第08話:言い伝えはほんとうなのか
「いわゆる『なりまっしょい系』に近い、テンプレート通りの言い伝えでしたね」
戸泉家を離れるなり、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、顎に手を当てながら言った。
「この世界にはそのような話がいくらでもありますから、もしかするとそういう話がいろいろと変化して、この村にも伝わったのかもしれません」
なりまっしょい系とは、この世界において生まれたネットスラングである。
力を持ったよそ者が、その力を用いて特定の地域の問題を楽に解決し、さらにはそんなよそ者の力に惹かれて自然と集まった、複数の異性をよそ者が侍らせる……俗に言う、チーレム系の英雄譚が、この世界固有の小説投稿サイト『小説家になりまっしょい』に特に多い事から生まれた用語だという。
そしてよそ者がなんらかの問題を解決する系統の言い伝えについてだが、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの言った通り、この世界には事実として、似たような言い伝えがいくつも存在する。
例を挙げればキリがないが、今回の言い伝え――よそ者が問題を解決し美人の娘に好かれるという筋書きの物語についてだけ言えば、日本における海神スサノオノミコトの八岐大蛇退治や、英国における聖ゲオルギウスの悪竜退治がそれに近い。
そしてついでとばかりに、誤解なきよう一応言っておくが、例に挙げた二つの話のどちらも、英雄に悪感情を抱き、その結果悪い事が起こる……そんな因果応報な結末ではない。世界中をくまなく探せば、もしかするとそんなバッドエンドな言い伝えも見つかるかもしれないが……それについては本作とは一切関係がないので、今回だけは割愛する。
「まぁでも、今は伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスですね。いったい誰に化けて……田井中さん?」
そして改めて、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは本題へと話を戻そうと思った……のだが、肝心の話し相手である田井中が、なにやら物憂げな表情で考え込んでいたために、彼は気になって彼の名を呼んだ。
「…………ん? なんだ?」
田井中はすぐに反応してくれた。
「どうかしましたか? 何か気になる事でも?」
「…………ああ、そうだな」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの質問に、彼は眉間に皺を寄せつつ答える。
「ここが肘川だって事を踏まえると、俺にはその伝説が本当かどうかは分からんが……少なくとも、この村には伝説の宇宙怪盗が逃げ込んだ以前に、なんらかの秘密がありそうだっていうのはよぉく分かった」
「…………え?」
その返答は、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの想定の斜め上のモノだった。てっきり宇宙怪盗の話になると思っていた彼はつい、間の抜けた声を上げてしまう。
「い、いったい何を……?」
「……オジサンは知ってるか?」
困惑する伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに対し、田井中は河濤村を囲う森へと視線を向けつつ……こう告げた。
「これは警察や、梅ちゃんやアカネちゃんのような学者が主に知っている情報なんだが――」
※
別荘地へと移動してすぐ、田井中達は聞き込みを開始した。
最初に訪れたのは、村長の家へと向かう時も渡った上流の吊り橋から、一番近い別荘だ。インターホンを押すと、中から一人の男が現れた。
爽やか系のイケメン、とでも言えばいいのだろうか。
日曜の朝に放送される、基本的に一年間は続く特撮ドラマの主要登場人物として起用されそうな、整った顔立ちの男……一応調べた、永登村長の幼馴染こと鈴宮の家にあった別荘の利用者の記録によれば、確か、湊誠人という名の成年だ。
湊がドアを開けると、少しだけ時間を置き、田井中は改めて事情を説明した。
鈴宮が回覧板を回して、事前に連絡をしてあるとは思うが……念のためにだ。
「もしかしてだけどアンタ達……ボクの事を疑っているのカナ?」
すると湊は、途端に眉間に皺を寄せ……疑惑の視線を田井中達へと向けた。
どうやら、田井中達の聞き込みの意図に気づいたようだ。湊は、勘がよほど鋭いらしい。
「…………そう警戒しなさんな」
田井中は肩を竦め、その視線を軽く流しながら言った。
「お前さんだけじゃない。俺達は敷地内の人間全員を疑っている。探偵や警察っていうのは、とにかく足を使って捜査して、行く先々で出会う人達を、まずは疑うのが仕事だからな」
確かに人として、誰かを信じる事は大事かもしれない。
そして、まずは依頼人を信じきる……そんな探偵も中にはいるだろう。
だが人は、時に自分や、大事なモノを守るために嘘をつく。そしてそれは依頼人であろうとも決して例外ではない。
しかもここは、日本国の千葉県肘川市。
人と人との間で生まれるトラブルから星間規模のトラブルまで、様々なトラブルが日々舞い込む、世界の特異点とも呼ぶべき場所だ。そしてそんな地域で発生するトラブルの震源たる人達が、誠実な性格であるケースは……まだまだ少ない。
なので田井中は、基本的に警察と同じく、容疑者は、仮に依頼人であろうとも、まずは平等に疑う事にしているのである。
「……フン、どうだカナ」
しかし湊は、納得していないようだった。
「まぁでも、話すまで帰らないだろうし……しょうがないから話してやるよ」
しかし何を思ったのか、彼は腕時計とにらめっこをしながら……おそらく時間にうるさいのだろう。とにかく嫌そうな顔で話し出した。
「その窃盗犯かどうかは分からないけど……別荘地を散歩している時に、川の方でうろついている変な男を見かけたよ。これで満足カナ?」
「その男を見た時間帯は?」
重要な事を訊いていない田井中が、さらに質問する。
「…………九時から十一時くらい。それと二時から四時くらいカナ? というか、もういいカナ? 時間がもったいないんだけど」
「ああ、もう充分だ。情報提供ありがとよ」
いい加減イラついてきた湊に、田井中は一応、彼なりの営業スマイルを向けた。しかし湊はそんな田井中をお気に召さなかったのだろう。「チッ」と舌打ちをし、さらには乱暴にドアを閉めた。
「神経質なヤツだな」
だが田井中は、そんな言葉とは裏腹に……湊に対し怒りを覚えてはいなかった。それどころか顎に手を当て「おかげで宇宙怪盗の化けた相手の第一候補。違うなら違うで無実の証明として別荘の中を見せてもらいたいが……難しそうだな」などと湊が伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスであった場合、それをどう暴けばいいのかを考え込んでいた。
一方で、聞き込みの際に何も喋らなかった伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、そんな田井中を、その細目をうっすらと開けながら見ていた。
その脳裏で……田井中が湊へと聞き込みをする前に告げた〝一つの事実〟を。
『これは警察や、梅ちゃんやアカネちゃんのような学者が主に知っている情報なんだが……大麻には、ガンジャ、という別名があるらしい』
河濤村が、大麻栽培に関わっている可能性の事を思いながら。
さて、次はどんなクセのある人物を出すべきか(ぇ