃねぇのかよ」

「言わないといけませんか?」

「言う流れだろ、ここは」

 周にそこまで言われて観念したのか、今度は月子が居住まいを正した。

 こほん、と軽く咳払い。

「私は、その……どうも視線を集めてしまうみたいで、プールとか海水浴とかにはあまりいい思い出がないのです」

「……」

 あー、そりゃ仕方ないわ、と思う周だった。出るところがしっかり出た抜群のスタイルで、その上その容姿なら人目を引くのは仕方のないこと。先ほどの周の言葉を借りるなら、「ただいるだけでエロいのに、これで水着とか……おごっ!?」である。

「周様はそのような男性にはなられませんように」

「おう……」

 と、うなずくものの、心情的には男連中の味方をしたいところだった。

「……」

「……」

 再びどこか気まずい沈黙が降りる。

「それにしても、確かに暑いですね、今日は」

 その沈黙を破り、先に月子が口を開いた。間を埋めるような世間話。

「そうだな」

「あまりに暑いので、今日はブラをしていません」

「マジで!? ……おぶすっ」

 周が思わず高速で月子を見た瞬間、光速の地獄突き(ヘルスタッブ)が飛んできた。正確無比に周の喉に炸裂する。

「そのような男性にはなられませんようにと申し上げたはずですが?」

「わ、罠じゃねーか……」

 そして、喉を押さえて床をのた打ち回る周を冷たく一瞥すると、月子は夕食の準備をすべく立ち上がったのだった。

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