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50%&50%  作者: 九曜
第3章
27/56

第19話 「コンプレックス?」

 間もなく梅雨入りしようかというある日、

 放課後の教室の一角に、いつものメンバーが集まっていた。

 いつものメンバー ――即ち、岡本哲平、天根小次郎、一二三四子、森梓、そして、鷹尾周、である。

 一学期の半ばに差しかかるころには、この面子が"いつものメンバー"になっていた。中心になる人間がいるわけでもなく、いつもただ何となく集まっているのである。

 今日も何となく集まった五人は、日曜日に遊びにいく算段をしていた。

「んでもさ、日曜は雨って話だーで?」

 その日の天気の心配をするのは岡本。

「大丈夫よ。あたし晴れ女だから」

 それに対し、迷信レベルの薄弱な根拠で自信満々に言い放つのは一二三四子だ。

 四子は机の上に座って足を組み、太ももの裏側を惜しげもなく晒していた。周と岡本の視線が、どうしてもちらちらとそちらにいってしまう。小次郎は彼らのように惑わされるのを嫌って、常に四子の前には回らないように気をつけていた。今も斜め後ろに立っている。

 一二三四子は、自分がそこそこ人の目を引く容姿であることと、それが武器になることを知ってる女だった。

「ていうか、最終的にはどこかに入るんだし、雨でも関係ないでしょ」

 それもそうか――四子の主張を聞いて、周は納得した。

 アクティブに遊ぶならアミューズメント施設、目的もなく駄弁りながらふらふら歩くのならショッピングモールといったところだろう。確かに晴れでも雨でも関係ない。

「雨天決行よ!」

 四子はそう宣言しつつ、座っていた机の上から飛び降りた。

 短いスカートが舞う。

「おおっ」

 岡本がそのチャンスを逃すまいと、反射的、且つ、本能的に身を低くした。

 が、

「図々しい!」

「ぐはっ」

 四子は床に着地すると同時、軽く膝を曲げ――そして、再び勢いよく飛び上がる。

 岡本の鼻っ柱に、膝蹴りがカウンター気味にヒットした。

「懲りないやつだな。あいつはお互いの位置、視線の高さ、風速、空気抵抗、ありとあらゆる要素を計算した上で動いている。絶対に見せるようなヘマはしない」

「ラプラスの悪魔みたいな女だな……」

 その一部始終を見て、言葉を交わすのは男ふたり。

 確かに今の派手なアクションでもお零れにあずかることはなく、周は小次郎の言葉を非常に深く納得した。

 

「というわけで、日曜は遊びにいくから」

 その日の夜、周は夕食の席で、2LDKのマンションに住まうメイド、月子にそう告げた。

「わかりました」

 テーブルをはさんで向かいに座る月子は、了解したとばかりに小さくうなずく。

 そして、

「周様には失望しました」

「は?」

「というか、軽蔑し直しました」

「いや、ちょっと待て」

 なぜ日曜日に遊びにいくと言っただけでそこまで言われなければいけないのか。しかも、こうなると先の「わかりました」も、どういう意味か怪しくなってくる。

 だが、月子の次句でその意味を理解した。

「女性のスカートの中を覗こうなどと」

「あー……」

 そういえば、日曜の予定が決まった瞬間を、バカ話的に語ったことを思い出した。

「この場合、一二三のほうが悪くないか? あいつ絶対わざとやってるし」

 そもそも積極的な行動に出たのは岡本であって、周は多少気を取られただけに過ぎない。健全な男子高校生としては、それもやむなしと主張したいところだ。

「それは痴漢で捕まった男性の言い訳に通じるものがありますね」

「う……」

 ついには犯罪者と同格に扱われてしまった。

 確かに己が覗き行為の責任を相手に転嫁するのは潔くないかもしれない。

「あー、うん、俺が悪かったかも」

「……よろしい」

 月子はまったく表情を変えず、短くそう言った。いちおう許してはくれたようだ。

 ふと、周は月子を見て思う。

 梅雨間近のこの時期に見ているこっちの汗が噴き出しそうな格好をしたこのメイドさんも、2年前は高校生だったのだ。周の前ではすっかりエプロンドレスがユニフォームになってしまっているが、そのころは学校の制服を着て高校に通っていたはずだ。周が月子を避けていた時期とも重なり、その姿はまったく記憶になかった。

「なぁ、月子さんも高校生のときは制服を着てたんだよな?」

「え? ええ、まぁ」

 周の不意打ちじみた問いかけに、さっきまではきびきびしていた月子の口調も一転して曖昧になった。

「うちのクラスの女子みたいな感じで?」

 それがどんな感じなのかは具体的にはわからないが、何となく周の言わんとしているところはわかる。

「私も制服をかわいく着たいという思いはありましたから、まぁ、それなりには。そこまで派手ではありませんでしたが」

 月子は自分の恥ずかしい過去を告白するかのように、普段よりも少しばかり早口にそう口にした。

「そっか。月子さんのころとは時代が違うか」

「私個人がそこまでしなかっただけで、周りの子はみんな短くしていました。人を世代の違う人みたいに言わないでください。周様とは3つしか違いません」

 ちょっと怒ったように、月子。

「いや、学年的には4つだろ」

 高二、高三、大学一年、二年、と周は指折り数える。

「私はまだ誕生日を迎えていませんので」

「俺もだよ?」

「でも、周様は今年で16です」

「……おれだけ数えかよ。えらく都合のいい計算だな、おい」

「……」

「……」

 周が非難めいた目を向けるが、月子はどこ吹く風で、背筋を伸ばしたまま箸を口に運び、食事を続ける。

 周は少しだけ話題を変えることにした。

「俺、月子さんの私服着てるとこって数えるほどしか見たことないんだけど、大学って私服なんだよな?」

「もちろんです」

 周が月子の私服姿をあまり見ないのは、彼女が周を送り出してから大学に行ってるせいだ。

「じゃあ、月子さんもミニスカとかで、おしゃれして行ってるわけだ」

「え? も、持ってません。ミニなんて」

 それに着飾るのは苦手です――と、月子は小さくつけ足す。

「あ、そうなんだ。そりゃ残念」

「残念、ですか?」

 月子はその言葉は反問というよりは、つぶやきに近かった。

 そのまま何やら考え込む。

「あ、いや、考えてみたら当然だよな。大人なんだし」

 月子の沈黙に、これは不味い、と周は思った。

 周としては、かわいらしい恰好をした月子というものも見てみたいと思っただけなのだが、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。何せ少し前に一二三四子のことで冷ややかな目を向けられたばかりだ。周は自分の発言を軌道修正した。

「私、そんなに大人ですか?」

 しかし、月子は、周の口から発せられた単語のひとつに反応し、問いを返す。

「俺から見たら大人だよ。二十歳だろ?」

「19です」

 月子はきっぱり言い、それきり拗ねたように黙ってしまった。

 やっぱ年の話は鬼門だな――周は痛感した。

 

 さて、夕食後しばらく勉強をしていた周だったが、今は休憩がてらリビングでテレビを見ていた。このままやる気が戻らなければ、今日の勉強はこれで終わりとなることだろう。

 月子も食後の片付けなどが終わり、自室に戻っている。

「周様、そこにおられますか?」

 不意にその月子の部屋のドアが開き、声が聞こえた。

「いるけど」

 と、そちらを見れば、なぜか奇妙なことに月子は部屋から顔だけを覗かせていた。

「ど、どうしたの?」

「い、いえ、その……」

 あまりにも不審な行動に、周は言葉を詰まらせながら尋ね、月子は何かを逡巡するかのように発音を彷徨わせた。

「……」

「……」

「……」

「や、やっぱり何でもありませんっ」

 ぱったん

 月子は引っ込み、ドアは再び閉じられてしまった。

「な、なんだったんだ、今の……?」

 首を傾げる周。

 さっぱりわからない。

 しかも、今の月子は何かが違っていた。とは言え、見えていたのは頭だけ。ならば違和感の原因はそのせまい範囲に含まれているはずなのだが……。

(髪型、かな……?)

 しばらく考えていた周だったが、答えは出そうになかったので、諦めて部屋に戻ることにした。

 月子の部屋のドアが開いたのは、周が座椅子から立ち上がるのと同時だった。

「「 あ…… 」」

 音に反応してそちらを見た周と、出てきた月子の目が合い、ふたりは異口同音に小さく発音した。

 月子はいつも通りのメイド姿だった。

「……」

「……」

 なぜか気まずい沈黙が生まれる。

 それを破ったのは月子のほう。

「私は大人ですので、やっぱりミニは似合わないと思います」

「は?」

 意味がわからなかった。

「そもそも持っていません」

「あ、うん、それはさっき聞いたかな……」

「……」

「……」

 再び沈黙。

「えっとさ、月子さん」

 周は、よくわからないけど何かフォローせねば、と口を開く。

「思うんだけど、月子さんはスタイルがいいから何を着てもエロいと――」

「ふんっ」

「ぐはっ」

 周の言葉が終わるか終らないかのうちに、月子の脚から射抜くような中段蹴りが放たれていた。

 くの字に体を折って吹き飛ばされながら、言葉はもっと慎重に選ぶべきだと周は思った

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