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スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「霊魂」
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「霊魂」(10)

 テラスへ続く廊下では、メネスを追ってきた呪士たちが次々に倒れていた。


 その体からこぼれ落ち、風に舞うのは砂粒に戻った呪いの首輪だ。魔王の刻印を取り除かれ、人も魔物も恐ろしい洗脳から解放された。おなじ現象は、セレファイス近くの戦場にも広がっているはずだ。


 戦いは終わった。


 だが、立ち尽くすメネスの足もとでは、不吉なことがまだ続いている。


 生首がしゃべっているではないか。それはフィアとの戦いで爆裂四散したニコラ、もとい魔王の残骸だった。ちぎれて故障した首から上の部品は、雑音のひどい機械音声でこう繰り返す。


「あなたが私の所有者ですか? 個人認証登録を行います。お名前をどうぞ」


 血のにじむ肩をおさえたまま、メネスは悲しげにニコラの生首へ答えた。


「今度こそきっぱりお断りします。勝手に召喚しておいて申し訳ありません。ぼくが所有するのはフィアひとりなんです。そのままお引き取りください」


「あなたが私の所有者ですか?」


 動くほうの腕を、メネスはまっすぐ横へのばした。ほのかに輝いたのは、掌の魔法陣だ。


 鋭い響きとともに、ニコラの声は途絶えた。突き刺さった剣の先、自動人形はこんどこそ完全に機能を停止している。召喚したセレファイスの剣の柄から手をはなすと、メネスはニコラだったものに背を向けた。


「フィア……」


 倒れたフィアのかたわらに跪くと、メネスは彼女の体を抱き起こした。見た目の損傷はこれまた酷いものだが、こんな状態からフィアはなんども生還している。今回もきっと召喚した予備部品を使って元気になるはずだ。


「よくがんばったね、フィア。こんなにぼろぼろになって。悪夢は終わった。さあ、帰ろう」


「…………」


 血の跡をひくフィアの唇は、なにごとかをつぶやいて動いている。あまりに声が弱々しかったため、メネスはもういちど聞き直した。


「フィア? 無理しなくていいんだよ? じきに救助を呼ぶからね?」


「機能停止まで残り三分……」


「え?」


「ごめんなさい、メネス。いっしょに帰れそうにないわ、あたし」


「エネルギー切れか!? なら!」


 あわてたメネスの手に、電撃がほとばしった。


 それをそっと止めたのは、フィア自身の手だ。


「ありがとう、メネス。もういいの。充電はいらない。電力をためるバッテリーふくめた大事な機能のほとんどが、さっきの戦いで壊れた。あなたの優しさをもらいたくても、もう無理なのよ」


 はかなく風にさわぐ草花を横目にしながら、フィアはささやいた。


「あたし、ほんとに嘘つき。ごめんなさい、約束をやぶってばっかりで。もうじきあたしは、この世界から消える。ほんとうに、ごめんなさい」


「そんな!」


 悲愴な顔つきで、メネスは問いつめた。


「かわりの部品があればなんとかなるんだろ!? なあ、そうなんだろう!? いますぐ召喚するから! それまで死ぬんじゃないぞ、ぜったいに!」


「そうね。メネスなら、かわりのあたしだって召喚できるはず。でもね、それは見た目はあたしかもしれないけど、ぜんぜん別のあたしなの。この体が完全に停止するとき、あたしの心と記憶はいったん全部消えてなくなる。悲しいけど、組織の情報漏えい防止のためよ」


 青空を流れる雲の切れ端が、フィアの澄んだガラス玉の瞳に反射していた。雨でもないのに、その頬に弾けるいくつかの水滴。機械にはない涙をこぼすだれかは、震える声を言葉にした。


「ぼくは、ぼくはいつも遅れる。また間に合わなかった。召喚は、遠くのものをあっという間に近くへ運んでくるのに」


「じぶんを責めないで、メネス。あなたは十分、約束を守った。あとあなたに託したいのは、この城の魔法陣をきれいに消して、二度とここに近寄らないこと。いいわね?」


「フィア、お願いだ……どこにも行かないで」


 うつむいて咽び泣くメネスの頬に、フィアの柔らかい手が触れた。


「あたしはここにしかいない。ここにいたあたしを忘れないで。メネスの思い出は、あたしひとりだけのもの。あたしひとりが持っていく……これは最後のわがまま」


 色とりどりの蝶がたゆとう視界をそっと閉じ、フィアはつぶやいた。


機能停止シャットダウンまで残り五秒……ところでメネス、あたしはとても負けず嫌いなんだけど」


 最後の力をふりしぼり、フィアはメネスの唇に口づけした。


「これで二対一……あたしの勝ちね」


 フィアから、静かに力は抜けた。


 どれだけ呼びかけて揺さぶっても、それきり目を覚まさない。その寝顔は、どこまでも安らかで穏やかに微笑んだままだった。


「ありがとう、フィア。ぼくも、きみのことを忘れない」


 メネスが振り仰いだ大空には、数えきれない花びらが舞っていた。

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