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スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「霊魂」
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「霊魂」(9)

 魔王城のテラス……


 高層階の広場に咲き誇る草花は、いったいだれが手入れしていたのだろう。晴れ渡る空にゆっくり雲は流れ、色鮮やかな花たちは寂しげな音を鳴らして風に揺れている。


 草花の庭園には、ところどころ奇妙な隙間があった。よく観察すればそれは、隙間と隙間が互いにつながり、巨大な五芒星の魔法陣を形成していることがわかる。


 魔法陣の中心に、その人影はひとり立ち尽くしていた。暗い外套と髪をそよ風になびかせ、雪を頂くアラン山を遠く眺めている。


 そのまま振り返りもせず、ニコラはうしろへ質問した。


「メネスくんはどうした?」


 答えはあった。片腕の機関銃が、ニコラに照準を定める響きとともに。


「ひとり戦ってるわ。彼がここに追いつくころには、あんたは完全に破壊されてる」


「この状況でなお生きて戻れると思うほど、お互い強い信頼関係で結ばれてるんだな。どうやらタイプF、きみもちゃんと、この世界に自分の命を見つけられたようだね」


 テラスの入口にたたずむフィアは、すでにぼろぼろだった。


 道中に立ちふさがった呪士たちは、地呪の地割れにフィアを飲み込もうとし、水呪の幻惑で進路を狂わそうとした。不可視の風呪のかまいたちと、火呪によって生じた超高熱の溶岩弾も、彼女の機体に大きな損傷をもたらしている。制服は派手に裂けて、陶磁器のような顔と体はススと埃まみれ、全身で漏電を放つのはむき出しになった金属部分だ。


 そんな壮絶な状態のフィアへ、ニコラは涼しい顔で言ってのけた。


「なかなかよくできてるだろ、この召喚の魔法陣」


「ええ、とてもきれいね」


 静寂に、ただ鋭い風の音だけが響いていた。そばで舞い踊る蝶も気にせず、指摘したのはフィアだ。


「お花畑を切り抜いて作った魔法陣……あっち側の世界じゃとても実現できるものじゃない。でも、植物たちをすこし手でどかせばどうかしら? これまでの犠牲者の血で染め抜かれた大量の呪力文字が、下の床には見えるはずよ。違う?」


「やれやれ、すべてお見通しか。あとはこの場にメネスくんが加わるだけで、開門の儀式は完成する。でもあんなに強くはねつけられると、悔しいけどちょっとは妥協しなきゃいけないかな。これは言うことを聞いてくれるまで多少、彼を拷問する必要がある」


「あんたそのものだわ、このお花畑」


 ひときわ強い風に、不凋花アマラントスの花びらが舞い上がるのが最終決戦のきっかけだった。


「狂っているものは、どこまで行ってもやっぱり狂ってる」


 花びらを散らして、フィアは地面を蹴った。


 その進行方向、フィアの頭上と足下から突き出したのは数えきれない漆黒の刃だ。まるで噛み合わされる人食い鮫の牙。この場は三百六十度、マタドールシステム・タイプ(ニコラ)の〝嵐の中を進むもの(ブラックドッグ)〟の支配下にある。


 砂鉄で形成された電磁力の長剣たちはしかし、生じる端から砕け散った。


 フィアの背筋から展開して絶え間なく火を吹くのは、対空迎撃用の強力な大型回転機関銃ガトリングガンだ。失った電磁加速砲のかわりにこれを搭載したのは、ニコラの黒剣の雨への対策に他ならない。残り電力量と残弾ふくめて、今度こそフィアはほぼフル装備の状態にある。


 フィアの両肩から放たれた大量のマイクロミサイルは、ニコラの周囲を爆炎で覆い尽くした。それだけではない。百個を超える黒剣の全方位照準マルチロックオンが、ニコラの視界内で急にばらばらな場所へ暴れ始めたではないか。


 人間でいえば、ニコラはいらだった。


電波撹乱弾チャフか。どこからこんなものを。これではたしかに、私の剣の狙いはつけられない。だがそれはきみも同じことだろう、タイプF?」


「ええ、そのとおり。でも」


 猛烈な煙をゴールテープのようにひいて、次の瞬間、フィアはニコラの背後に現れていた。電磁加速砲すら食い止める砂鉄のバリアの、さらに内側へ肉薄してのけたのだ。片腕の機関銃をニコラの後頭部に向け、フィアは告げた。


「至近距離なら、あたしが有利!」


 鋭い音がこだました。


 ああ。振り向きざまに放たれたニコラの黒い長剣が、フィアの腹部を横薙ぎに一閃したではないか。切り裂かれた装甲から擬似血液をしぶかせ、フィアは膝をついた。ニコラの掌で反転した刃は、こんどはフィアの背中から胸までを即座に貫いている。


 逆流した鮮血と漏電を吐くフィアを、ニコラはいまいましげに上から睥睨した。


「接近戦で不利、だと? この私が?」


「う……あ」


「忘れたか? マタドールシステムの能力を並列化するため、我々にはタイプ(ソード)の剣の技術も組み込まれている。もっとも、それが機能するためには、強力な刀剣を装備せよという条件つきだが」


 ニコラの磁場による固定作用を一極集中され、硬度・切れ味ともに倍増した魔剣を、さらにマタドールシステムの怪力が両手持ちにする。そのうえそこに、強電磁加速の凄まじい発射力をプラス。理論上は、あちら側の世界の戦車装甲すら断ち切ることは容易い。遠距離と範囲攻撃に特化したタイプNが、ゼロ距離という窮地に陥ってはじめて解禁する奥の手だ。


 フィアの背中から、ニコラは無慈悲に剣を引き抜いた。ひざまずいたフィアの首筋にふたたび刃を置き、狙いを定めるように上下させる。ニコラは平然とささやいた。


「ご希望とあらば、きみの残骸はメネスくんの部屋に飾ってあげよう。ではおやすみ、タイプF」


「そう、予言なんかじゃない。すべて計算どおりよ、タイプN」


 気づいたときには、もう遅い。


 ニコラの両手は、握った剣の柄ごとフィアの指にがっちり掴まれている。ニコラの動きを封じた一瞬のうちに、フィアはテラスの入口へ叫んだ。


「いまよ! メネス!」


「フィアアアぁぁッ!」


 怒号と詠唱をないまぜにした呼び声とともに、入口の闇は光に照らされた。まばゆい呪力の輝きを放つのは、メネスがまっすぐ前へかざした掌だ。


 失われたままだったフィアの片腕の付け根が、強く輝くのは同時だった。正確には、そこに事前に描かれた魔法陣が召喚に反応している。セレファイスの武器庫で召喚の位置についた最後のひとかけらは、瞬時にフィアの新たな片腕と化して転送された。


 これが昨晩メネスの提案した〝魔王の隙を突く〟こと……攻防一体の強固なバリアを越えてニコラの懐に踏み込むため、フィアは失った片腕をあえて都へ置いてきたのだ。


「小癪なまねを!」


 悪態をつくや、ニコラはフィアのもとあった片手を振り払った。旋回した刃で、その手を手首ごと斬り落とす。鮮血とともに宙に舞ったのは、銀色の腕輪だ。


 そう、それは、異世界の組織が彼女たち機械の猟犬に科した自爆装置。エイベルが破壊した魔王の腕輪とは違い、フィアのそれは今回正常に作動した。つまり、危険な赤い光とともに警告音を発したのだ。


 みずから横へ身を投げ出しながら、フィアは残念そうに瞳をふせた。


「無断で腕時計を外した場合、爆発範囲は〝人ひとり分〟……組織のルールよ」


「し、しまっ……」


 新たに召喚されたフィアの腕が変形し、現れたのは機関銃の輝きだ。


 空中を躍る時計型の小型爆弾に銃口の狙いを定め、フィアは告げた。


「ポーズをつける手足が残るかしら? マネキン?」


 轟音……立て続けに撃ち込まれた銃弾に押され、銀色の腕輪は〝嵐の中を進むもの(ブラックドッグ)〟のバリアを破ってニコラの体に触れた。憎悪と後悔と、爆発の光にゆがむその表情。


 爆風を、無数の花びらが追った。

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