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スウィートカース(Ⅰ):人型機兵・フィアの異世界召喚  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「内臓」
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「内臓」(2)

 女性向けの総合服飾店〝シャリエール〟は商業地区の一角にある。


「身長は?」


「そうですね、ぼくとあまり変わりません」


「あらそう。お相手は高いヒールは履けないわね。スリーサイズはどんな具合?」


「え? なんのサイズですって?」


「はい。ここと、ここと、ここの大きさよ」


 意思のない人形のように、メネスは凍った。


 販売テーブルの上には、十代向けの上着から下着まで一式が並べられている。メネスの予算の限界にあわせ、店主のサンディがセンスの限りを尽くして選んだ組み合わせだ。


 気の毒げな顔つきで、サンディは話を進めた。


「よくわかったわ。清らかでよろしいこと。だいたいの背格好はわかったし、とりあえず無難なゆったりめサイズにしときましょう。こんどはちゃんと本人も連れてくるのよ?」


「わかりました……きっと彼女も喜びます!」


 紙製のこじゃれた買い物袋を手に、メネスは王城の前にたどり着いた。


 七十の歓喜の宮殿……セレファイスを光の都たらしめる広大な水晶の城だ。香料かぐわしい燦然たるここにおいて、偉大なるクラネス王は日々政務を執り行っている。


 城の跳ね橋が見えたあたりから、門兵たちのおかしな視線は感じていた。


 メネスの進路をさえぎったのは、屈強な門兵のかざした槍斧ハルバードの輝きだ。


「メネス・アタール。召喚士をかたる呪士まがいが何用か?」


「フィアに会いに来ました。彼女はいま、どうしてます?」


 お互い顔を見合わせた門兵たちの間に、一瞬生まれた困惑の雰囲気はなんだったのだろう。ひとつ咳払いをして、門兵のひとりは答えた。


「目下、拘留中だ。尋問は、クラネス王じきじきに行われている。貴様などの面会はとうてい許されん」


「王じきじきに、ですって? まさか、尋問が行き過ぎて拷問になってないでしょうね?」


「拷問かどうかは、囚人の態度と捉え方しだいだ」


 いっこうに要領をえない門兵の回答に、業を煮やしたのはメネスだ。


「なぜ、フィアがそんな目に遭わなければならないんです? 彼女はセレファイス防衛の英雄なんですよ。そして、そのフィアを召喚したのはこのぼくだ。ぼくにはフィアに会う権利と義務があるはずです。会わせて下さい」


「すべての判断は王が行う。帰って知らせを待て」


 不凋花をのせた風が、寂しげにメネスを吹き過ぎていった。


 暗い表情のまま、メネスが門兵にかかげたのはシャリエールの買い物袋だ。手渡されたその中身をちらりと見て、門兵は首をかしげた。


「なんだこれは?」


「着るもの一式です。フィアに渡して下さい。いまもまだ、戦いで傷んだあの服のままなんでしょう?」


「ふん、ばかばかしい」


 思いきり振りかぶった買い物袋を、門兵はメネスのうしろへ投げた。うつむいたメネスの前で、槍斧をただして言い放つ。


「去れ、下郎。さきの王を愚弄する発言は、聞かなかったことにしてやる……お!?」


 驚愕に、門兵は目を見開いた。


 宙を舞った買い物袋を、何者かが空中で掴み取っているではないか。買い物袋から視線を上げ、その人影は門兵を睨みながら問うた。


「おい、なにしてる?」


 聞き覚えのある声に、メネスは振り向いた。


「え、エイベル!?」


「エイベル殿……!」


 エイベルは全身包帯だらけで、片腕も添え木と三角巾で吊っているありさまだ。絆創膏に覆われたその横顔を見て、メネスは顔をくもらせた。


「退院が早すぎやしないか、エイベル。もう動いて大丈夫なの?」


「心配すんな、メネス。騎士が乗るのはベッドじゃねえ。戦馬か、いい女だけだ」


 いまでこそ満身創痍の姿だが、エイベルが英雄扱いなのはセレファイスの共通認識だ。


 あの地獄のような廃城への遠征で魔王に肉薄し、あまつさえ一太刀浴びせたうえで都に生きて戻った。数少ない討伐隊の生き残りもエイベルの剣技を口々に賞賛し、彼のおかげで生還できたと証言する者も多い。都に戻ってからの短剣のみでの大立ち回りも、メネスふくめた複数の民の目が知るところだ。


 そんな凄腕の戦士が目の前にいる。


 たじろぐ門兵ふたりへ、エイベルは鋭く目配せした。


「おい、おまえら。なんで彼女のことを隠す?」


「それがその、王に厳重に口止めされておりまして」


「クラネス王ならちょっと前、お忍びで見舞いにきてくれたよ。そのとき俺も指示を受けた。歩けるようになったら城に来て情報をよこせ、ってな……魔王の情報だ。約束どおり最速で体を治して来たぜ」


「!」


 素早く左右へ退いて、門兵たちは道をあけた。


「どうぞ、お通り下さい……」


「ふたり通るぜ」


「なりません。お通しするのはエイベル殿だけです」


 縮こまるメネスの肩に手をおき、エイベルは告げた。


「この召喚士は俺の大事な相棒だ。彼女を呼んで、都を救った英雄でもある」


「しかし……」


 エイベルはただ、槍斧の下部を爪先で蹴っただけだった。


 門兵の手を軸に魔法のように跳ね上がった武器は、気づいたときにはその切っ先を持ち主の顔へ向けている。冷たく輝く先端は門兵の顔を狙い、柄を握ったエイベルの片手はいつでも槍斧を押し込める体勢だ。柄の中央部だけは保持したまま、門兵はしかし反転した武器に妙な力が加わって手放せない。そのまま、エイベルは低く囁いた。


「俺が素手に見えたか?」


 エイベルの殺気は本物だった。


 気づけば、メネスはエイベルとともに跳ね橋の向こう側へ迎え入れられている。


 エイベルは、メネスにいたずらっぽく片目を閉じてみせた。


「看護婦さんには内緒な? 怒ると怖いんだ……痛てて」


「やっぱり勝てないよ、きみには……」


 緊張は解け、メネスは心底疲れた苦笑をこぼした。

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