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50%&50%  作者: 九曜
第3章
22/56

第16話 「続・戦うメイドさん」(前編)

 鷹尾周たかお・あまねはここのところ、警戒しながらの下校を余儀なくされていた。

 というのも、クラスメイトの岡本哲平が何かにつけて周の家に遊びにこようとするからだ。一度はこっそり後をつけてきていたところを寸前で察知したこともあった。ここまでくると立派なストーカである。

 勿論、目的は周の姉――と思っている月子だった。

 周が岡本を家に上げたくない理由は言わずもがな。故に下校時は常に周囲に気を配りながら、警戒心を最大にしなければならない。

 にも拘わらず――、

「鷹尾。挙動不審よっ」

 あっさり警戒網を突破してくる声。

 驚いて辺りを見回してみるが、そこは何の変哲もない住宅街に面した道路。人はそれなりに歩いているが、怪しい人影はない。

 前にも似たようなことがあったなと思い出し、はっと上を見上げる。

「げ。菜々ちゃん会長……」

 その人物は制服に身を包み、スカートの下はスパッツ穿きという姿で、人んちの塀の上にフツーに立っていた。

 護星高校生徒会会長兼治安維持部隊隊長、竜胆寺菜々ちゃんその人である。

「何をやってるんですか、そんなところで。つーか、そんなところに登っている人に挙動不審とか言われたくないです」

「よくぞ聞いてくれたわ。今のあたしは逃亡生活真っ最中なのよっ」

 なぜかエラソーにふんぞり返る菜々ちゃん。

 見事なまでに発展途上の胸だ。

「……俺の言葉の後半は無視ですか」

「あ。今、バカと何とかは高いところに~とか思ったわねっ」

「思ってねぇよっ」

 伏せる単語が逆なのだが、もう早くも突っ込む気力が失せていた。

「……兎に角、逃亡者なら逃亡者らしくがんばって逃げてください。家でテレビ見ながら応援してますんで。じゃあ、俺はこれで」

 そう言って菜々ちゃんに背を向け、再び歩き出す周。

「ねぇ、ひどいと思わない。だいたいね――」

「……」

 そして、なぜかついてくる菜々ちゃん。しかも、そのまま塀の上をてくてく歩いてくる。

 屋根裏の散歩者ならぬ塀の上の逃亡者。

「今日は夜も仕事があるんだから、昼間少しくらいサボってもバチは当たらないと思うのよね」

「生徒会って夜も仕事してるんですか?」

 周は何となく興味を惹かれて聞き返した。

「そ。見回りとか夜回りとかひまわりとか、いろいろあるのよ」

「ああ、なるほどね」

 真っ先に頭に浮かんだのは、よくテレビで取り沙汰されている繁華街にたむろする少年少女の映像だった。生徒の非行防止、ひいては犯罪防止のためにも、そういう活動も必要なんだろうなと周は思った。

「そろそろ満月も近いし、只今特別警戒実施中~♪」

「満月関係あるんですか?」

「月を見ると吠えたくならない?」

「なりませんよ」

「あたしはなるわ」

「まずあんたがじっとしてろ!」

 周は菜々ちゃんを見上げて吠えた。

「冗談は兎も角、統計的にも満月の日に犯罪や交通事故が多いのも確かよ」

「らしいですね」

「現に生徒会にちょっかい出してくる輩も絶賛増量中でー……って、チャイ! これチャイ! 今のなしっ。聞かなかったことにしてっ」

「……まあ、いいですけどね」

 実際、菜々ちゃんの話につき合う気など端からなくて、そろそろ家が近いしいいかげん帰ってくれないかな~などと思っているわけである。

 そうしているうちに視界には現在の周の住居であるマンションが見えてきた。

「じゃあ、がんばって逃げるなり夜回りするなりしてください。そんなわけで俺はここで」

「む。さては鷹尾、あのマンションに住んでいるのねっ」

「ええ、まあ、そうですけど?」

 隠しても仕方がないので正直に答える。

「よし。じゃあ、中を見せてもらうわっ」

「はぁ!?」

 当然こうなることくらい予想がつきそうなものだが、どうやら周は考えてもみなかったようだ。

「なんで!?」

「親元を離れている生徒が健全な生活を送っているかチェックするのも生徒会の仕事よっ」

 やけに楽しそうに言う様は、どう見てもおもしろ半分の思いつきで言っているようにしか見えない。

 菜々ちゃんは塀から華麗に飛び降りた。護星高校一小さな身体が周の前に着地する。

「それ行け! 名づけて『突撃! オタクのひとり暮らし』!」

「ぶわっ! 何だそりゃ!? 名前だけなら面白そうだけど、よそ行け、よそ!」

 しかし、すでに手を離した改造チョロQのように高速で走り出していた。

 すぐさま周も後を追う。

 菜々ちゃんはマンション手前で足を止めると、ズザザーッ、と横滑りしながら人外のスピードを殺し、エントランスに飛び込んだ。

 遅れて今まで出したこともないような速さで走ってきた周も中に入る。

「ふむ。鷹尾の部屋は4階ね」

 エントランスの集合ポストで周の部屋を確認する菜々ちゃん。

 周はこれぞ好機と捕まえようとしたが、あと少しというところで再度走り出され、伸ばした手は空を切った。

 今度は階段を駆け上がるふたり。

 が、その差は開く一方で、周が4階に辿り着いたときには、菜々ちゃんは玄関のドアに手をかけていた。

「お。ラッキー♪ 開いてる~」

「ちょっ、おまっ。ひとり暮らしの家がすでに開いてることに少しは疑問を持てよっ」

 言っているうちに菜々ちゃんはドアを開けて中に飛び込んだ。

「ああ……」

 周が情けなくうめいた。

 鍵が開いているということは、つまり最も見られたくないものがいつも通りすでに帰宅しているということに他ならない。

 さて、菜々ちゃん会長はどういう反応を示すだろうか? もうそんなことどうでもいいから、このままふらりと旅に出たくなる周だった。

 が――、

 突然、激しい音とともに中から菜々ちゃんが、ドアを背中で押し開けるようにして飛び出してきた。

「……」

 呆気に取られる周の前で菜々ちゃんはマンションの廊下を数度飛び退り、ドアから距離をとった。その顔には警戒の色が浮かんでいる。

「な――」

 何があったのか聞こうと口を開いたとき、再びドアが開き、今度は見慣れたエプロンドレスに身を包んだ月子が、ゆらり、と出てきた。手にはフロアワイパーが、武器でも持つかのように握られている。

 月子は周に気づき、一度恭しく礼をした。

「お帰りなさいませ、周様」

「た、ただいま……」

 しかし、いつもより冷たさ三割増しの表情と声に、周は返事を詰まらせる。

「さっそくですが、あれはいったい何ものでしょうか?」

「えっと、あれはうちの生徒会長で……」

 言いながら菜々ちゃんに目を移すと、彼女は緊張した面持ちで腰を低く落として身構えていた。

「無断でいきなり侵入してきたので、それなりの対処をしたのですが――」

 次の瞬間、フロアワイパーが乾いた音を立てて中ほどで砕け、真っ二つに折れた。

「一撃もらってしまいました」

「……」

 もう何が起きているかさっぱりだった。

「あなたが何ものか知りませんが、この家に侵入しようとする以上、正当な理由があるのでしょうね」

「いや、だから今、俺が生徒会長だって説明し――」

「ない場合はリトル・グレイと見做し、攻撃を開始します」

「しっつれーね! 誰がリトル・グレイよっ。ちょっと平均以上あるからっていい気になってんじゃないわよっ」

 えらいものに見做されそうになった菜々ちゃんが激昂する。

「……」

 横で周がさり気なく月子の顔を見て、それから視線を下ろ――

「おごっ」

 そうとして地獄突きを喰らった。

「あたしは護星高校の生徒会長よ。生徒を束ねる身として鷹尾の家に怪しいものがないか調べさせてもらうわっ」

 菜々ちゃんはメイドさんに向かって力強く言い放つ。

「この家に怪しいものなど一切ありません。お帰りください」

 しかし、メイドさんもきっぱりと言い切った。

 そして、周はというと、目の前にいる怪しさ満点のメイドさんをスルーできるんなら別に中を見られてもいいんじゃないだろうか、と思いはじめていた。

 しかし、そんな周の思いとは無関係に話は進んでいく。

「おもしろいわ。どうあっても中には入れないつもりね」

「この家の安全と平和を守る身として、当然のことです」

 いつから周の家はこんな重要拠点になったのか。

「なら、力尽くで押し通るまでよっ」

「最近のメイドを甘く見ていると痛い目に遭いますよ」

 月子は、先ほど砕けて使いものにならなくなったフロアワイパーを無造作に投げ捨てた。

 それから腕を下ろすと、エプロンドレスの両の袖から伸縮式の特殊警棒が滑り出てきて、手に収まると同時に本来の長さにまで伸びた。

「……」

「……」

 いつの間にか指貫グローブをつけた両の拳をぎりぎりと握り、身構える菜々ちゃん。

 警棒の二刀流で待ち構える月子。

「……」

 そして、おいてけぼりにされて、口をパクパクさせる周。

 なんでこんなことになっているのどうやっても理解できない。が、とりあえず今まさに安全と平和が脅かされそうになっていることだけは確かのようだ。

 まあ、尤も、今まで平和だったかというと、そうでもなかったような気もするわけだが。

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