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50%&50%  作者: 九曜
第3章
32/56

 〃  「雨の日の過ごし方」(5)

 夕食後――、

 言うまでもなく、周はリビングで座椅子に座ってテレビを見ていた。

 他人が見たら「他にやることがないんだろうな、こいつは」と呆れるだろうが、実はこれがあったりするのである。

 いったい何かというと、こうしてTVを見ること自体が今の周の能動的行動だった。

 2時間ぶち抜きのバラエティ番組を見る周。

 その後方、キッチンでは月子が夕食の後片付けをしている。

 が、それもたった今、終わったようだ。タオルで丁寧に手を拭き、リビングへとやってくると、テーブルの上のリモコンを掴み、黙ってチャンネルを変えた。丁度8時のドラマがはじまる瞬間だった。

 どうやらこのメイドさんには、秒単位まで正確な体内時計が内蔵されているらしい。

「ちょっと待て、今俺が見て……っ」

 とは言え、そんなことをされては堪らないのが周である。

「私も見たい番組があります」

「いや、そりゃそうだろうけどさ……」

 ないのにこんなことをしたら、それは単なる嫌がらせである。

「テンションが高いだけで面白くも何ともない芸人の番組など見なくても問題はないと思います」

「人気だけで演技力皆無のやつが主演のドラマよりはマシだ」

「む……」

 月子がわずかにむっとする。どうやら主演の俳優に個人的な思い入れがあったようだ。

「何を言いますか。演技力がなくともストーリィが秀逸なのです」

「いくら脚本がよくても演技がダメな時点で台無しだろうが」

「それを補って余りあるものがあるのです」

 さらに月子が反論する。

「周様もこういうものを見て勉強してください」

「何をだっ」

「……」

「黙んなっ」

 不自然に目を逸らした月子に、周はさらに続ける。

「だいたいここは俺の家だ」

「実質的に管理・支配しているのは私です」

「うわ……」

 これにはさすがに周も絶句した。心の中ではそんなこと思っとったんかい、と凍りつく。

「わかりました。周様がそのつもりならこちらにも考えがあります」

「は? えっと……、何?」

 まさか実家に帰らせてもらいます……じゃなくて、辞めさせてもらいますとでも言い出すのだろうか。見たいテレビ番組が見れなくて仕事を辞めるメイドというのも前代未聞だが。

 実力行使、ボイコット、テレビ破壊 etc...いくつかの可能性が頭をよぎる。

 だが――、

「自分の部屋で見ます」

「ちょ……っ」

 思わずひっくり返りそうになった。

「部屋にあるのか、テレビッ」

「ありますよ」

「……」

 まぁ、そういうことも充分にあるだろうな、と周は思う。

 因みに、当然のことながら周の部屋にテレビはない。もともとひとり暮らしのつもりだったからだ。

「むぅ……」

 錯覚とわかっているのだが、自分より月子の方が恵まれているような気がしてならない周だった。

 と、そのとき、テレビから女性の悩ましげな声が聞こえてきた。

 ふたりがぎょっとして画面へと目を向ける。

 ベッドの上で絡み合う裸(に見える)男女に、荒い息遣い。――いわゆるベッドシーン。

 勿論、民放のドラマなのでそんなにハードな演技ではないが、リビングの空気を居心地の悪いものにするには充分だった。

「……」

「……」

 黙ったまま画面から目が離せないでいるふたり。問題のシーンはすぐ終わったが、それでもその構造のまま動けない。何か得体の知れない緊張感がふたりを捕らえていた。

 そして、CMに切り替わったのをきっかけに、ようやく金縛りが解ける。

 周はゆっくりと月子の方を見た。月子もまた周を見ていた。

「……」

「……」

「えっと、何を勉強しろと……?」

「……」

 当然、月子は何も答えなかった。

 

 結局テレビのチャンネル争いは、月子が自室で見ることで落ち着いた。

 周は、バラエティ番組を見終わった後、明日の授業で困らない程度の予習をしてから風呂に入った。

 でもって――、

「月子さん、何か飲むものくれー」

 風呂から出るとリビングを通ってダイニングキッチンへ直行。

 周の今の出で立ちは、下はパジャマで上半身は裸といったものだ。

「冷蔵庫に何かあると思いますので、ご自分でどうぞ」

 キッチンで仕事をしていた月子は、ちらと一度だけ周を見てから言った。

 梅雨前の気温が上がりはじめたころから、周が風呂上りに上半身裸でうろつくようになっていたので、いちおう見慣れている。が、それでも直視するには抵抗があるようだ。

 今の月子の仕事は、洗いものと明日の準備。夕食後も周がちょこちょこと何か食べたり飲んだりするので、常に使用済みの食器が絶えないのだ。

「ちっ。やっぱりセルフかよ」

 と、文句を言いながらも冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、コップに注ぐ。それを一気に飲み干すと、今まさに月子が洗いものをしているシンクの横にコップを置いた。洗いもの一丁追加、である。

 月子は、お前の背中を力いっぱい張って手形つけたろか、みたいな目で周を見たが、結局は何も言わず、黙ってそれを洗いはじめる。

「げ。まだ降ってやがるのな、雨」

 周がカーテンを少し開けて、外を見ながらぼやいた。

「明日には上がるようなことを天気予報で言ってました。ですが、梅雨であることは変わりありません。傘は忘れないようにして下さい」

「わかってるよ。ちゃんと鞄の中に折り畳みがずっと入ってる」

 それは梅雨入り宣言と同時に月子が持たせたものだ。

「月子さんこそ忘れるなよ。濡れて風邪ひいたりしたら大変だからな」

「今裸でうろうろしている人に言われたくありませんが……ありがとうございます。気をつけることにします」

 月子は少しだけ笑みを含んだ声で応えた。

 丁度、洗いものが終わった。月子がリビングへと移動する。

「なに。俺、笑われるようなこと言った?」

 真っ暗な窓の外は見飽きたのか、周も月子へ振り返った。視線をわずかに外す月子。

「いえ、周様が私を心配して、そんなことを言うとは思いませんでしたから」

 それを聞いて、はっはっはー、と笑ったのは周。

「だって、月子さんに倒れられたら面倒だからな。俺、病人の看病なんてできないし」

「……」

「日常生活のこともろくにやってないから、いったいどうなることやら」

「……」

「そんなわけで生活水準を維持するためにも、倒れたりしないでくれよ」

「……」

「あ、でも、洗濯くらいはできるか。基本的には機械任せだしな。後は俺が、月子さんの分もまとめて干せばオッケーだな」

 そう言ってまたバカ笑いをするバカ

「……周様。外を見てください」

「ん? 何かあるの?」

 そうして振り向いた瞬間、周の背中に月子の掌が力いっぱい振り下ろされた。

 雨の日曜は、周の悲鳴を以てようやく終わろうとしていた。

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