「霊魂」(6)
星空の美しい夜だった。
街路樹のどこからか響くふくろうの歌声。
城壁の外では、いまなお防衛隊と魔物の群れがにらみ合いを続けている。
いまだ復旧の追いつかないセレファイスの住宅地区を、ふたり手をつないで歩く人影があった。さきの戦いでやられた足をひきずるフィアに、メネスは肩を貸している。がれきの目立つ夜道には、ふたり以外に人の姿はない。
この一大事にこうしていろと指示したのは、ほかならぬクラネス王だった。メネスの手から生じる地呪の輝きは、つないだ手をとおして絶えずフィアに電力を供給している。
もちろんふたりは、ただ仲良く散歩しているわけではない。
みおぼえのある廃墟の前で足を止めると、メネスは口をひらいた。
「ついたよ。ここがぼくの家、がもとあった場所だ」
「ありがとう」
うなずいたフィアは、片目を中心に包帯ぐるぐる巻きだった。人間むけの処置に意味があるのかどうかは、はっきりいって不明だ。修繕された制服の片袖にはなにも通っておらず、痛々しいことこのうえない。
心配げに、フィアはメネスを見つめた。
「顔色が悪いわ、メネス。もう手をはなして大丈夫よ?」
「問題ない、ぼくは元気いっぱいだ」
「ふふ、うそばっかり。ここまで休憩なしで呪力の充電を続けてるくせに。充電率、現在八十九%……あたしは十分だけど、あなたはもう限界よ。あたし個人的に作業もあるからまたあとで、ね?」
「わかった、しかたない。手はまたあとでつなごう」
折れた支柱の残骸に腰をおろすと、メネスは深く息を吐いた。あともうしばらく呪力を放出していたら、フィアの懸念のとおり知らぬ間に倒れていたに違いない。
もとメネスの家だったものに入りながら、フィアはたずねた。
「ここにあるのね? あたしの前に、あなたの召喚した部品が?」
「ああ。あそこが裏口だった場所で、あの大きな木の箱がそうだ。きみが来るまでに現れた金属物は、ぜんぶその中に溜め続けてる」
上にのった石塊を払うと、フィアは木箱のふたを開けた。メネスは肩をすくめている。
「な? さっき説明したとおり、役に立たないがらくたばっかりだろ?」
「感動したわ。このほとんどが、あたしと互換性がある」
「え?」
乱雑に箱詰めされた金属部品……だれもが下らない召喚術の結果だと決めつけていたそれは、実のところ、どれもこれもマタドールシステムの予備パーツだった。機関銃の弾倉にミサイル、交換用の駆動軸に予備の表皮装甲、その他。
「研究所の在庫数と帳簿がいつも合わないっていう報告、ただの不正やホラー話じゃなかったのね。これで魔王と戦える」
つぶやくが早いか、フィアがいきなり服を脱ぎ始めたではないか。飛び上がったのはメネスだ。
「な、なにしてるの!? ほかに人が通ったらどうするんだ!?」
「なにもできないじゃないの、裸にならなきゃ。傷ついたお肌の貼り替えに、壊れた手足の修理、なくなった目玉も交換しないと。ほんとにいい夜だわ。ね、メネス?」
ほどけて闇を舞った下着と包帯から、メネスはあわてて目をふさいだ。物陰のうしろに引っ込み、フィアの見えない位置で腰をおろす。
いっぽうのフィアは手際よく体の各所を展開・分解し、必要な整備を始めていた。間断なく響く金属音に、フィアの意地悪げな笑い声が混じる。
「ほんと恥ずかしがり屋さんね。ご主人様なら、作業の最初から最後まで確認してよ?」
「状況を考えなさい。目下、戦争中なんだぞ?」
「は~い。なら、この戦いが終わったら、ちゃんとあたしを見てくれる?」
「……終わってから、だぞ?」
壁一枚へだてたうしろのフィアへ、メネスは硬い声で問うた。
「魔王が言ったんだってね。魔王城には大勢の呪士が囚われていて、順番にその命を奪っていくつもりだと」
「ええ、すみやかに助け出さなきゃいけない。あいつはやると言ったらやる。マタドールシステムは嘘をつかないわ」
「その、魔王がきみの同類だという話は、あのとおり王ふくめて誰も信じちゃいないが……さっきのきみの説明が本当なら、魔王の目的は召喚士、つまりぼくなんだろ? 魔王のもとへ、ぼくひとりが出向けば済むことなんじゃないのか?」
しきりに工具類を動かしていた手を止め、フィアは首を振った。
「それだけは絶対にだめ。もし仮に門が開いてしまったら、あなたは確実に、あちら側の組織に実験動物として捕まる。この世界も滅ぶわ」
「呪われた攻防一体の黒砂……まだきみは、ひとりで魔王に勝つつもりでいるのか?」
「ここにある武装を総動員しても、たしかにあたしは全力とはいえない。でも〝嵐の中を進むもの〟にも弱点はある。なんとか隙をついて、懐に踏み込んでみせるわ」
「隙……よくわかった」
最後に衣擦れの音が鳴り止むと、フィアはささやいた。
「修理完了。服、着たわよ?」
振り返ったときには、フィアの唇はメネスのそれに奪われていた。
短くも長い、いつかのお返し。
「隙あり、だね」
呆然とするフィアの顔には、すこし変化があった。片方の瞳の色が、もう片方のそれと違う。本来別の機体にもちいられるものを転用したのだ。すこし頬を赤らめたまま、しかし決然とメネスは続けた。
「いっしょに戦おう。ぼくも行く。魔王城へ」
「そんな、だめよ」
「いまならきっと役に立つはずだ、ぼくの召喚と地の呪力。きみが辛く苦しい遠征にでている間、ぼくもずっと鍛えていたんだぜ?」
「そのようだけど、鍛える鍛えないの問題でもないわ。魔王……タイプNは正真正銘、殲滅戦仕様のマタドール。とうてい生身の人間じゃかなわない。お願いだから、メネスは戦いが終わるまでじっとしていて」
「隙を突くぐらいできることは、たったいま証明した。それにぼくはもう決めたんだ。きみをひとりにしないって。このままフィアをまたひとりで戦いに行かせたら、こんどこそぼくは死ぬほど後悔する」
「ほんとに死ぬよりはましよ」
必死にたしなめるフィアに対し、メネスは言い放った。
「ぼくは好きなんだ、きみのことが」
「……!」
「そのご主人様が〝ついてこい〟って言ってるんだぞ? まさか逆らうつもりかい? まあ今度ばかりはぼくも、無理矢理にでもきみに付いていくけどね」
「この、頑固者」
険しい表情を、しかしフィアは諦めがちに綻ばせた。
「でも、うれしいわ。あたしの嘘発見器も、メネスの言葉はぜんぶ真実だって言ってる」
残った片腕で、フィアはメネスを抱き寄せた。片手に相当する予備パーツは、どうやらまだ見つけていないらしい。それが無性に残念だった。強く抱き合ったまま、メネスに耳打ちしたのはフィアだ。
「約束して。危なくなったらちゃんと逃げるって」
「ああ。きみを連れてどこまでも、な。約束する」
恋人たちを眺めるのは、すきとおった月光だけだった。




