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スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第四話「霊魂」
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「霊魂」(4)

 疾走するフィアの両手から、轟然と炎がほとばしった。


 まるでそこだけ時間の流れが遅くなったかのように、次々と停止する銃弾。銃弾は魔王の眼前で、くやしげに螺旋状の回転を続けている。マタドールシステム・タイプNの専用兵器〝嵐の中を進むもの(ブラックドッグ)〟の強電磁場に操られた砂鉄が、壁となって弾丸を受け止めているのだ。


 複雑な軌道をえがいて、魔王の手はフィアを指し示した。前方に身を投げ出したフィアを追い、雨あられと地面に刺さるのは砂鉄でできた黒い剣だ。一見すると無造作な乱射ともとれるが、そうではない。駆けるフィアめがけて高速で宙を飛ぶ剣は、徐々にその狙いの精度を高めつつある。


 その場に突っ立ったまま、魔王は平板な声で忠告した。


「無駄だ。私の剣からは逃げられん」


「どうかしら!」


 叫んだフィアの機関銃は、剣を迎撃するべく跳ね上がった。


 渇いた音……弾切れだ。


 一直線に飛んだ剣に遅れて、フィアから鮮血が散った。正確には、赤く着色された即応型衝撃吸収磁性流体だ。血そっくりの液体をひいて、地面を跳ねる細い片腕。衝撃でうしろの崖に叩きつけられたフィアは、ああ。肩の付け根から片方の手を失っている。


 壁伝いに身を起こすフィアの耳に、魔王のささやきは届いた。


「さて、ここまでの戦力差を思い知れば、おまえの考えも変わったことだろう。おまえから口添えして、メネス・アタールをその気にさせてくれないかね? 召喚士本人が嫌がっていると、門を開閉する効率も断然落ちる」


「な、なんども言わせないで」


 片腕をなくしながらも、魔王を睨めつけるフィアの意思は強かった。電力不足でもつれる舌を必死に動かし、反論する。


「あたしは守る。メネスを、この世界を。マタドールシステムは恐怖なんて感じない。テロリストからの交渉にも応じない」


 動きの止まったフィアへ、剣の雨は容赦なく追い打ちをかけた。


 予備の弾倉は、もはやフィアには残されていない。かわりに勢いよく開いて黒剣を撃ち落としたのは、フィアの両肩から放たれた超小型ミサイルだ。だが発射されたのは、計十二門あるうちのたった三発だけ。これも打ち止めだった。ミサイルの爆発をすり抜けた剣の何本かが、フィアの脇腹と太ももに突き立つ。


 ひび割れた苦悶を漏らすフィアを前に、魔王はなおも提案した。


「ではこういうのはどうだ。おまえたちが魔王城と呼ぶ場所には、セレファイスの呪士を百名ばかり捕らえてある。どれもまだ生きているうえに、儀式にはもはや用済み。その全員と、召喚士を交換するのはいかがかな。百対一の交換だ。悪くなかろう?」


「しつこい! 人質もかならず救い出す!」


 怒号とともにフィアが展開したのは、こめかみの光線銃と背中の電磁加速砲だった。


 だがそれらも、一瞬だけ輝いて沈黙したではないか。完全にエネルギー切れだ。飛来した新たな黒剣が正確に電磁加速砲をちぎり飛ばし、もう一本がフィアの片目をかすめて光線銃を粉砕する。


 がくりと膝をつくと、フィアはとうとう前のめりに倒れ伏した。全身の破損箇所から漏電の火花を放ち、骨の谷に広がるのは疑似血液だ。赤黒いあとをひいてフィアがまだどこかへ這いずっているのは、方向感覚バランサーにまで狂いが生じたためらしい。


 片目は切れて閉じ、口の端からは血を流しながら、フィアが漏らすのは誤作動のうわごとだった。


「行かなくちゃ……帰らなくちゃ。約束なの。ここで機能停止するわけにはいかない」


「交渉決裂、か」


 人間でいうところの溜息をついたあと、魔王は大きく両手を広げた。かぞえきれない漆黒の渦から生えた砂鉄の剣が、そのまわりで一斉に同じ角度を向く。三十本を超える切っ先が狙いを定めるのは、魔王と逆方向にゆっくり這って逃げるフィアだ。


 あいかわらず無表情な仮面のまま、魔王は告げた。


「マネキンとしてのポーズは相談にのろう、タイプF。けっして腐らぬモニュメントとして、この死の谷にたたずみ続けたまえ……永遠に」


 魔王の合図とともに、黒い剣はいっせいに発射され……


「そう、あたしを暗闇から救ってくれるのは、いつもあなた……メネス」


 つぶやいたフィアの真下、地面から生じたのは爆発的な輝きだった。


「なんだと?」


 光に反射する仮面の奥、魔王はたしかに憎しみの感情を発した。


「召喚の魔法陣ではないか……いったいいつの間に?」


「風が吹いたの。硬派をよそおった軟派で、それでいて優秀な風が、計画どおり描いてくれたわ。戦いながら、あたしがちょっとずつここに移動してるのがわからなかった? バレるかバレないか、ひとつの賭けだったけど……ッ!」


 とっさに残った片腕をかかげていなければ、弾丸のごとく飛来した黒剣はフィアの動力源を射止めていただろう。そう、これが最後の難関だ。魔王の〝嵐の中を進むもの(ブラックドッグ)〟の掃射がフィアを破壊しきる前に、光り輝く五芒星の転送は間に合うかどうか。


「これはちょうどよい」


 そうあざ笑うと、魔王は浮遊する黒剣ごと歩き始めた。


「運のいいことに、私とおまえは同型機。その違い、はたしてセレファイスにいる召喚士から見分けられるかな?」


 骨の大地を踏みしめる魔王の足は、数秒後には魔法陣の輝きに侵入するはずだ。切羽詰まった表情で、フィアは口走った。


「しまった……ついてくるつもりね!? お願いメネス、急いで、早く」


「甘い。セレファイスの中心部に跳ぶのは私だけだ。おまえはいまここで、完全に破壊する。転送後、私の目の前には間違いなく召喚士がいることだろう。彼への説得は、周囲の障害を排除し尽くしたあと、じっくり行うことになるな」


 閃光が走ったのは、そのときだった。


 おお、魔王の黒剣の束がまとめて粉砕されたではないか。めくるめく宙返りとともに着地して、その肩にかつがれたのは信じられない重量の大剣だ。きらめき舞い散る砂鉄の破片をよそに、悲鳴混じりにその名を呼んだのはフィアだった。


「あ、アリソン!? なぜまだここに……」


 その乱入は、フィアはもとより魔王すらもが計算外だったらしい。まばたきひとつで新たな黒剣をまわりに形成しながら、魔王は呪わしげにうなった。


「そこをどけ、人間の呪士。よけいな魔法陣を描いたのもおまえだな?」


「約束は守りますよ、フィア」


 硬い声で、アリソンは言い放った。


 背後のフィアと魔法陣を守るように斜めに掲げられるのは、片手だけで保持された〝呼吸する剣(キノトグリス)〟の長刀身だ。正面から魔王と対峙しながら、アリソンは目つきも鋭く告げた。


「魔王はここで倒します。そしてひとりも欠けずに、隊を都へ送り届ける。まずはレディファースト。フィアからお先に帰還して下さい」


 呪力をまとった呼び声とともに、大剣ごとアリソンの長身を駆け巡ったのは激しい突風だ。倒れて動けないまま、フィアは必死に訴えた。


「なにしてるの!? はやく逃げて! 無茶よ! 殺されるわ!」


 アリソンの闘気に応じるように、黒い砂として殺気を立ち昇らせながら魔王は囁いた。


「よかろう、タイプF。いったん仕切り直しだ。ひと仕事終えたら、私もすぐに廃城へ戻る。このあとメネス・アタールは、みずからその身を私に委ねることになるだろう」


「なにを馬鹿なこと!」


「要求が飲まれない場合、とらえた呪士の亡骸をセレファイスへ届けよう。一定時間ごとに一人分ずつだ。これならセレファイスそのものが、召喚士を私のもとへ差し出すしかあるまい。正当防衛の手始めとして、まずはこの目障りな風剣士を抹殺する」


「逃げて! アリソ……」


 ひときわまばゆく呪力の光柱がふくらんだあと、魔法陣からフィアの姿は消えていた。


「あこがれを独りぼっちにして、夢から覚められるわけがありません……」


 転送を無事見届けたアリソンの口元に、ちょっぴり悲しげな微笑みが浮かんだのは束の間のことにすぎない。それまで魔王の進路を遮るだけだった大剣を、木枝かなにかのように軽々と回転させ、アリソンは低くつぶやいた。


「いくぞ魔王。そのどす黒い砂絵は、一片残さず風で消し飛ばす……吹き荒れろ、風よ!」


 最大加速の風の軌跡をのこして、アリソンは魔王と激突した。

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