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第53話 穏やかな朝かと思ったがそうじゃなかった

 瑠璃と配信を行った翌日の日曜日


 俺は久々に、自然に起きることができた。

 最近はコト姉とユズに起こされることが多かったから、何だかとても違和感を感じてしまう。

 いや、これが正しいんだ。俺はこの日常が今後も続くことを強く願う。

 そして俺は体を起こし、ベッドから出ると何やら甘い匂いが鼻を刺激する。


「これは⋯⋯クッキー? いやスポンジケーキか?」


 朝からコト姉がお菓子作りに励んでいるのだろうか?

 俺は匂いにつられて一階へと降りると⋯⋯可愛らしいピンクのエプロンを着けたユズがキッチンで何やら作業をしていた。


「おはよう~」

「兄さんおはようございます」


 ユズは返事はするがこちらに顔を向けず、オーブンをジーっと見ていた。

 なるほど⋯⋯そろそろ焼き上がるということか。ユズはオーブンの中身がちゃんと出来ているか気が気じゃないのかな?


 そして電子音が鳴るとユズは急ぎオーブンを開ける。


「あつっ!」


 ユズはオーブンの中身を早く出そうとしたためか右手が熱気にやられ、声を上げてしまう。


「ちゃんと焼けたかな?」


 ユズはオーブンの中身が余程気になるのか熱さなど気にせず、再びオーブンへと手を伸ばす。


 やれやれ。

 俺はキッチンへと向かい後ろからユズの右腕を掴む。


「に、兄さん⋯⋯ど、どうしたんですか?」


 ユズは突然のことに戸惑い、声が震え、狼狽えている様子が俺にもわかる。

 しかし俺は有無も言わさず腕を引っ張り、ユズの身体を思うがままにし、そして⋯⋯。


 ユズの右手を冷たい水につける。


「いつっ!」


 やはり軽い火傷を負っていたのか。白い右手が水につかるとユズは顔をしかめる。


「別にオーブンの中身は逃げやしない。それより先に治療する方が先だろ?」

「そ、そうですね。すみません」

「謝らなくていい」

「はい⋯⋯」


 そしてキッチンには水道の流れる音だけが響きわたる。


 ユズの火傷が心配で勢いで動いてしまったがこの体勢やばくないか?

 傍からみればまるで俺が後ろからユズを抱きしめているように見えるぞ。確かにユズを後ろから抱きしめているが、これはあくまで火傷の治療をするためで横島な気持ちでやっているわけではない。

 それにしても⋯⋯ユズも高校生になって大きくなったと思ったが⋯⋯まだ小さいな。何故なら俺の腕の中にすっぽりと入っているからだ。いや、ユズも大きくなったが俺も大きくなったんだ。

 それと後ろから抱きしめた状態でユズの手を水道で冷やしているから、肘がユズの胸に当たっている!


「大きくなったな」


 俺は思ったことを口に出してしまう。


「それは⋯⋯もう高校生ですから」


 たぶんユズは身体のことを言っているのだろう。俺とは話が噛み合っていないが胸のことなど死んでも口にすることは出来ないので、ユズの話しに乗る。


「そうだな。ユズはもう大人だな」

「そうです⋯⋯私はもう子供じゃありません。だから⋯⋯」


 ここで言葉が途切れる。ユズは何を言うつもりなのだろうか? だがこの後ユズから続きの言葉を聞くことは出来なかった。なぜなら⋯⋯。


「あら? 2人とも抱き合っちゃって仲が良いわね」


 突如背後から母さんの声が聞こえ、俺は縮地を使って(使った気でいるだけ)ユズから離れる。


「ユ、ユズ! 火傷はどうだ! 大丈夫か?」

「は、はい! 兄さんが水道で冷やしてくれたからもう大丈夫です!」


 俺は母さんに、けしてやましいことはしていないというアピールのため、大きな声で状況を説明する。


「あら? 柚葉ちゃん大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

「そう⋯⋯それにしても美味しそうな匂いね。上手くケーキが焼き上がったんじゃない?」

「そうだといいけど」

「お母さんちょっと出かけるからお昼は2人で食べてねえ」

「コト姉は?」

「琴音ちゃんは新入生歓迎会のことで生徒会が忙しいみたい」


 大変だなコト姉も。休みの日まで働かなきゃいけないなんて。何か手伝えることがあったら手伝うか。


「親父は?」

「お父さんは昨日の夜から仕事。何もなければ午前中には帰ってくるって言ってたわ。それじゃあお母さん出かけるから。じゃあね~」


 母さんは矢継ぎ早に喋るとそのまま家の外へ行ってしまった。


 ふう⋯⋯母さんも心臓に悪いことをするぜ。これが親父だった発狂して俺に襲いかかってくる所だ。

 そして俺達は再びこの部屋に⋯⋯というか家に二人っきりとなる。

 き、気まずい。なぜ俺はユズの火傷を水道で冷やす時、後ろから抱きしめるようなことをしてしまったのか。だけどあの時はユズのことがただ心配で⋯⋯。

 とにかくこの空気を何とかしたい。俺は甘い匂いが鼻をくすぐったこともあり、オーブンの中身についてユズに聞いてみる。


「ケーキでも焼いていたのか?」

「は、はい! 新入生歓迎会のために練習を⋯⋯」


 普段の俺とユズの空気ではなくどこかぎごちない感じがするが、無言の方が気まずいので俺はこのまま話を続ける。


「旨そうだな」

「それでしたら完成したら試食して下さい。元々兄さんのために作りましたから」


 俺のため? 何だかいつもより嬉しく感じるのは気のせいなのか?


「あ、ああ。それじゃあ出来上がる頃に呼んでくれ」

「わかりました」


 そしてユズは再びケーキ作りをするため、オーブンへと向かう。


 ふう⋯⋯とりあえず普通に会話するくらいは出来るようになったかな。

 それにしても休みの日までケーキ作りの練習をするなんて⋯⋯天城家の姉妹は勤勉だなあ。何だか10時までグータラ寝ていた自分が申し訳なく思えてきた。


「そういえば新入生歓迎会には何のケーキを出すんだ?」

「シフォンケーキ、カップケーキ、パンケーキで当日焼いて、なるべく出来立てを出すつもりです」

「それって大丈夫か? カップケーキはともかくシフォンケーキとパンケーキを上手く作るのは少し難しいぞ。もっと前日から作れるチーズケーキとかスポンジケーキ系の物を用意しておくのもありだと思うが」

「大丈夫です。私は練習中ですが一応クラスで5人作ることの出来る子がいるので。一応お店のコンセプトが出来立てのケーキですから」

「うちのクラスなんて基本朝作って終わりだからな。ユズ達のクラスはやる気が違うな」

「兄さん達は私達新入生を歓迎する気があるんですか?」

「も、もちろんあるさ」


 これはけしてDクラスのメイド喫茶に行くために楽なやつにしたなど口が裂けても言えないな。


 そして30分程時間が経つとテーブルにはホイップクリームがかけられたシフォンケーキが置かれる。

 外からの見た目はいいが⋯⋯。

 俺はシフォンケーキにフォークを入れると中には空洞が見られた。


「うぅ⋯⋯失敗してしまいました」

「メレンゲを混ぜてる時に空気が入ったか、型に流し込む時に入ったか。もしくは焼き方が悪かったのかもしれないな」

「そうかもしれません」

「後、出来れば1度学園のオーブンで焼いてみた方がいい。オーブンの使用年数とかによって焼き上がりが変わるかもしれないからな」

「わかりました⋯⋯」


 ユズは上手く出来なかったことが悔しかったのか肩を落としている。


「だけど味は良い。後は今言った所を注意して焼けばもっと良いものが出来るさ」

「兄さん⋯⋯次こそはもっと良いものを焼いてみせます。また少し時間を下さい」


 えっ? 少し時間をってことはこれからまた焼くの? だけど甘い物をそんなに食べれないぞ。


「もちろん兄さんは付き合ってくれますよね?」


 俺はユズから「はい」か「イエス」しか許さない問いに対して、もちろん「はい」と言うしかなかった。

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