第07話:村にはいかなる伝説があるのか
探偵vs怪盗な話で終わる気はありません。
むかしむかし。
時代が江戸へと移り、しばらくした頃の話だ。
当時の河濤村を囲う森には……肘川にいくつか存在する森の一つを統べるヌシの一柱が在った。
言い伝えによればそのヌシは、まるで子供の如く気まぐれだったという。
どれだけ気まぐれなのかと言えば、たとえそれが村の人間ではなく森を抜けようとするだけの旅人であろうとも、己の統べる森の中で粗相をしただけで殺すような……暴君とでも言うべきヌシだったらしい。
ちなみに殺すと言っても、呪いをかけたりするのではない。
己の身より常に放たれている瘴気の量を、一時的に増やし、浴びせる事で、相手をジワジワと、死へと向かう恐怖を味わわせながら殺すという……えげつない方法だった。
村人の中には、ヌシを畏れ村から逃げ出す者も当然おった。
しかしその逃げ出した村人は、ひと月と経たずに……一人の例外もなく無残な死を迎えたそうだ。
――ああ、ヌシからは逃れられないのだ。
そして、風の噂で逃げ出した村人の死を知り、残った村人達は、森のヌシへと、さらなる恐怖を覚え、いついかなる理由で殺されるか分からない恐怖の中、殺されないよう村に住み続けるという……飼い殺しとも言える生活を選択したそうだ。
そんなある日の事。
村に一人の青年が現れた。
ジャガンジャ、と名乗る青年だ。
彼は江戸へと向かう旅の途中の旅人だった。
しかし途中で大雨に遭い、雨宿りをしようとして河濤村を見つけ……立ち寄ったそうな。
しかし雨宿りをしようにも、青年はあまり路銀を持っていないようだった。
青年が言うには、江戸まで使う路銀の量を見誤っていたらしいが、本当のところは、誰にも分からなかった。
とにかく青年は、何か一つ願い事を叶える代わりに、自分を、雨がやむまで村に滞在させてほしい……そんな取引を村人達に持ちかけた。
すると村人達は、一斉に森のヌシをどうにかしてほしい……と青年にお願いし、そして青年は……その願いを絶対に叶えると約束し、村で無事に雨宿りをする事になりました。
そして、雨が上がった日の朝。
ついに青年は、村人達の願いを叶えるべく……ヌシがいるという、森の奥深くへと赴きました。
すると、途端に村人達は心配しました。
もしも青年が粗相をすれば、自分達まで巻き添えを食ってヌシに殺されるのではないか……そんな事を考えてしまったからです。
しかし、その心配は無用でした。
太陽が真上へと昇る前に……青年が無事、村に戻ってきたのです。
戻ってきた青年は、もう二度と、ヌシが誰かを殺める事はないと断言しました。けれど村人達は、当然の事ながら半信半疑でした。
それを見た青年は、試しに村人達の前で、ヌシに対する誹謗中傷を叫びました。
反射的に村人達は恐怖を覚えて、その場から逃げ出そうとします。しかし青年はなんともありません。
いったい森の中で何があったのか。
もう、森のヌシは人を殺めなくなったのです。
その事実を知るなり……ほとんどの村人は歓喜して、青年を英雄として祀り上げました。その中には、青年と夫婦になりたいと言う娘もいました。江戸を目指す、ただの旅人の青年がえらい出世です。
しかし一方で、その青年を良く思わない者達もいました。
青年と夫婦になりたいと言った娘の一人である、村で一番美しい娘に好意を持つ複数の男でした。
彼らは、青年が村人に祀り上げられるのを見て、もう一晩泊めたらどうかと勧めました。その一晩の内に、青年を秘密裏に亡き者にしようと企んだのです。するとその提案に、村人は、そして青年さえも承諾し。
――運命の夜がやってきました。
青年が寝てしまったのを、家屋の明かりから確認した男達は、こっそりと青年が泊まる家へと上がり込み、青年が眠っている布団を……その手に持った、鎌などの刃物で斬りつけました。
すると、その瞬間……男達は自分達の間違いに気づきます。
なんと布団で眠っていたのは。殺してしまったのは彼らが好いていた娘……それも半裸の状態だったのです。おそらくほんの少し前まで、青年と、そういう関係になっていたのです。
その事実に思い至るなり、男達は二重の意味で深い悲しみを覚えました。
そして、さらに少し時間が経って部屋へと戻ってきた青年も……そんな彼らの、行き場のない悲しみと怒り、さらには責任転嫁のために殺されてしまいました。
しかし青年は、ただでは殺されませんでした。
命が尽きるその直前……河濤村へと、再び呪いを。
かつて河濤村を囲う森のヌシがかけていた呪いをかけたのだ――。
※
「――以来、この村では、青年と、彼と関係を持った娘さんが殺されたとされる日……諸説あるけど、一番正しい可能性がある九月末に、青年と娘さんの魂を鎮めるための祭りを催すんだけど」
長々と河濤村の言い伝えを語った戸泉夫人は、そこで唐突に間を空け……難しい顔をしながら再び話し出す。
「…………それでも四、五十年に一度の間隔で、その呪いが村では起こっていると言われているわ。本当かどうか分からないけど、その窃盗犯、青年の呪いの対象に当て嵌まるんじゃないかと、ちょっと人として心配だわ」
「……なるほど。話は分かりました」
田井中は戸泉夫人に軽く頭を下げた。
「とりあえず、今度は別荘の方を捜してみます。貴重な情報を、どうもありがとうございました」
次回、いよいよ別荘エリアでの聞き込み。