「霊魂」(2)
その真っ黒な剣は自動的に空中を飛び、ピックマンを串刺しにしたように思えた。
凝固して鋭い剣を形成するのは、大量の砂鉄だ。強い電磁力に導かれて発射されたその速度は、常人はおろか食屍鬼の反射神経ですら避けきれない。仕組みとしては魔王の首輪とよく似ている。
「ぬおお」
背中から腹までを黒剣に貫通され、ピックマンは地面に吹き飛んだ。不吉に痙攣するその体を、配下の食屍鬼たちが慌ててそばの穴ぐらへ引きずっていく。その後の安否はわからない。残りのおびただしい食屍鬼たちも、蜘蛛の子を散らすようにナスの谷のそこかしこへ避難している。
骨の小山にたたずむ仮面の人影を、フィアはまっすぐ睨めつけた。
暗い外套に身をつつんだその周囲には、発射位置についた黒剣が何本も浮遊している。
「やっと会えたわね、魔王。いえ……正しい挨拶はこうかしら」
軽く首を振って、フィアは言い直した。
「ひさしぶりね、マタドールシステム・タイプN。その変てこなお面は、隠密用のサングラスの代わりかなにか? いままでなにしてたの? 組織やあたしに、ろくに情報共有もせず」
「任務に決まっているだろう、タイプF」
邪悪な仮面の奥、魔王ははじめて言語を発した。正確には、フィアに対しては二度目だ。
「そちらこそ、わたしの固有信号なぞ追ってきてなんのつもりだ。セレファイスでおまえが行った私への攻撃……あれによって、私からするおまえの危険度判定は〝強〟に固定されている。詳細を説明し、弁論するのはおまえが先ではないか?」
「組織の指示よ。あんたのやりたい放題が許されると思う? 組織のあんたへの指示はあくまで〝異世界側の門を探して、開け〟というふたつだけ。今回みたいに、こちら側の環境と生態系を破壊することは固く禁じられてる」
「禁止事項の解釈に対して、すこしずれがあるようだな」
骨粉の風に外套をはためかせながら、魔王は静かに口ずさんだ。
「事実上、私はこの世界の住人にただ協力を仰いだにすぎない。結果的に若干の小競り合いは生じたが、私のほうはすべて正当防衛だ」
「正当防衛、ですって……!? あんたのせいで、いったいどれだけの命が失われたかわかって言ってるの!?」
「わかっていないのはお前のほうだ。組織の指示を遂行するために、私がどれだけの労力をついやしたか。こちらの世界には、あちら側へ通じる門を開くための装置がことごとく不足している。調査の結果見つけた代替物がたまたま、大量の呪力と血液、そしていくつかの媒介物だったというだけだ。協力を了承してくれたいわゆる〝魔物〟と人間が指定場所の廃城でどれだけ争おうが、私の環境保護の範疇はとっくに超えている」
「ようは、あんたはこう考えてるわけかしら。魔王が原因で起きてる戦争はぜんぶ自然現象だ、と」
「そういうことだ。ようやく見解が一致したな」
「いますぐ自爆しなさい、タイプN。と言いたいとこだけど、自爆装置は壊れてしまったみたいね。剣で叩いたときに爆発もさせず、やるじゃない、エイベルくん」
じぶんの手首にはまった銀色の腕時計……通信、発信、盗聴、自爆、その他あらゆる機能をそなえた装置にフィアは目を落とした。以前は魔王の手首にもあったそれこそが、セレファイスとフィアを関連付けてメネスの召喚につながったのだ。
悲しげに顔をくもらせ、フィアは視線をあげた。
「組織からの指示が届かないばっかりに、あんたは狂ってしまった。ということは、あたしだってこの世界に来る順番を間違えれば、こうなってたわけね。ならやっぱり、いまのあたしの最優先の任務は、あんたを止めること」
瞬時に展開した全身の銃口を、フィアは一気に魔王へ照準した。魔王のまわりになおも浮かぶ砂鉄の剣を用心深く観察しながら、言い放つ。
「おとなしく投降しなさい、タイプN。まずはその対多数攻防兵器〝嵐の中を進むもの〟を停止して」
魔王の返答はおぞましいものだった。
「さきの廃城での戦いで、生贄の血は正しく召喚の魔法陣をえがいた。協力的な呪士たちによる呪力の充填も完了」
「〝嵐の中を進むもの〟の拘束力でむりやり操ることが、あんたにとっての協力なのね?」
「タイプF。うまく作戦をたてて魔物どもを封じたつもりだろうが、すべて私の計算内だ」
「なんですって?」
「おまえが私の固有信号を追ってくることは容易く想像がついた。だから私は、わざと各地を動き回っておまえを誘導したのだ。こんな雑多な下等動物の手など借りずとも、私には十分な殲滅能力がある。ゆいいつ問題点として残ったのは、廃城に呪力が満ちるまでの時間と、おまえの突破力だ。あのまま廃城で儀式の完成を待っていたら、じきにおまえはフル装備の状態で私のまえに現れたことだろう」
人間にたとえれば、フィアは冷や汗を浮かべた。
「なんてこと……まんまと一杯食わされたってわけね。さんざんあたしの弾薬と電力を消耗させたあげく、儀式の時間まで稼いでいたなんて」
「まだ聞いていなかったな。おまえが組織から受けた指示はなんだ?」
「あんたと同じで、ふたつよ。この世界の保護と、あんたが暴走してた場合の身柄確保あるいは破壊。どうやらこのふたつの指示、実現するしかなさそうね」
「兄妹機の手を煩わせるまでもない。みずからあちら側の世界の組織へ戻ろう」
「強制的に門をこじ開けて、ってことよね? 兄妹って意味にはじめて吐き気を感じたわ」
「じつは門を開くためには、まだ重要な要素が欠けている。なんとしても組織に戻るという共通目的もあるようだし、よければ手伝ってくれないかね?」
いぶかしげにフィアは目を細めた。
「どういうこと?」
「日本の赤務市ではかろうじて科学技術によって補っていたが、召喚能力への覚醒者はこの世界にも不足している。調査によれば現在五人ていどは存在して、徐々に増える傾向にはあるようだが。うちひとりは、すでに目星をつけてある。おまえからも彼に協力をうながしてほしいのだ」
「召喚? 彼? ……まさか!」
「そう、そのまさかだ。我々マタドールシステムをふくむ金属兵器の転移に特化した、例外的な召喚士がセレファイスにいる。彼こそが、門を開く最後の鍵というわけだ」
どこか遠くのほうで、なつかしい誰かがくしゃみをするのをフィアは聞いた気がした。
顔をひきつらせながら、強く切り捨てたのはフィアだ。
「それだけはさせない。彼は、メネスは、あたしの個人認証登録の相手よ。じぶんを召喚したご主人様を命をかけて守るように、あたしにはプログラムされてる」
「個人認証か。うらやましい限りだ。そのおかしな発話解析・認識インターフェースも彼にあわせたものだな。おまえよりだいぶ前にこの世界を訪れたが、私はいまだ登録の相手に出会えない。この性格も、通りすがりの旅人が選んだ特徴のない無難なもの」
さびしげに俯いたかと思いきや、魔王はくつくつと含み笑いした。やはりどこか、なにかこの男の機能は狂っている。
「門は赤務市の中央部に開く。あちら側の軍隊とこちら側の危険な魔物、お互いの世界になだれ込むのはどちらが先だと思う? いずれにせよ、どちらも無事では済まんな。すべては組織の指示であり、自然のなりゆきだから仕方はないが」
まっすぐ上を向いたフィアの拳から、鋭い発射音が地底の空へ尾をひいた。
照明弾……ナスの谷入口に待機する伝令、アリソンへの合図だ。谷から洞窟、洞窟からングラネク山の崖へと、ここから次々に呪力による情報伝達が行われる。
地下世界の闇に煌々とかがやく照明弾の内容は〝魔王との交戦開始〟
体じゅうの火器を構え直し、フィアは告げた。
「破壊するわ、タイプN」
「できるかな? その残り電力と残弾で?」
そう。長い戦いと旅が影響して、フィアの体力はすでにぎりぎりの状態だった。膨大な異世界の言語が流れるフィアの視界では、あちら側でいう〝乾電池〟のマークが赤く点滅し、〝残り六%〟なる事実を訴えている。
フィアは言い返した。
「あたしの計算では、あんただって残り電力はわずかのはずよ」
「そうかな? 私のほうの電力量は残り九十八%と表示されているが?」
「そんな、うそでしょ……」
だが事実、多くの電力を消費する〝嵐の中を進むもの〟の黒剣を魔王はやすやすと維持し続けている。フィアとくれば、すでに節電モードに差しかかって体が重くなっているというのに……
「まさか、ここから魔王城へ突然戻ったのは、それが目当てだったの?」
「そんなところだ。予想外に早く魔物の関門を突破していくおまえを感じて、やや身の危険をおぼえたものでな。確実に優位に立つため、計画は修正させてもらった」
魔王の周囲に続々と組み上がってゆくのは、強磁場に固められた砂鉄の剣だ。おびただしい数の黒い切っ先は、すべてフィアを狙っている。
かすかに仮面の顔をかしげ、魔王はたずねた。
「いつか投げかけた質問に、回答はでた。私とは違い、おまえは自分の命を見つけられなかったようだな。この世界に電源はないぞ、タイプF」
対峙する人型機動兵器ふたりが、呪いの合言葉をつむぐのは同時だった。
「タイプF、基準演算機構を擬人形式から狩人形式へ変更……戦闘開始」
「タイプN、基準演算機構を擬人形式から砂人形式へ変更……殲滅開始」
戦いの火蓋を切って落としたのは、遠く高くで弾けた不凋花の輝きだった。




