第06話:怪盗はむらびとに化けたのか
田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの二人は、自分達の訪れる家屋や別荘の住民の、自分達の来訪に備える準備時間の事を考え、鈴宮が回覧板を回し、そしてそれが戻ってきてから三十分、時間を置いてから……まず川を挟んだ東側のエリアの、村人達の家を訪ねた。
「あれまぁ、まさか都市部から探偵さんが来るとはねぇ」
田井中が自己紹介をすると、村人のほとんどが、田井中をジロジロと興味深そうに見ながらそう言ってくる。この河濤村に来る人のほとんどが、別荘地で遊ぶのを目的としてるからか。こうしてなんらかの事件があり、そしてそれを解決しに来る警察や探偵の類は珍しいのかもしれない。
「すみませんねぇ。あいにく、ウチには私しかおらんのです」
そしてそんな家々を巡り巡って十三軒目。
河濤村の東側在住の村人の最後の家……苗字を戸泉という夫婦が住んでいる家を訪れた時、田井中より五歳くらい年上に見える、綺麗な白髪を生やした戸泉夫人の方が、田井中達を大広間へと案内するべく、申し訳なさそうな顔をしながら廊下を先導した。
「たぶん、あの人は別荘の方にでも行っているんでしょうね。あの人はもう昔から女好きで……別荘に若い女の子が来るといつもそう。帰ったらまた叱らないとッ」
「…………なるほど。後で別荘地の方で捜してみます」
案内しながら勝手に話し出した夫人の、夫への愚痴に……田井中はなんと言ってあげればいいのか分からず、結局彼は無難にそう返事をした。
「男の人って誰もがそうなんでしょうかねぇ」
しかし、夫人の愚痴が止まる気配はない。
「ホント呆れちゃうわあの人には。いいえ、もしかして……もう私には魅力がないのかしら」
というか、途中からなんだかお悩み相談みたいになってきた。
「…………全ての男がそうってワケじゃないですよ、奥さん」
さすがに夫人が可哀想に思えてきたのか、田井中は彼女に言う。
「少なくとも俺は、利奈子を……妻を大事に思っている。俺は探偵をしてて、危険な事にアイツを巻き込まないために距離を置いちゃいるが……アイツへの気持ちは今でも変わりはしません。旦那さんに関しては……奥さんに本当に魅力がなければそのまま家を出てしまうんじゃないですかね? 魅力がない人と、長い時間一緒にいるのは精神的にくるモノがあると思いますから」
「…………探偵さん」
すると夫人は、田井中にそう言われ少しは心が軽くなったのか。ほんの少しだけだが表情筋を緩めた……ように田井中には見えた。
「私の場合は……たまにですが、女性の事は考えますね」
するとそこで、なぜか伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンまで話に加わってきた。
「主に堕理雄さん……同僚の女性問題についてですが。今では私のマスターの事を第一に考えていらっしゃるようなのですが、昔はもういろんな女性との間に縁をお作りしてまして。そのせいでマスターの怒気が私にまで……魔力供給路越しにほぼ毎日ビシビシと伝わってきていましたので……いつもヒヤヒヤしてました。今ではほとんどないですが、それでも数日に一回は――」
「オジサン、そこまでにしとけ」
しかしその内容は、下手すれば夫人の不安を煽る内容に思えたので、すぐさま田井中は、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの口を、手で塞いで無理やり止めた。
と同時に田井中は、夫人の様子を確認した。
不機嫌になっていた場合、出直す事も視野に入れながら。
「フフフッ」
だがその心配は無用のようだった。
夫人は田井中達のやり取りを、おかしいとでも思ったのか。笑みを浮かべながら「どうぞ、こちらでお待ちください。今お茶を入れますので」と言って、大広間へ田井中達を案内した後、すぐに台所へと去っていった。
※
そして聞き込みは、開始してから二時間程度で終わった。
彼らの証言を総合すると、昨夜から今までにかけて、怪しい人を見ていないとの事だった。朝が早かったり夜間のトイレが多かったりする(ォィ)老人が見てない……という事は、伝説の宇宙怪盗はよほど隠れるのが得意なのか。それともこの村には来ておらず、田井中が目撃した血痕は森の動物のモノ……だったりするのか。
老人達の誰かが伝説の宇宙怪盗である可能性も、もちろん考えた。
だが老人同士の目撃証言や好き嫌いを整理してみたところ……それぞれに不審な点は、一切見当たらなかった。
食べるハズがない物を食べていた、という些細な証言さえも見つからない。
一応メモ用紙に、老人達の今日の行動を、つらつら書き出してまで確認したにも拘わらずだ。
「化けているとしたら、別荘を借りているお客さんの誰かですね」
夫人の家の玄関で靴をはきながら、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは言った。
「かもしれん。だとすると、早く確認した方がいいな」
田井中も急いで靴をはき、言った。
「もう四時だ。客によっては、夕飯の支度を始めるかもしれんし……今日していた事の記憶が薄れ始めたり、変わったりするかもしれん」
当たり前の事だが、事件解決において民間人の証言はとても重要だ。
事件の犯人を目撃していなくとも、別の観点から犯人を追い詰める重要なヒントが隠れている場合があるのだから当然だ。
しかし、そんな証言ではあるが。
人間というモノは常に、なんらかの行動をする生き物であり。
そしてそれに伴い、人は常に新しい事を頭の中で考え……そのせいで古い記憶の方から薄れていき、結果、その証言が本当に合っているのか分からなくなり、その信憑性が薄れてしまう事もある。
「それならば、早くしなければいけませんね」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンも焦り始めた。
「確か……河濤村の別荘は、全部で十軒。軽井沢のそれより、多くはありません。走って回ればおそらく今日中に回りきれると思います」
「よし。なら早く行こう」
そして二人は、ドアに手をかけ外に出ようとした……その時だった。
「ああ、そういえば訊き忘れていたのですけど」
戸泉夫人が、おそるおそるといった感じで田井中達を引き留めた。
「お二人は、もう〝ジャガンジャの森〟の方は捜索したのかしら?」
「…………じゃがん、じゃ?」
そして、その口から放たれた言葉は……田井中が今まで、肘川出身である妻からも聞いた事がないモノであった。思わず田井中は、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンへと視線だけを送る。肘川事情に関しては、彼の方が詳しいので知っているかと思ったのだ。
しかし残念な事に、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは首を横に振った。どうやら彼も知らない謎の言葉らしい。
「まぁ、肘川に存在する森のほとんどが危険なんだけど」
すると夫人は、田井中達の疑問を感じ取ったのだろう。そのまま、自分が言った言葉の説明を始めた。
「中でも、私達……と言ってもジャガンジャ、って名前やその伝説を知っている人は、今じゃ私と主人と……鈴宮さんくらいだけど。とにかくその私達が住んでいるこの河濤村を囲む森は、特に危険な方だって言われているわ。それこそ……この村に逃げ込んだ窃盗犯が、生き残れるかどうか怪しいくらい、ね」