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50%&50%  作者: 九曜
第2章
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第9話 「器用じゃないふたり」

 カレンダーはゴールデンウィークに突入し、

 そのある日のこと、周は自室で友人と電話で話をしていた。

「んじゃ、明日は1時に集合ってことで」

 話題は高校生らしく遊びにいく約束。

「結局、いつものメンバー?」

『だーな』

 電話の向こうの相手はクラスメイトの岡本哲平だ。

 いつものメンバーというと、周に岡本、天根小次郎、そこに一二三と森という同じクラスの女子生徒が加わる。

「天気、大丈夫か?」

『大丈夫なんじゃねーの? 今日も日本のどこかじゃ真夏日らしいしな。ゴールデンウィーク中はずっとこの調子だーとよ』

「それは重畳」

 5月にしてすでに夏を先取り。地球温暖化って本当なんだなぁ、と短絡的に思う周だった。

「思わず女の子の薄着に期待してしまうな。特に一二三なんか露出度高そうだ」

『おーい、気をつけろーよ? あいつ、自分が男の目を引くって自覚してやってる節があるからな。うっかりしてると痛い目みーるぜ?』

「そんなもんかねぇ」

 その手の女であることを武器にした駆け引きというものにピンとこない周は、首を傾げるばかり。まぁ、視覚的に楽しめたらいいか、と結論を落ち着かせた。

「じゃ、明日な」

 最後にもう一度、明日の約束の確認をしてから通話を終える。

 周は携帯電話を折りたたむと、それを手に持ったまま自室を出た。向かうはリビング。短い廊下を抜け、突き当たりにあるドアを開けてリビングに這入る。

「月子さん」

「なんでしょうか、周様。……その鬱陶しそうな顔は」

 月子はちょうど夕食の準備中だった。周の登場に振り返ったはいいが、その周が自分を見るや顔をしかめたのを見て取り、むっとして言葉をつけ加えた。なぜそんな顔をされなければならないのか。

「いや、月子さん見たら体感温度が上がった。……暑くないのかよ、その格好」

「特には。メイドの正装ですので」

 ロングスカートのエプロンドレスを着込んだメイドさん(重装型)は、しれっと言ってのけた。

 この地域は真夏日でないにしても、例年のこの時期にしてはやはり破格の気温だ。ニュースでは全国的に7月上旬並みだとも報じられている。周もトップスはTシャツ一枚という格好だ。

「いや、まぁ、それだったらいいんだけどよ」

 言って周は、リビングの座椅子に腰を下ろした。リモコンでテレビを点け、何か面白い番組はないかとチャンネルをくるくると変える。

 月子はその様子を見て、わずかに思案。

「実は――」

 と、自分もリビングの側にやってきた。

「このユニフォームには丈の短いのもあるのです」

「ふ、ふーん……」

 周の背中がぴくりと跳ねた。

 それを認めた上で、月子はさらに続ける。

「なにせ短かすぎてストッキングとスカートの間に素肌が見えてしまいます」

「……」

 ビバ、絶対領域。

「しかもそこにはガーターのベルトが」

「……」

 ついにゆっくり振り返る鷹尾周(16)。

「……マジ?」

「……嘘です」

「……」

「……」

「……」

「……こんな話題に喰いついてくるとは、最低ですね周様」

 虫でも見るような月子のジト目が痛い。

「う、うるせー。男はみんな短いほうが好きなんだよっ」

 開き直って自ら最低に輪をかける周。

「残念ながら、そんな無防備な格好をするつもりはありません。私が大学でなんと呼ばれているか知っていますか? 皆、私の鉄壁ぶりを差して、こう呼ぶのです。疾風月子ツキコ・デア・シュトルムと」

「鉄壁じゃねぇのかよ!?」

 周が石器時代の勇者のように吼える。壁は壁でも、双璧のほうらしい。

 結局、周はそのまま、つき合ってられるかと月子に背を向け、再びテレビに向き直った。

「鉄壁なら鉄壁らしく、着替えのときくらいドアに鍵……をごッ!?」

 直後、言葉が終わらぬうちに、月子の白いストッキングに包まれた足が、彼の首筋を襲った。

 骨よ砕けよ、記憶よ飛べ。

 見事な中段蹴りミドルキックだった。

 

「明日、遊びに行くことになったから」

 周が、どうにもぐらぐらして仕方がない首を手で支えながら、忘れていた話題を改めて切り出した。

「わかりました」

 応える月子は、テーブルをはさんで周の反対側に座っている。テーブルの上にはふたり分のコーヒーが置いてあった。夕食までにはまだ時間があり、月子が入れたのだ。

「お帰りはいつ頃になりますか」

「いんや、決まってねぇ」

「そうですか。早かったり遅かったりするようでしたら、連絡してください」

「わーった」

 言いながら周はテレビに目を向ける。

 それから少し間があいてから、何の気なしに言葉を加えた。

「当然、家デンのほうだよな」

 そして、月子も特に考えることもなく返した。

「そうですね。周様は私のケータイのほうは知らないでしょうから」

 と。

 そこでふたりはあることに、はたと気づいた。

 周は思う。あれ、月子さんってケータイ持ってたっけ?

 月子も思った。そう言えば、シュウにケータイの番号おしえてなかったような。

 ……。

「えっと、月子さんってケータイ持ってんのか?」

「え、ええ、いちおうは……」

「……」

「……」

 お互い次の句が継げず、顔を見合う。

 かくして、場は微妙な空気に包まれ――周は黙ってテレビに戻り、月子は何かを取り繕うようにしてコーヒーに口をつけた。

 この瞬間、考えていることはふたりとも同じだった。即ち、携帯電話の番号を聞いておいたほうがいいのだろうか――ということ。

 ただ、そうは思ってみても、行動に移すにはやや技術が不足していた。

 例えば周は、遊びにいく約束をしたついでになら、女の子相手に「ケータイ番号おしえといてくれない?」と、ごく自然に言えたりするのだが、何もないこの状況ではそれを言い出すには少々ハードルが高かった。

 そして、月子もまた、周以上にそういうのは苦手だった。

 その結果、ふたりは何気ないふうを装いつつも、ちらちらと相手の出方を窺うという状況ができあがった。どう切り出したものか。妙な緊張感だけが高まっていく。ふたりが沈黙した今、テレビから流れてくるニュース番組もどこか空々しく、むしろ逆に沈黙を演出する装置と成り果てていた。

 程なく周がひとつ閃く。

「あ、そ、そうだ、月子さん」

「は、はいっ」

 言葉を詰まらせながらも自ら打って出る周と、いきなり動きを見せた周に慌てる月子。

「もし俺が電話したときに月子さんが家にいなくて、出なかったらどうしたらいい?」

「周様がいつ帰ってきてもいいようにしておくのがメイドの務めですから、そういうことはまずないかと」

「ぶっ」

 周は想定していたのと違う返しに、思わず吐血しそうになった。

「……」

「……」

 見事な連係プレーで着地点を誤った。

 今さらながら痛恨のミスに気づいた月子が、無声音で「あ……」ともらす。

「あ、いや、それなら問題ないな、うん」

「え、ええ……」

 そうして周は再び顔をテレビに戻し、月子は天井を仰ぎ見た。

「あ、周様?」

 今度は月子が失態を返上しようと切り出した。

「周様が学校に行っている間に連絡の必要が出た場合、どういたしましょうか?」

「ああ、学校じゃ基本的に電源を入れないのが決まりなんだ。緊急の場合は職員室に連絡してくれってさ」

「……は?」

 しかし、周が盛大に蹴り返してしまった。

「……」

「……」

「そ、そうですか……」

「……」

 再び着地失敗。

 今日何度目かの静寂が訪れた。いつもなら落ち着きなくチャンネルを変えている周の手がすっかり止まっているが、しかし、限りなくワイドショー化されたニュース番組も頭に入っている様子はない。月子のほうはとっくに空になったコーヒーカップの底を黙って見つめている。

 このままでは不味いと思いはじめていた。今ここで携帯アドレスをおしえ合う必要がないと結論してしまえば、二度と機会はやってこないだろう。

「例えが悪かったと思うんだ」

 そんなことを言いながら、周は改めて月子に向き直った。月子も居住まいを正す。

「もし、だ――明日、俺が遊びにいってる間に、親父が死んだとしよう。事故死でも病死でも爆死でもいい。そうしたら緊急に連絡をとる必要がある」

 殺した。自分の父親を殺した。

「ええ、確かに」

 そして、こっちはそれを受け入れた。

 どうして周に直接連絡がいかず月子を中継しているのかというツッコミどころもあるのだが、きっと今はその点には目をつむる必要があるのだろう。

「もうひとつくらい例が欲しいところだな」

「では、こういうのはどうでしょう」

 月子が提案する。

「周様が学校で具合が悪くなって早退するので、大学に行っている私に連絡する必要が出たと」

「なるほど。あり得るな」

 少なくともいきなり父親が爆死するよりは可能性が高い。

 周と月子はお互いの顔を見合う。アイコンタクト。ここに意思の統一ははかられたと確信した。

「よし、じゃあ、月子さんのケータイ番号おしえといてくれ。俺もおしえるから」

「わかりました。いつ何があるかわかりませんから」

 うなずき合い、ふたりはようやくいそいそと赤外線通信でデータのやり取りをはじめた。

 結局はそこなのだ。不測の事態に備えて――それだけで理由はこと足りるはずなのに、あまり器用でないふたりは、いちいちわかりやすい事例を示した上で自分を納得させないといけなかったらしい。

 やがでデータの交換は終わり、それぞれのアドレス帳に一件の番号が追加された。

「やはり周様のケータイの中には女の子の番号が?」

 月子がやや硬い面持ちで問う。

「ま、それなりにな」

 それこそ一二三や森とは、意気投合して学校帰りに遊びにいったその日に番号を交換している。

 そんな周の答えに月子の目がちょっと据わったのだが、彼は気づいていない。

「そういう月子さんだってあるんだろ。男友達のが」

「え、私、ですか……?」

 月子は目を自分の端末と周に交互にさ迷わせてから、反応を窺うように口を開いた。。

「も、もちろん、ありますよ」

「だろうな。大学も2年目だもんな」

 しかし、周はその返答に笑って応えるだけ。

 月子がちょっとだけ口を尖らせ、

 ため息ひとつ。

「さて――」

 と、立ち上がる。

「そろそろ夕食にしましょう」

「……」

 スタスタとキッチン方面に立ち去る月子。

 その背中を見送りながら「俺、何か悪いことしたっけ……?」と首を傾げる周だった。

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