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50%&50%  作者: 九曜
第3章
31/56

 〃  「雨の日の過ごし方」(4)

 夕方――、

 やっぱりあまねはリビングで座椅子に座ってテレビを見ていた。

 他人が見たら「勉強するんじゃなかったんかい、われ」と詰問したくなるだろうが、確かに周は勉強をはじめた。ただ、1時間ほどして月子が買いものから帰ってくるころにはもう終わっていただけである。小学生か。

「周様」

 先ほどから夕食の準備をしていた月子が寄ってきた。

「んー?」

 と、周は座椅子の背もたれに首を乗せるようにして月子を仰ぎ見る。

 ――しかし、それが悪かった。

 重心を後ろにシフトさせた周は、そのまま座椅子ごとひっくり返ってしまった。

 で、運がいいのか悪いのか――、

 ボスッ

 と、真後ろにいた月子のエプロンドレスのロングスカートの中に頭を突っ込むかたちで背中から着地してしまった。

「うおっ」

「ひ……っ」

 月子が短い悲鳴を上げ、スカートを押さえながら飛び退いた。

 ふたりの目が合う。

 月子は赤い顔で頬を引きつらせていた。

「シュ……」

「ち、違……。誤解、誤解だって。事故だ、これはっ。だいたい真っ暗で見えるわけないだろ。うん、そうっ。目の前黒一色っ」

「ッ!? やっぱり見たんですね」

「へ? えっと、つまり……ごばっ!」

 月子は膝を折り、脛の辺りを周の喉に落下させた。

 ギロチンドロップ。

 もしくは、地獄の断頭台。

 どうもこのメイドさん、喉を狙うのが好きらしい。

「……周様」

 こほん、と咳払いをしてから、月子は改めて何ごともなかったかのように周を呼んだ。

「お、おう……」

「実は片栗粉が足りません」

「何かマズいのか?」

「夕食で使う予定なのです」

「あ、そうなんだ。で、月子さんはまた買いものに行くわけだ。大変だな、雨なのに」

「いいえ。周様が行ってください。というか、行け」

「……」

 いきなり命令口調だった。

 まだ怒っているようだ。

「えっと、それはどうしてもいるわけ?」

「はい。夕食で使いますから」

「別のメニューに変えるとか……」

「もう取りかかっています」

「そこを何とか、こう、路線変更をだな……」

「無理です。つべこべ言わず行ってきてください」

「……」

 どうやら一歩も譲る気はないらしい。先ほどのことがなければ別の展開もあったのかもしれない。最初は月子が自分で行くつもりだったとか。だが、今さら言っても仕方がない。

 周は反論の言葉も思い浮かばず、吸い込んだ空気を諦めのため息に変えて吐き出した。

「あと、お米を20kgと醤油を一升瓶で3本お願いします」

「いや、ホント勘弁してください」

 そんなわけで周はようやく思い腰を上げた。

 窓の外に目をやる。

「お。雨やんでんだな」

「そのようですね」

 確かに雨はやんでいた。だが、これから晴れていくといった様子でもない。単なる雨のやみ間のようだ。

「よし。じゃあ、ひとっ走り行ってくるかな」

「いちおう傘は持っていったほうがよろしいかと」

「ん。そだな」

 テキトーな感じで答えて周は一旦自室へと戻った。部屋着からラフな外出着に着替え、ポケットに携帯電話を突っ込む。

 簡単に用意をすませて部屋から出ると、そのまま玄関へと直行。傘立てから傘を取り上げようとして、しかし、その手を止めた。

「ま、いっか。すぐそこだしな。さっと行ってさっと帰ってくるか。……んじゃ、いってくる」

 キッチンの月子にひと声かけて家を出る。

 雨上がりの道を、高校生らしく携帯電話を操作しながら歩く。そうして程なくスーパーに着いた。

 と、そこで見慣れた制服姿を目撃する。

 護星高校の女子の制服。スカートの下にはスパッツ。そして、遠近感の狂ったSサイズのボディ。

 護星高校生徒会会長兼治安維持部隊隊長、竜胆寺菜々ちゃんだ。

 向こうもすぐに周に気づいた。

「やほー、鷹尾っ」

「菜々ちゃん会長も買いものだったんですか?」

 菜々ちゃんが抱えたスーパーのレジ袋を見ながら尋ねる。見たところそれはキャットフードのようだった。

「こ、これは別にダミアンのために買ったんじゃないんだからねっ」

「いや、こんなところで変なツンデレされても……」

 ダミアンとは護星高校に住み着いている黒猫のことである。

「冗談よ、冗談」

「は、はぁ……。そういえば菜々ちゃん会長、今日はダミアン狩りをするって言ってませんでした?」

「そう、そうなのよ。この雨の中やってんのに、ぜんぜん姿を見せないのよ。あったまくるわ」

「……」

 猫だってこの雨ならどこかで雨宿りしてるだろうに。

「というわけで、これっ」

 と言ってキャットフードを突き出す菜々ちゃん。

「これでおびき出してやるわっ」

「そ、そうですか……」

「ふふん。今に見てなさい。必ず捕まえて学校から追い出してやるわ。黒猫は魔女の使い。コーヒーは魔女の飲みものなのよっ。じゃあね、鷹尾」

 わけのわからないことを一方的に言うと、菜々ちゃんは軽い足音を鳴らして駆け出した。

 が、少し行ったところで一度振り返る。

「明日も元気で登校してくんのよー」

 ぶんぶんと手を振り、また走り出した。

 なんとも忙しない。身体が小さいせいで余計にちょこまかしているように見えるのだろう。

「ま、いっか。俺もさっさと用事をすませて帰ろ」

 そうつぶやいて周は菜々ちゃんとは反対方向、店内へと入る。

 月子に頼まれた片栗粉を買って、外に出て――、

「はははー」

 再び降り出した雨を見て、乾いた笑いを漏らす。

「どーすっかなー」

 空の様子を見るに、待てば上がるといった雰囲気ではない。むしろ時間とともに雨足は激しくなりそうな気がする。

 マヌケ面で空を見上げている周の横を、次々と買いもの客が傘を開いて雨の下へ歩き出す。こんな天気で傘を持っていないのは周くらいのようだ。

 まず最初に考えたのが、家に電話をして月子に傘を持ってきてもらうことだった。

「持ってきてくれるかなぁ……」

 ただでさえ忠告を無視しているのに、例の件でまだ怒っていたらその確率は極めて低いだろう。

 となれば、

「走って帰るか」

 時間とともに状況が悪化するなら、さっさと決断して行動に移したほうがいい。

 そんな結論の末、今まさに走り出そうとしたそのとき――、

「周様」

「へ?」

 赤い傘を差し、手にはもう一本紳士ものを持った月子が立っていた。無論、昼過ぎに買いものに出たときと同じ格好だ。

「だから傘を持っていったほうがいいと言ったのです」

 できの悪い子に言い聞かせるようにそう言うと、月子は紳士ものの傘を開いて差し出した。

「……悪い」

 周はばつの悪い思いでそれを受け取る。

「でも、よく俺が傘持っていってないってわかったね」

「周様は後一歩が足りないキャラですから」

「うわ、耳痛ぇ……」

 思わず半笑いで雨降りの天を仰ぐ。

「では、帰りましょうか」

「そうだな」

 そうしてふたりは雨の中を歩き出した。

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