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50%&50%  作者: 九曜
第1章
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第3話 「すたっぶ」

 そんなこんなで高校生活がはじまった。

 初日は始業式とホームルームだけで早々に終了。

 そして、本日が2日目。

「今日から月子さんも大学だっけ?」

 朝、周は月子に訊いた。

 ここは主にひとり暮らしや子どものいない世帯向けのマンション。よって、ダイニングキッチンもそれほど広くない。食べているのもスクランブルエッグやトーストときわめて庶民的だ。にも拘らず、脇に表面積の大きいエプロンドレスのメイドさんが控えている光景は、正直かなり異様だった。

「はい。受講する講義が正式に決まるのはもう少し先ですが、基本的に今日から講義がはじまります」

 事務的な口調で答える無表情メイド月子さんは、この春から大学2年生である。

「ふうん。そっか……」

「何か?」

「いんにゃ。何でもね」

 周は誤魔化すように応じた。

 なかなか鋭い。

 確かに周は返事をしながらちょっとばかり考えごとをしていた。それもよからぬこと……というほどでもないが、このメイドつきの生活から一時的に解放されるための策だ。月子には言えない種類のもの。

 それが態度に表れて、月子が不審なものを感じ取ったのだろう。

「はい。ごっそーさん」

 合掌。

 周はあまり突っ込まれないうちに逃げることにした。

 

 朝食を終え、ひと通り新聞にも目を通したところで家を出る時間がきて、周は立ち上がった。

「お待ちください、周様」

「ん?」

「これを持っていってください」

 と、差し出されたのは直方体の構造物。

「なにこれ?」

「お弁当です。学生食堂では栄養が偏ってしまいます。これを持っていってください」

「わざわざ作ったの?」

「はい。わざわざ作りました」

「……」

 どうにもひと言多いメイドだ。

「お気になさらずに。周様の食生活の管理も私の務めです」

 月子はメイドの誇りをもってきっぱり言い切った。

 そして、つけ加える。

「ま、私のを作るついでですけど」

 ぼそっと。

「俺の方がおまけかよっ」

「加えて、中身も昨日の残りものです」

「なお悪いわっ!」

 周が睨みつけると月子は、すっ、と目を逸らした。

「……」

「……」

 都合が悪くなるとあからさまに目を逸らして誤魔化す月子さんだった。

 ややあってからおもむろに、コホン、と咳払いをして、再び話し出すタイミングを計る。

「しかし、周様。周様の食生活をはじめとする健康管理のすべてを私が任されているのも事実です。学生食堂のような大雑把なものを作るところに周様の毎日の昼食を預けるわけにはいきません。それなら私が作ります」

「でも、朝はただでさえ忙しいのに、この上また仕事を増やしたら大変だろ?」

 遠回しに拒絶の意思を示す。これ以上自分の生活を侵食されては、ますます追い出しにくくなってしまう。

「かまいません。それもメイドの仕事です。……なお、拒否した場合、このお弁当はそのまま今晩の夕食となります」

「わかったよ! 持っていきゃいいんだろ!」

 周は月子から弁当箱を奪い取ると、ドスドスと乱暴な歩調で玄関から出て行った。

「いってらっしゃいませ、周様。お気をつけて」

 それを月子はいつものように深くお辞儀をして送り出した。

 

「よしっ、昼メシだぜ!」

 4時間目終了のチャイムが鳴り終わると同時に叫んだのは、周の隣の席の岡本哲平だ。始業式翌日からさっそくはじまった6時間のフルコースに、授業中は死んだ魚のような目をしていたが、昼休み突入とともに息を吹き返したらしい。

「なに、鷹尾。弁当?」

 鞄から弁当箱を取り出した周を見て岡本が問う。そういう彼はコンビニの袋に入ったパンやらサンドイッチやらが数点。

「あれ? 鷹尾ってひとり暮らしだーよな? てーことは、自分で作ったわけ?」

「お、おう。まーな」

「家がお金持ちだから、毎日外食ができるくらい仕送りもらってるのかと思ったぜ」

「これが自立した生活ってものだ。これくらいは自分でやらないとな」

 はっはー、と誤魔化し笑いがもれる。

 まさか家を出たと思ったらメイドがついてきて、今は2LDKのマンションでメイドと一緒なんて口が裂けてもいえない。

「おお、おお。えらいえらい。そして、うらぁましいねぇ。……時に鷹尾、今度お前ンちに遊びにいっていーか?」

「絶対くんな」

 即答。

 躊躇なき返答。

 これ以外の回答があろうか。

「何だよー。警戒心ゼロで人に見せられないものでも散らばってるのかよー」

 ニヤニヤ笑いを顔に貼りつけながら、からかうように言う。だいたい考えていることは想像がつく。

「ま、まあ、そんなところだ」

 たぶんメイドさんは人に見せられないものに分類されるだろう。

「お前さんって同じ男にも見せられない特異な趣味なわーけ?」

「……」

 最悪、リアルメイドさんはそう取られかねない。

「しゃーない。またの機会にするとしよう」

 そう言って諦めると、岡本の興味は昼食に向けられた。まずはパンの包装を勢いよく破いた。

 さて自分も、と周も弁当箱を開けて、

「うおっ」

 すぐに閉じた。

「お前さん、何やってんの?」

 横から再び岡本。

「いや、まさかこんな弁当だとは予想だにしなくて……」

「自分で作ったんじゃなかったっけ?」

「あー、うん。実はな、朝起きたらもうできていたんだ」

 これは本当の話。

「小人さんかよ」

「そうかもしれない」

「寝ぼけたまま作ってると、しまいによくわからない合体事故起こして、外道ができ上がるぞ」

「ま、そのへんは心配ないだろうな」

 なにせ実際に作っているのは人間性に致命的な欠陥がボロボロ散見されるが、仕事は完璧なメイドさんなのだから。

 改めて蓋を開ける。

 そこに入っていたのは、これぞ弁当というようなごく普通の弁当だった。色とりどりのおかずが見た目にも楽しい。

 勿論、昨日の残りものなどではないのだが、果たして周が気がついたかどうか。

「いただきます」

 周は指に箸を挟んだまま合掌し、周は頭を垂れた。

 

 そのまま何ごともなく放課後。

 夕方。

 周は帰り道を急いでいた。というのも――、

「やっぱせっかく家を出たんだから、ひとりの生活ってものを味わいたいよな」

 そんな理由である。

 要するに、周は親の目もなくなったことだし、ほどほどにだらけてみたいのだ。無論、月子が乗り込んできたことですでにひとり暮らしでも何でもなくなっているのだが、せめて彼女が大学から帰ってくるまでの間くらいは、と。

 しかし――、

 周が家に辿り着き、鍵穴にキィを差し込もうとしたとき、ガチャリ、とドアが中から開いた。

「お帰りなさいませ、周様」

「……」

 すでにエプロンドレスに身を固め、戦闘準備を整えた月子だった。

「どうぞ」

「ああ、うん……」

 気の抜けたような返事をして、促されるままに周は中に入った。後から月子が続く。

「きょ、今日は早かったんだな」

「いえ、今日だけではありません。これからもずっと周様より先に帰ってきます。周様を見送り、出迎えるのも務めですから」

「あ、ああ、そう……」

 この言葉が本当なら、周にひとり暮らしなどすでにありはしないことになる。

「それから、周様」

「うん?」

 周は靴を脱ぎ、玄関を上がったところで振り返った。

 その周に向かって、すっと月子は手を差し出す。

「鍵をお渡しください。主に鍵を持ち歩かせる真似はできません」

「いや、これは俺ので……」

「お渡しください」

「俺も持ってた方が……」

「ダメです」

「何かあったときのために……」

「出せ」

「……」

 今回の最終進化形は命令形だった。

 それでも周が渋っていると、月子は何も言わず手を引いた。理解して諦めてくれたのか――と思った次の瞬間、

「おぶ……っ」

 周の喉に地獄突き(ヘルスタッブ)がクリーンヒットした。

 そして、月子の手が再び差し出され、

 くいくい

 指を曲げて催促する。

 ついに言葉もなくなったらしい。

「……はい」

「お預かり致します」

 鍵は周から月子に渡り、一旦スカートのポケットに収まった。

 何だかとても理不尽なものを感じながら、周は自室に入ろうとする。が、そこで月子の視線を感じた。

「何? まだなんかあんの?」

「周様は使ったお弁当箱を明日まで放置するつもりですか? 鞄の中で大惨事になりますよ」

「ああ、そうだった。……はいよ」

 すっかり失念していた周は鞄を開け、弁当箱を取り出した。

 月子に手渡す。

「じゃ」

 と、自室のドアノブに手をかけるが、そこでまた視線を感じた。

 振り返ると月子が弁当箱を受け取った構造のままで、何か訴えかけるようにじっと周を見つめていた。

「……」

 じー。

「……」

 じーー。

「……」

 じーーー。

「じー」

 ついに口で言った。

「な、なに……?」

「いいえ。何でもありません」

 しれっと言って、月子は視線を外した。くるりと振り返ってリビングの方へ戻っていく。リビングを通ってキッチンへ向かうのだろう。

 わけがわからずたじろぎまくっていた周はほっと胸を撫で下ろした。

「あ、月子さん。晩メシ、いつ? 腹が減ってて、早く食べたいんだけど?」

「いえ。申し訳ありませんが、あと3時間ほどお待ちください」

「……はい?」

 今から3時間といえば、いつもの夕食の時間を遥かに越えている。というか、なぜ3時間もかかるのか。

「これから作ります。喜んでください。周様のお好きなおでんです」

「お、おでんはいいけどさ。だったらもっと早く作っとこうよ」

「たった今決めましたので」

 薄氷の如き冷たさで月子は告げる。

「それくらいお腹をすかせれば、食べたときに感想のひと言くらい出てくるのではないかと」

 もはや問答無用と背中で語りながら、月子はキッチンに消えていった。

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