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50%&50%  作者: 九曜
第3章
25/56

 〃  「戦うメイドさん・宴の始末」(後編)

 恐ろしく機嫌の悪い月子から逃げるように登校したその昼休み、周は学生食堂にきていた。

 理由は単純。朝のごたごたで弁当を持ってくるのを忘れたからだ。

 とりあえずスペシャル中華と名づけられた、程よくボリュームがあり、程よく安い中華そばを食べた。

「おばさん、ごちそうさまー」

「あいよー」

 食器を下げるときにひと声かけると、返却口の向こうからやけに元気のいい声が返ってきた。洗い場を担当しているおばさんは愛想のいい人らしい。

 その後、何か飲もうと自動販売機の前に立つ。

「さて、なに飲むかいな……」

 コーヒーでも紅茶でも何か拘りがあれば決めるのも簡単なのだろうが、周にはそんなものはなく、おかげでなかなかボタンが押せないでいた。

 ひとまずお金を入れてから考えようとしたそのとき、横から伸びてきた手が周よりも先に硬貨を放り込んだ。

(誰だよ? 割り込んでんじゃねぇぞ)

 カチンときてその人物を見ると、それは見知った顔だった。

「九条、先輩……」

「よぉ」

 周がその名を口にするのは初めてだ。

 実際にはこれまでの経緯で彼が九条という名前らしいことがわかっていただけで、直接に誰かからおしえてもらったことはない。だが、返事をしたということは間違いなくそうなのだろう。

「好きなの選べよ」

「え?」

「この前、埋め合わせするっつったろ? 奢るよ」

 言われてみればそんな話もあった気がする。

「それじゃあ……」

 まさかまた迷うわけにもいかず、テキトーに目についた清涼飲料のボタンを押す。

「すみません。いただきます」

「おう」

 出てきた缶を取り出し口から拾い上げながら礼を言う。横では九条がお釣りを再び投入して、自分の分を買っていた。

「この程度じゃ会長がかけた迷惑の十分の一にもなりゃしないだろうけどな」

 そう言うと九条は自動販売機から離れた。

「……」

 周は、この後、自分がどうすればいいのか判断に迷った。九条についていけばいいのか、それともこのまま別れるべきか。

 目で行方を追ってみれば、九条は空いている席のひとつに腰を下ろした。

 食堂の席は長いテーブルをいくつもつなげて並べ、そこに背もたれもない丸椅子を置いただけのいい加減なもの。それが4列ある。

 周はもう少し九条と話してみたい気持ちがあり、幸い向かいの席は空いている。

「先輩。ここ、いいですか?」

「ん? ああ、いいぜ」

 九条はなぜか一瞬ニヤリと笑ってから快く答えた。

「お前、なかなか度胸があるな」

「そうですか? よくわかりませんが」

「ああ。……周り見てみろよ」

「へ?」

 そう言われて辺りを見回してみると、

「うおっ」

 左右両隣の席みっつほどから、さっきまで座っていたはずの生徒が消えていた。通路を挟んだ隣のテーブルも似たようなもので、周と九条を中心にすっぽりと無人の円ができている。

「……」

 もしかして知らず猛獣の縄張りに足を踏み入れてしまったのだろうか、と急に不安に駆られる。

 しかし、周が見るに、九条にそういったところはないように思える。

 特にいかついわけでもなく、体格は中肉中背。不良っぽくも見えるが、どちらかというと気ままな自由人的な性質に近い気がする。

 ただ時々見えない刃ものを持っているような、鋭く危険な雰囲気を感じることはあった。

「ま、知らねぇやつの評価なんてこんなもんさ」

 九条は可笑しそうに笑い飛ばした。

「先輩は生徒会の役員なんですか」

「俺が? はン。そんな面倒なこと、頼まれたってやるかよ」

 今度は鼻で笑う。

「でも、菜々ちゃん会長はそれっぽいことを言っていたような……」

「雑用って言ってただろ?」

「そう言えば」

 そんなふうに呼んでいたような気もする。

「その名の通り俺は単なる雑用。ボランティアだよ」

「それは面倒じゃないんですか?」

「まぁな。役員みたいに責任があるわけじゃないしな」

 どうやら本当に自由人気質らしい。

「どうしてそんなことを?」

 しかし、やはり生徒会の雑用というのは面倒なのではないだろうか。

「ちょっとした縁だよ。親友の妹が生徒会にいたり、どこかのちびっ子が誰も知らないところで孤軍奮闘しているのが見過ごせなかったり。俺がやりたかったってのもある。ま、いろいろさ」

 そう言ってから九条は缶に口をつけた。

(菜々ちゃん会長が……何だって?)

 意味がわからなかった部分が一箇所。でも、どうやら九条は詳しく話す気はないようだ。とりあえず、浅からぬ縁があることだけはわかった。

「で、いちばん大きな仕事が菜々ちゃん会長のお守りですか?」

「ある意味正解」

 九条は人懐っこい笑顔を見せて笑った。

 と、そのとき――、

「てめぇ、割り込んでんじゃねぇぞっ」

「ちゃんと並んでいない貴様が悪い」

 食堂の一角、カウンタの前辺りから諍いらしき声が聞こえてきた。それにあわせて周囲もざわついている。

「おいおい。レベルの低い争いしてんじゃねぇぞ」

 それを眺めながらこっちで九条が呆れた声を出す。会話の内容から察するに、確かに次元は低いようだ。

「んー? ありゃあ、アーチェリー部の主将と、日拳(日本拳法部)のエースだな」

 人垣の隙間から見えたのか、目を凝らしながら九条がおしえてくれる。

 ここ護星高校は体育会系クラブがどこも強いのだが、そのぶん血の気が多く喧嘩っ早い人材が揃っているようで、こうした衝突がたびたび起こるらしい。裏にはクラブ間の対立構造もあるという話だが。

「止めなくていいんですか?」

「俺の仕事じゃないしな。……とは言え、このまま殴り合いになったらアーチェリー部の圧勝だろうし」

「……」

 やけに格闘戦に強いアーチェリー部もいたものである。

「仕方ねぇ」

 九条はポケットから携帯電話を取り出し、操作をはじめた。相手はすぐに出たようだ。

「よう、果林かりん。そこに会長はいるか? ……いない? ったく、どこほっつき歩いてんだか。いや、今、学食にいるんだけどよ。どうも乱闘がはじまりそうなんだ。会長見つけて連れてきてくれよ。……そりゃあ殴り合いがはじまれば止めるけどよ。それまでは知らんぜ? 仕事取ったっつって怒られるのは俺なんだからよ。……ああ、じゃあ、頼んだ」

 そうしてから通話を切り、携帯電話を折りたたんだ。

「いちおう連絡はしといた」

「菜々ちゃん会長、早くくるといいですけどね」

「違うな。いちばんいいのはくる必要がないことだ」

「あ、そうですね……」

 ものすごく当たり前のことを失念していたらしい周は、自分が情けなくなった。

 何もここから暴力沙汰に発展するとは限らないのだ。人には争いを回避する力がある。思考がある。それを信じるべきなのだろう。

 と――、

「こらー。暴れてるのは誰だーっ」

 聞こえてきたのは菜々ちゃんの声。

「人んちの庭でいい度胸じゃないの」

 なぜか菜々ちゃんは割烹着姿で、食器返却口近くの扉から出てきた。

「……」

「……」

「……菜々ちゃん会長、あんなとこで何してたんですかね?」

「……俺に聞かれてもな」

 ダ・ヴィンチやソクラテスですら答えられるかどうか。

「あたしが成敗してくれるわ。かかってきなさい!」

 割烹着を脱ぐと同時に菜々ちゃんが突っ込んでいく。

「……かかっていきましたね」

「……ああ、いったな」

「……しかも、まだどちらも手を出してませんよね」

「……ああ、そうだな」

 すぐに人垣の向こうからボコスカと愉快な音が聞こえてきた。

 かくして人の知恵によって避けられたかもしれない争いは、人外の生徒会長の乱入でむりやりその引き鉄を引かされたのだった。

「さて、帰るか」

「あ、俺も教室に戻ります」

 そうしてふたりは食堂を後にした。

 

 周がマンションに辿り着いたのは、いつもの帰宅時間より2時間以上も過ぎた、午後7時頃だった。普段なら夕食を食べている。

 連絡もなくここまで遅くなったことはない。

 結局のところ、朝のこと――夢見の悪さに任せて月子に悪態をついたことや、それがきっかけで月子が怒って絡んできたこと、が原因で家に帰りにくくてこんな時間になってしまったのだが。

(うっわー。よけいに帰りにくくなったよ……)

 それが自分の首を絞めていたことに気づいたのは、マンションの階段を上がっているときだった。

 重い足取りで歩を進めていると、上から同じフロアに住む古都翔子が降りてきた。

「よう。今から出かけるのか?」

「うん。ちょっとね、買いものー」

 そう元気よく答えながら美少女は周の横をすり抜けていった。

 最近はコンビニは勿論のこと、スーパーも遅くまで開いているので、もっと遅い時間でも買いものには困らないだろう。

 さらに階段を上り、ついにドアの前までやってきた。

 よし、と小さくつぶやき、気合いを入れてからノブに手をかける。

「た、だいまー……」

 軽く言葉を噛みながら帰宅の挨拶をする。発音が小さい辺り、それを伝える意思があるのかないのか。

「おかえりなさいませ、周様」

「ッ!?」

 しかし、それでも月子は声を拾って、奥から姿を現した。

 いつもと変わらぬ態度。それだけに裏に何があるのかよけいに勘繰ってしまう。周は自分で思っていた以上にたじろいだが、身を翻して逃げ出しそうになる体を何とか抑えた。

「……」

「……」

「えっと、その、朝はごめん」

 少しして周はようやく切り出した。

 月子が面食らったように目をぱちぱちさせる。

「寝起きでちょっと機嫌が悪くて……ってのも言い訳でしかないんだけどさ、兎に角ごめん」

「いえ、私も少々取り乱していましたから」

「いや、それでも俺がきっかけであることにはかわりないわけだし」

「……」

 月子は小さくため息を吐いた。それはいったい誰に向けたため息だったのか。

「確かに周様がきっかけではありますね」

「う……」

「でも、やはりおあいこだと思います」

「そ、そうかな?」

 首を傾げながらも、どこかほっとする周。

「ただし――」

「ぅぬ……?」

「お弁当を忘れていったのは許せませんので、夕食はお弁当を食べてもらいます」

「ちょ、それは……いや、まあ、仕方ないか、それくらいは」

「冗談です」

 しかし、月子は顔色も変えずにきっぱりと言った。

「は?」

「明日、そのまま持っていってもらいます」

「……」

「……」

「えっと、それも……冗談?」

 かすかな期待を込めて聞く周に、月子はくるりと背を向けた。

「さて、どうでしょう?」

「つ、月子さん……っ」

 すたすたと廊下を進み、リビングの方へ戻っていく月子。周は靴を脱ぎ散らかして、慌ててその後を追うのだった。

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