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50%&50%  作者: 九曜
第1章
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第2話 「初戦は惨敗」

 朝。

 それは鷹尾周が生まれ育った家を出て、最初の朝だった。

「周――、起きてくだ――」

 未だ眠りの淵にある周を呼ぶ声。

「周様、起きてください」

 より覚醒に近づいた意識で、さらにはっきりとその声を聞いた。

「あー……?」

 誰だよ――

 その声の主が誰かもわからないまま、周は目を開ける。

 と、長い髪にカチューシャを乗せた、無表情ながら端整な顔の女性がこちらを覗き込んでいた。

「ッ!?」

 驚いて弾かれたように上半身を起こす周と、それをわずかに身を反らしただけで避ける謎の女。

「……」

 背を壁に貼りつかせながら改めて見てみれば、それは黒と白のエプロンドレスを身にまとった、どこからどう見てもメイドさん。月子だった。

「今のヘッドバッドは私への挑戦と見なしてよろしいでしょうか?」

 なぜか目を好戦的に光らせる月子。

「違うわっ」

「それは残念です」

 今度は言葉とは裏腹に、残念がる素振りを微塵も見せずにしれっと言う。

 それから彼女は、立て膝の状態からすっと立ち上がり、一歩下がった。

「おはようございます、周様」

 恭しく一礼。

「あ、あぁ……って、何で月子さんがここにいるんだよ!?」

「私はメイドですので」

 思い出した。

 昨日、自立した人間になるための第一歩としてひとり暮らしをはじめようとした矢先、父親の命令でやってきたというこのメイドが乗り込んできたのだった。

「黙っていたら際限なく寝るであろう周様を起こすのも仕事です」

「ほっとけっ」

 吠える周。

「では、朝食ができていますので、着替えて顔を洗ってからきてください」

 だが、月子はそれを無視。言うことだけ言って、再び礼をしてから部屋を出ていった。

 丁寧に、音もなくドアが閉まった。

「……」

 それを周はじっと見つめる。

 明日からは鍵をかけるか――

 と思ったところで、再度ドアが開いた。月子が顔を出す。

「なお、言っておきますが、鍵をかけても無駄ですので」

「……」

 もはや何も言い返す気力が出なかった。

 鍵をかけるとどう無駄なのか試してみたい気がしないでもない。実は部屋の鍵を持っているとか、そういうことだろうか。

「つーか、今何時だ?」

 部屋を見回す。が、掛け時計はまだない。そもそも昨日の今日で引越しの荷物はまだ半分ほどしか片づいていないのだ。春休みだから早く起きることもないだろうと思って、目覚まし時計も出していなかった。

 枕もとに置いた携帯電話を見る。

「9時、か……」

 さすがにもう起きないとマズそうだ。

 

 本日は焼き魚をメインとした純和風の朝食。

 エプロンドレスのメイドが出してくる料理としてはミスマッチを感じないでもないが、しかし、文句なく美味しい。

 それはいいのだが、

「昨日から聞こうと思ってたんだけど――月子さん、そこで何してんのさ?」

 周は問う。

 月子はテーブルから少し離れたところに立っていた。背筋を伸ばして、行儀よく。

「私はメイドですので、何かあったときのために、ここに控えています。用があれば言ってください」

「あ、あぁ、そう……」

 実家でもこんな感じだったのは確かだ。家政婦の藤堂(月子の母親だ)が、「坊っちゃん、おかわりはいかがですか」「しょうゆのかけ過ぎは体に毒です」「『牛車』と書いて『ぎっしゃ』と読みます」などなど、よく気がついたりよけいなお世話だったりすることを、いろいろやってくれていた。

 しかし、それはそれなりに広いダイニングでやるものであって、間取り2LDKのダイニングキッチンでやろうものなら違和感ありまくりである。

「すげぇ喰いづらいんだけど……」

「お気になさらず」

「……」

 無理だっつーの。

 周はとりあえず話を変えた。

「月子さん、朝メシは?」

「私は周様の後でいただきます」

「ふうん。大変だな、メイドも」

 あくまでも他人ごとの感想を述べ、食事を続ける。

「なのでとっとと食べてください。後がつかえてます」

「ぶはっ」

 危うく噴き出しかけた。

「わーったよ。喰えばいいんだろっ、喰えばよっ」

 やけっぱちのように口の中にかき込み、周の今日の朝食は終了した。

 

 朝寝のおかげですっかり短くなってしまった午前中は荷物の片づけ。

 そして、朝食同様、何かに、というか月子に急かされるようにして昼食を取った後の――午後。周は外へ繰り出すことにした。

 部屋を出て、短い廊下を経て玄関へ。スニーカーに足を突っ込む。

 と、リビングへ通じるドアが開き、月子が姿を現した。

「周様、お出かけですか?」

 直後、周はむっとした。

 勉強をしようとした矢先に勉強しなさいと言われると、途端にやる気を失くすタイプだ。

「どちらへ?」

「どこだっていいだろ」

 本当は駅前を中心に散策をしようと決めているのだが、押しかけメイドに言う義理はないと態度で示す。

「では、お帰りはいつ頃になりそうですか?」

「帰りたくなったら帰るよ。月子さんが出ていってくれたら、すぐにでも帰ってくるかもな」

 投げやりに言い放ち、外へ飛び出した。

 月子の顔は見なかった。己の態度の悪さを自覚しているから。月子がどんな顔をしているか、怖くて見ることができなかったのだ。

 マンションの廊下へ出て、階段を降りる。

 抱えていた罪悪感は、次第に別のものに変わっていった。

「やっぱりメイドなんてどうかしてる。このままじゃダメだ。なんとか出ていってもらわないと」

 とは言え、気持ちがささくれ立っている今家に戻っても、どんな言葉が口から飛び出すかわかったものではない。ひとまず冷却のため、このまま予定通り前へ進むことにした。

 駅までは徒歩10分程度。

 利用者が多いため、駅はわりと大きい。周辺には大型スーパーやショッピングセンターがある。少し離れたところにはシネマコンプレックスがあるらしく、バス停の並ぶロータリィにその案内が出ていた。

 周は、まずはショッピングセンターの中にあった大型書店に入った。

 テキトーにマンガ雑誌を読み荒らして1時間ほどの時間をつぶした後、一度外へ出る。

 と、

「おい。あっちで超美人のお姉さんがバカなナンパ男をノックアウトしたらしいぞ」

 そんな声が耳に飛び込んできた。

「なんだそりゃ?」

 疑問詞は発しても、しかし、わざわざ見にいくほどの野次馬根性は持ち合わせていなかった。

 こういうのってだいたいは誇張があるんだよな――

 美人エッセイスト然り、マドンナ議員然り。

 それから周はショッピングセンターに戻ってフードコートにどんな店があるのか見て回ったり、店舗をひやかしてみたりもしたが、それでつぶれた時間は2時間ちょっとだった。

「ひとりじゃこれが限界か」

 駅周辺の散策という当初の目的は達成したので、これで帰ることに決めた。押しかけメイドのいる家へ。

 ぎりぎり夕方と呼んでも差し支えなさそうな時間。

 周はきた道を戻る。

 行きにかかった時間が10分なら、帰りも所要時間は10分だ。大きな変化はないし、一段増えていたりもしない。

 マンションのエントランスを通って階段をのぼり、家へ辿り着く。

 ドアを開けて、無言で中へ。スニーカーを脱ぎ散らかして玄関を上がったところで、奥のドアが開いた。

 メイド服姿の月子が現れる。

「おかえりなさいませ、周様」

「……ああ」

 月子の言葉に短く応えて、周は部屋へ入る。努めて彼女を見ないようにした。

 財布と携帯電話をベッドの上に放り出してから、

「よし」

 と、ひとつうなずく。

 再び廊下に出れば、当然そこに月子の姿はもうなく、周はリビングへと這入った。

 月子はキッチンに立っていた。夕食の準備だろうか。

「月子さん、あのさ――」

 周もキッチンの側へ行く。

「ん? ……なんだ、これ?」

 見つけたのはダイニングテーブルの上にあったビニールの何か。広げてみればそれはスーパーのレジ袋だった。丁寧に折りたたまれていたようだ。

「買いもの行ったんだ」

「ええ、周様がそこら辺をほっつき歩いている間に」

「……せめて散歩くらいに言ってくれ」

 そこでふとあることに気づく。

「もしかしてその格好で行ったのか?」

 その格好=メイド服姿。

「まさか。私がそんな変人だとでも?」

「自分の職業に誇りはないのかよっ」

「ありますが、それとこれとは別です」

 しれっとメイドさんは言ってのけた。

「ところで、何か話があったのではありませんか?」

「あ、あぁ、そうだった。えっと、なんだ、その……やっぱり出て行ってくれないか? これじゃ何の意味も――」

「お断りします」

 今度ははっきりきっぱり即答。

「親父の命令だからか?」

「いえ、それもありますが、労働条件がいいので」

「……」

「……」

「……金?」

「……そんなところです」

 理由としては完全無欠。

 正直、父親がごちゃごちゃ言っているだけなら、また力ずくでどうにかしようと思っていた。だが、月子の事情はまったく考えていなかった。

「周様が別のお仕事を紹介してくれますか?」

「あ、いや……」

「それともその分を周様が補填するとでも?」

「それは……」

「失業手当ては出ますか。夕食は筑前煮ですがよろしいですか。アホですか、周様は」

 そして、なぜかここぞとばかりにたたみかけられる。

「……」

「……」

「……」

「えっと……、すいません」

 謝る周。

 アホでごめんなさい。

「周様、夕食はいつ頃で?」

「じゃあ、6時半」

「わかりました。では、そのように」

 月子は再びキッチンへ向き直る。

 周はその背中を見て、ひとまず引き下がることにした。

 見事敗退。

 背を向ける。

「周様」

 足を踏み出しかけたところで声をかけられ、振り返った。

「暇そうなので下に降りて、夕刊を取ってきてください」

「るせぇ」

 暇で悪かったな。

 そう吐き捨てつつも、まっすぐ玄関に向かう周だった。

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