第09話:彼らはなにを見たのか
湊への聞き込みを終えた田井中達は、次に、無人である別荘一軒を跨いだ、その先の別荘へと向かった。
なぜか、道が微妙に下りの傾斜になっていたために、途中で躓きそうになったがなんとか堪え、彼らは目的の別荘に辿り着く。
インターホンを押すと、一人の男がドアを開けた。
四十代くらいに見える、丸眼鏡をかけた……伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと同じく細目な男。利用者の記録によれば真下護という男だ。
(ん?)
すると、その時だった。
田井中は真下に対し既視感を覚えた。
だがそのワケは、現時点ではまったく分からなかった。
さらに言えば、今は聞き取り調査の最中である。相手に不信感を抱かせるワケにはいかないため、既視感については保留にし、ポーカーフェイスを保つ事にした。
「ああ、回覧板の件ですね」
一方で真下は、田井中達を見るや、先ほどの湊とは違ってすぐに相好を崩して、事情を察してくれた。そして別荘の中へと顔を向け「明日子ちゃん、探偵さん達が来たよ。キミも今日見た事を教えてあげなさい」と、柔らかい口調で呼びかける。
すると別荘の奥の方から、赤茶色いセミロングの髪を生やした、小学生くらいの女の子が、おそるおそる歩いてきた。
真下明日子。
利用者の記録に書かれていた続柄によれば、真下の娘である少女だ。
「僕達は今日、九時までこの別荘にいて……それから三時くらいまで川の方で一緒に遊んでました。近くで……大学生かな? とにかく、六人くらいの男女が遊んでいたので、彼らに訊けば、川遊びに関しては証言してくれると思います」
「は、はい……間違いない、です」
明日子は時折、チラチラと父へ視線を向けながら、その証言を肯定した。
田井中達は、彼女のその行動に違和感を覚えた。
まるで父親に怯えているようだ、と誰もが感じる行動なのだから当然だ。
――まさかこの温厚そうな真下護に、そういう一面があるのか?
河濤村の大麻栽培疑惑に次ぐ怪盗以前の事件のニオイを感じ、田井中は思わず眉間に皺を寄せかけた。しかし、子供がいる前で、さらに緊迫した空気にするワケにはいかないだろうとすぐに思い直し、なんとか相好を崩す。
「そうですか。では、不審な人影を見たりは?」
「不審者、ですか……う~ん……見てはいないですねぇ」
真下は腕を組み、必死に思い出そうとしていたが、どうやら不審者は見ていないようだ。
「わ、私……見た」
だが、明日子は目撃していたらしい。
その事実を知り、真下は目を見開き思わず「な、なんだって!?」と叫んだ。
「い、いったいどこでだい明日子ちゃん!?」
「…………川遊びの時……茂みの方に、お姉ちゃん達を見てた人がいた」
その証言を聞くなり、田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、同時に複雑な顔をした。
「た、田井中さん。これって……」
「……こうも立て続けに、怪盗以前の事件に関する証言が出るとはな」
怪盗騒ぎだけでも大変なのである。
にも拘わらず……さすがは肘川市と言ったところか。
警察や探偵などの、治安維持のために存在する組織に……なかなか暇を与えてはくれない事件発生率である。
「分かりました」
しかしこの場にいる法の番人は二人のみ。
多くの事件が重なろうとも、できる事は限られている。
なので田井中は、とりあえず真下親子に「また何かあったら、お願いします」と彼なりの営業スマイルをしながら言って、すぐにその場を去る事にした。
同時に複数の事件を解決する事はできない。
ならばせめて、すぐに怪盗を捕まえ……次の事件を未然に防ごうと。
※
真下家が借りている別荘の南側の三軒の別荘、そして一番西側にある別荘は無人であったため、真中家の別荘の、南隣の無人の別荘から見て南東の方角にある別荘へと、田井中達は向かった。
真下家に行く途中で通過した傾斜……今度は上りになるが、とにかくそれのせいで、少々疲れはしたものの、なんとか次の別荘へと到着した。
※
そんな彼らを、遠く離れた茂みの中から見ている存在がいた。
「…………何だアイツら?」
双眼鏡を目に当てながら、その存在は疑問に思っていた。
――自分が追われる理由は……一応、ある。
――だが、自分を追っているのだとしたら、全ての家に聞き込みに行くとは思えない。なら二人は何を追っているのか。
「…………まさか、本当に何か事件でも起きたかぁ?」
その存在の中で、疑問は尽きない。
しかしその存在にできる事は、帰るか、このまま観察を続けるかのどちらかしかなかったため……面白そうだという理由だけで、今は、田井中達を観察しようと、その存在は心に決めた。
あー。早く事件を起こしたい(ォィ