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50%&50%  作者: 九曜
第3章
30/56

 〃  「雨の日の過ごし方」(3)

 昼食後、周はやっぱりリビングの座椅子に座っていた。

 他人が見たら「お前は他にすることはないんかい」と問い詰めたくなるだろうが、あいにくと本当にない。本来あった予定が急になくなり、そのまま埋まらないでいるのだ。

 外は未だ雨。

 因みに、昼食は他人丼。

 そのメニューが決まる際のやり取りは以下の通り。

 

「周様。昼食のことですが」

「ん?」

「他人丼と親子丼と玉子丼、どれがよろしいですか?」

「何その丼づくし」

「はい。実は――」

 という出だしのわりには、月子はいつも通り平坦な口調で切り出した。

「卵がたくさんあるのです」

「ほう。それはまたなぜ?」

「一昨日、特価で売り出されていたのです」

「それで買いすぎたと?」

「まさか。私がそんな間の抜けたメイドに見えますか?」

「……」

 周は返答に窮した。

 月子が無能か有能かと問われれば、有能だと答えるだろう。だが、周は素直にそう返答することにどうしても躊躇いを覚える。さんざん地獄突きを喰らったり、酷い扱いを受けてきたからだろうか。

「んで、買いすぎてないのに、なんでたくさんあるのさ?」

「昨日、スーパーに行くとタイムセールをやっていたのです」

「買いすぎてんだよっ」

「……そうとも言いますね」

 月子は無表情のまま、そう結論した。

 たぶん、そうとしか言わない。

「そんな些細なミスは兎も角――」

「その些細なミスで俺は卵責めだけどな」

「あまりうるさいと今茹でたばかりのゆで卵を3つ4つ口に詰め込みますよ」

「……」

「それで、昼食はどうしましょう? もちろん先ほどのメニュー以外のものでもかまいませんが、卵を使う料理以外は自動的に却下されます」

「……他人丼で」

 周は諦めたようにそう答えた。

 挙げられた選択肢の中では、牛肉を使っていていちばん高級そうだからという理由だ。料理について疎いので提示されたメニュー以外に何も思い浮かばなかったところが、また情けない。

「どうせそう言うと思っていたので、すでに下ごしらえは終わっています。もうしばらくお待ちください」

「……」

 何とも言えない敗北感に襲われる周だった。

 

 と、まぁ、そんなこんなで昼食を経て今に至る。

 月子はついさっきまでキッチンで片づけやら何やらをやっていたが、10分ほど前にはそれも終え、自室へと入っていった。

 周はひとりリビングでテレビを見ながら、スローライフを満喫中。たまに外に目をやるが、相変わらずの雨だった。

 そこに月子が部屋から出てきた。

 何気なしにそちらを見て、周は動きを止める。

 月子は見慣れたエプロンドレス姿ではなく、デニムのロングパンツに白のブラウスをラフに着こなすという姿だった。

「どうかしましたか?」

「あ、いや、何でもない……」 

 周はどこか気持ちを落ち着かなくさせながら、取り繕うようにして言った。

「ていうか、そっちこそどうしたのさ?」

「これから買いものに行こうと思いまして」

「雨なのに?」

「雨なのに」

 月子はきっぱりと言った。

「残念ながら週末に大量に買い込むようなアメリカ的買いものはしていませんので」

「そのわりには卵だけは大量の備蓄があるけどな」

「……」

「……」

「……シュウ、しつこい」

「おおぅ……」

 思わずたじろぐ周。

「まぁ、いいです。卵は後でアイスクリームかクッキーでも作って消費しますから」

「あ、月子さん、そんなの作れるんだ」

「もちろんです。メイドの基本ですから」

 月子は大きな胸を張って……じゃなくて、大きく胸を張って答えた。

「やっぱり女の子だよな。そんなのができるって」

「い、いえ……」

 が、一転して月子は顔を隠すようにしてうつむく。

「あ、いや、別に意外だとか思ってるわけじゃないぞ。その、女の子らしいと思ってだけで……」

 一方、周は何を思ったのか弁解のようなことを口走りはじめた。

「そ、そう、女の子らしいんだっ。お菓子作りなんて、ほら、かわいらしいよなっ」

「っ……」

「うん、そう。月子さんは女の子らしくて、かわいらしいってことで……っ」

「……」

「……」

 周の乏しい語彙はわずかふた言で底をつき――ふたりは黙り込む。

「……」

「……」

 やがて月子がぽつりとつぶやいた。

「いつもは後一歩が届かないキャラなのに……」

「ぐ……」

 まぁ、実際は今も足りてるようで足りてないのだが。

「さ、さぁて、俺は勉強でもするかなっ」

 ついに耐え切れなくなって周は逃走をはじめる。

 が、その周を月子が呼び止めた。

「周様」

 メイドの顔だった。

「勉強でわからないところがあれば言ってください。高1程度なら私も教えられると思います」

「わかった。そのときは頼――」

 しかし、言いかけた言葉は私服の月子を見て、途中で止まった。

 思い出されるのは、以前、この家でクラスメイトとグループ学習をやったときの記憶。あのとき、姉として振る舞う月子に、頭がくらくらした覚えがある。

「あ、いや、あれはマズい、じゃなくてッ。やっぱ大丈夫だから。そんなに難しくないし、いざとなりゃ誰にでも聞けるから。じゃ、そーゆーことでっ」

 周は捲くし立てるようにそう言うと、首を傾げる月子を残して、自室へと飛び込んだ。

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