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スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「霊魂」
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「霊魂」(11)

 灰色に曇った空からは、細い糸のように雨が降っている。


 魔王は倒され、セレファイスをふくめた各地にはふたたび平穏がおとずれた。


 廃城の広間に詰め込まれていた人質の呪士たちは、無事に保護。支配の呪いを解かれた魔物たちも、だれに言われるでもなく自分たちの故郷へ帰っていった。


 ただ今回の〝光と闇の戦争〟によって生じた犠牲は、けっして少なくはない。


 都の北西部、広大な墓地に集まる傘の群れも、失われた命を葬送する人々だ。


 棺桶が閉ざされる一瞬、そのすきまからは眠るフィアの顔がみえた。鉄と炎の戦乙女が横たわるそこには、参列者たちの持ち寄った美しい花があふれている。


 蘭の花冠をいただく神官の冥福の祈りは、やがて静かな雨音に引き継がれた。黙祷を終え、ひとり、またひとりと墓地から去る人々。墓穴におろされた物言わぬ棺桶は、おごそかにかけられた土によってすでに見えなくなっている。


 かなりの時間がたつというのに、その少年はずっとフィアの墓標の前に立っていた。


 傘もささずに、メネスは真っ黒な喪服からただひたすらに水滴をしたたらせている。まわりにはもう人の姿はない。いや、その頭上にそっと傘をさしだし、つぶやいた人物がいた。


「背、のびたな? メネス?」


「…………」


 メネスは無言だった。その横顔は苦行僧のごとく深く悩み、繰り返しなにかを思考しているように見える。片手で松葉杖をついたまま、エイベルは鼻を鳴らした。


「ま、風邪を引きたきゃ引きな。英雄の第一歩は、人に迷惑をかけることから始まる。王宮の通夜ぶるまいも欠席したんだって、おまえ?」


 かなり長い沈黙をおいて、メネスは小さく言い返した。


「当然だ。ていのいい英雄の任命式なんかにでる気はさらさらない」


「聞いたんだな。そう、クラネス王はおまえを、呪士隊のリーダーにしたがってる。魔王城から助けられた連中の信頼もあつい。フィアの守った正義と平和、おまえ以外に受け継ぐやつが他にいるか?」


「すまないが、ぼくはまちがっても救世主なんかじゃない。むしろ、これから世界を乱す混沌の使者。今回の戦争は、ただの序曲にしかすぎないよ」


「……え?」


 エイベルが耳を疑う余地もなく、メネスは続けた。


「ぼくは旅にでる」


「た、たびぃ? どこにだよ? いつからいつまで? 王のご指名はどうするつもりだ?」


「ぜんぶわからない。ただ、遠く長い旅になるのはたしかだ」


「そんな……急すぎるぜ」


「はは」


 空っぽの笑いに、メネスは肩を揺らした。


「あのときと逆だね。ほら、覚えてるかい? きみが最初の魔王討伐に出発するまえ、ぼくの家の地下室で似たような話をしただろ?」


「はぐらかすなよ。どうしちまったんだ、おまえ? いったいなに考えてる?」


 いっこうにやまない雨に叩かれ、青々とした墓地の芝生たちは静かに鳴いている。複雑な表情のエイベルに背を向けると、メネスは告げた。


「今回のような召喚による世界の異常は、そう遠くないうちにふたたび起こる。そうなるまえに先んじて向こうを調べ、叩くんだ。フィアならそうしただろうし、彼女もまた、ぼくにそうしろと囁いてる」


「なんだって? あのなメネス、フィアはもう……」


「ぼくはまだ、彼女との約束を果たせないままだ」


 ポケットに両手を入れると、メネスは雨の中をどこかへ歩き始めた。制止するエイベルの手も届かない。背中越しに軽く片手をあげると、メネスは言い残した。


「じゃあね。いつかまた戻ったときには、いつもの酒場で集合だ」


「メネス、おい、メネス……!」


 それが、幼なじみふたりの最後の会話だった。


 しばらく時間がたったころ……


 たたずむ墓標の下、まだ掘り返して間もない土の奥、とある棺桶の中。


 寝床いっぱいの花弁を舞い上がらせ、魔法陣の輝きは少女の横顔を照らした。

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