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50%&50%  作者: 九曜
第2章
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第10話 「噂の? 美少女?」

 ゴールデンウィークの中にぽっかりあいた平日。

 そんな日でも鷹尾周の一日は、朝、端整な顔ながら無表情なメイドさんに起こされるところからはじまる。

「おはようございます、周様。朝です。起きてください」

「……起きたくねぇ」

 朝を告げた月子に返ってきたのは、しかし、そんな周の言葉だった。

 毎朝必ずもう少し寝かせろとごねる周だが、起きたくないと言ったのは初めてだ。

「つーか、学校行きたくねぇ」

 続く言葉に月子がわずかに心配顔になる。

 学校に、行きたくない?

 はじまったばかりの高校生活で何かあったのだろうか。行きたくなくなるような何かが。

「ゴールデンウィークなんだから気前よく休みにしろよな」

「……」

 そんなことかよ。

 月子の目が、心配して損したぜこの野郎、と半眼になるが、こちらに背を向けて体を丸めてしまっている周には見えない。

「何を我侭言ってるのですか。それが学生の務めというものでしょう」

「明日も明後日も休みなんだ。我侭だって言いたくなるよ」

 周は布団を口許まで引っ張り、さらに体を丸める。今日は一日ベッドから出ないとでも言うように。

 月子は呆れたようにため息をひとつ。

「まぁ、高校は義務ではありませんから、自己責任で休むのもひとつの選択かもしれませんね」

「……」

 何やら考えているふうの周の背中。

 すると、

 程なくもぞもぞと動き出し、のっそり起き上がった。

「やっぱり行くわ」

「……いきなりの方針転換ですね」

「まぁな」

 彼は長めの前髪を手でかき上げる。起きたときによくする仕種だ。その下にある切れ長の目は、まだ寝起きのせいか精彩を欠いていた。

「それこそ義務じゃなく、自分で行くと決めた学校だしな。中途半端はよくねーよな」

 苦笑しながら言う。

 周だってわかっているのだ。文句を言ったところで休みにはならないし、それが学生という身分だということを。そして、行くのも休むのも自己責任において自由だということも。結局のところ、ごねてみたいだけなのだろう。

「そういや月子さんも大学だろ?」

 周はベッドの上にあぐらをかき、固まった体をストレッチでほぐしながら月子に問う。

「ええ。ですが、とっている講義はすべて休講になりましたので、結果的に休みです」

「ちっ。いいよなぁ、大学生は」

 そんなものである。

 学生も休みたいし、先生だって休みたい。授業をやったところで学生がこなければ意味がないし、サボる学生も多いだろうことは容易に想像がつく。結果として、利害の一致をみて、多くの講義が休講になるのだ。

「……周様さえいなければ、私ももう少し寝られたのにと思わなくもないですが」

 ぼそっと。

 大学のついでに仕事も休みたいらしいメイドさんはつぶやく。

 このアホの子なからましかばと覚えしか。

「……」

「……」

 こんにゃろう、と周が月子を睨むと、彼女はすっと目を逸らした。

 その態度にさらにむっとして周は、

「休みたかったら休めば? 俺も労働基準法的な指導を受けたくないしな」

「ええ。でも、それは一日放置しても周様が死なないと確信できたときにしたいと思います。……では、朝食ができていますので、いつでもどうぞ」

 そう言い残し、月子は一礼して部屋を後にした。

「俺ってそんなに何もできないように見えるか……?」

 一日で死ぬかよ、と思う。

 でも一日でけっこう弱るかも、とも思う周だった。

 

 遅刻ギリギリの時間に登校すると、昇降口の下駄箱の前でクラスメイトと顔を合わせた。

 キツくならない程度にシャープな面立ち、細身ながら精悍な身体。やや浅黒い肌は長年スポーツで繰り返し日に焼けたことを示している。

「おはよーさん」

「ああ、鷹尾か。おはよう」

 天根小次郎だった。

 周とは『あまね』の音が同じため、周は彼のことを名前で呼び、彼は周を姓で呼んでいる。

「サッカー部は今日も朝練か」

 周は彼が持っているスポーツバッグを見て尋ねる。実際には必ずしもスポーツバッグと朝練が直結するわけではないのだが、小次郎の顔には早朝の練習を終えた後の充実した疲労感が窺えた。

「さすがゴ高。一年生にも容赦がないな」

「まぁな」

 口数少なめな友人は、靴を履き替えながら短く返す。

 ここ護星高校はスポーツを推奨し、運動部の活動に力を傾注している。それは晩年にはIOC(国際オリンピック協会)の委員まで務めた創設者の方針によるもので、昇降口で生徒たちを迎える彼の銅像には『剣よ舞え、拳よ唸れ』という座右の銘が彫られているほどである。

 周も靴を履き替え、ふたりで教室を目指す。

 朝のホームルーム直前の学校は賑やかだ。単純に考えて登校してきている生徒は限りなく最大値に近づいているはずで、どの教室からも明るい話し声が聞こえるし、別のクラスの友達同士が廊下で話していたりもする。

 そんな騒がしい朝の廊下を、周と小次郎は他愛もない話をしながら歩く。

 と、

「いたーっ」

 突然、耳を劈くような声が響き渡った。

 周の背後。

 何かと思って振り返れば、声の主と思われる女子生徒が開け放した教室の窓から顔を覗かせていた。

 彼女は一度姿を消すと、程なくばたばたとドアから飛び出してきた。そして、跳ねて両足で着地するようにして、周の前に立つ。小顔で、そのわりにはくりっと大きな目をした女の子だった。

「おはよう!」

 明るい元気な声が発せられた。

「お、俺?」

「もちろん!」

 思わず自分の後ろを確かめてから聞き返す周に、彼女は大きくうなずいた。

「お、おはよう……」

 周は勢いに負けて挨拶を返す。

「おしえて、名前」

「……鷹尾、だけど?」

「たかお……。ん? どこかで聞いた、いや、見たような?」

 女子生徒は視線を宙に彷徨わせ、首をひねる。

 周は助けを求めるように、隣にいる小次郎を見た。が、彼は特に何か口を出すつもりはないようだった。困った。というか、面倒くさくなってきた。

「えっと、悪い。もう行っていいか?」

「え?」

 そこで丁度チャイムが鳴った。

「ほら、ホームルームもはじまるしさ。じゃ、そういうことで」

「がーん」

 コミカルにショックを表現する女の子にかまわず、周は背を向けた。小次郎とともに歩き出す。

「で、誰?」

 チャイムが鳴り終わるのを待って、友人に尋ねる。

「……古都翔子ふるいち・しょうこ

「なんだ、知り合いだったのか」

「いや」

 と、彼は否定する。

「でも、一年の間じゃけっこう有名だ。それに向こうはお前のことを知ってるふうだったぞ」

「そんな感じだったな」

 はて、いったいどこで会っただろう? さっぱり覚えがない。

「んで――なんで有名なんだ?」

「そんなもの、見たらわかるだろ。かわいいからに決まってる。俺に言わせれば、一度見たら忘れられないあの顔を覚えてないお前が不思議だ」

「そーゆーもんかねぇ」

 確かに周もかわいいとは思った。だけど、それを話題に本人のいないところで騒いだりするのは、どうにもピンとこない。

「ふるいち・しょうこ、か……」

 周は口に出して発音してみる。が、顔同様やっぱりその響きにも覚えがなかった。

 

 ゴールデンウィーク真っ只中の登校ということもあり、最後までやる気の出ないまま本日の学業を終え、年ごろの少年らしく友人と寄り道をして帰ってきた周。

「お帰りなさいませ、周様」

「……」

 その周を待っているのは、2LDKのマンションにはおおよそ似つかわしくない姿の人間と、迎えの挨拶だった。

「夕食の準備ができています」

 しかし、それでもひと月も過ぎればいいかげん慣れてくるもので、ここは一発冗談でも飛ばしてみようかという気になるくらいの余裕はあった。

「食事よりも先に月子さんを頂……ぐぼっ」

 次の瞬間、エプロンドレスの長いスカートの裾から電光石火の勢いで前蹴りが繰り出され、周の腹に炸裂していた。

 周の身体は、未だ閉じ切っていなかったドアを押し開けて吹っ飛び、マンションの廊下に転がり出た。バッタン、とすべてを拒絶するようにドアが閉まる。

「ッ~~~!」

 ひとりバックドロップのような複雑な構造のまま、この手の冗談はメイドという人種にとって禁忌なのかもしれない、とわりかし真面目に考えてしまう周だった。

 その後、よろよろと立ち上がると再びドアを開けた。

「お帰りなさいませ、周様」

「……」

 月子は何ごともなかったかのように、いつも通りの挨拶で周を迎えた。

 実際、一言一句台詞が同じ辺り、すべてなかったことにするつもりのようだ。品のない冗談を聞いたことも、メイドが己が主に前蹴りを喰らわして外に叩き出したことも。

「夕食の準備ができています」

「……わかった。着替えたら行くよ」

「お待ちしております」

 有能なメイドは恭しく応えるとキッチンに下がっていく。

 そのときだった。

「あ」

 周が小さな声を上げた。

 月子が振り返る。

「何か?」

「思い出した」

「……何をでしょうか?」

 聞き返しつつ、眉根を寄せる。

「んだよ、その微妙な表情」

「いえ、蹴られた拍子に忘れていたことを思い出す人間が、思いのほか気持ち悪かったもので」

「ほっとけっ」

 メイドのわりには言うことに遠慮がない。

「それで、いったい何を思い出したのでしょうか?」

「ああ、そうだった。今日、学校で見知らぬ女の子に挨拶されたんだ」

「……」

 またも眉根を寄せ、どちらかと言うと不機嫌顔になっているのだが、月子にその自覚はない。

「それで誰だろうってずっと考えてたんだが――やっと思い出した。この前、帰り道で会った子だ」

「ああ、周様が追い抜かしたという」

「そう」

 見覚えがないのも当然だ。あのとき、ろくに顔も見ずに脇を通り抜けてきたのだから。

 やっとすっきりした、と笑う周。

「そうだ。予想通り、けっこうかわいかったな。なんか学校でもそれで有名らしい……すおっ」

 周の言葉が終わらぬうちに、再び月子の前蹴りが彼の腹に炸裂した。

 またもドアを壊す勢いで、マンションの廊下に飛び出す。

 ひとりバックドロップの構造で、バッタン、とすべてを拒絶する音を聞きながら、「なぜ……?」と思う。

 そして、

 ガチャン、とドアに内側から鍵をかけられた。

「いや、ほんと、なんでだよ……」

 まさかこの年で言うことを聞かない子どものように家の外へ締め出されるとは思わなかった周だった。

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