序章 壁
この世には『壁』というものがある。一般的には家を囲う、または部屋の間を隔てるものとして定義されており、その定義通り、壁のない家など存在しないだろう。事実、僕の周りでは――あくまで家を持っている者に限るが――壁のない家を持つ者などいないと断言してもいい。
しかし、壁はあらゆるものの間に存在する。壁が隔てるものは空間だけではない。人間関係、思想、身分……などなど。特に人間と人間の間には何も無いように見えて、超えることが非常に難しい壁が存在する。一人一人に理性と本能が存在するからだ。もし、それを超えることができたのなら、その者たちは時に親友となり、時に伴侶として、一生という時間を結ばれることになる。僕の周りにも昔、そのような女性が傍らにいた男がいた。しかし、その女性と男は両者の家の関係という『壁』に阻まれ、ついにはその壁を超えることができなかった。
さて、実は物語と僕たちの間にも壁があることをご存じだろうか。『第四の壁』と呼ばれるものだ。劇場において、舞台と観客席の間の空間のことをこう呼ぶが、大雑把に言ってしまえば、幻想と現実の間のことだ。物語の登場人物が現実に来ることもできないし、現実から物語の中に入ることもできない。しかし、これらは不可能でもこの『第四の壁』を超えることができる。そう言った作品をメタフィクションと呼ぶ。カメラのレンズに水滴を付けたり、登場人物が劇や小説を見る人に問いかけたりして、この『第四の壁』を超えるのだ。
だが、もしも、この『第四の壁』を物理的に超えることが可能になるならば。映画や劇、小説の登場人物が現実に来てしまったらどうなるのだろうか?
今回は、『第四の壁』を超えてきたある者たちと、僕の話をしようと思う。先程できないと断言したばかりではあるが、実際に起きたことなので、お恥ずかしながら、それは撤回させてもらおう。