第05話:肘川の森はいかなる場所なのか
早く次の展開いきたい(ぇ
河濤村の村長である永登の家の近所に住む村人こと、鈴宮に事情を説明すると、彼は渋い顔をしたものの、田井中達の捜査に協力してくれた。
彼は永登とは違い中途半端に禿げておらず、その代わり、全ての髪が綺麗に白くなった中年男性だ。顔も若々しく、田井中の同僚で言えば如月と同年代に見える。顔つきはそんなに悪くないため、面倒臭がりの永登に比べると、それなりにモテるのかもしれないが……残念ながらその渋い顔が全てを台無しにしている。ハッキリ言って残念イケオジだ。
回覧板で回す連絡事項――都市部で起きた事件の捜査に協力するよう書かれた用紙の作成を、彼が請け負って間もなく、カタカタカタカタと、甲高いタイピング音が室内に響き渡る。長閑な辺境の村の中であるハズが、その室内だけ、一瞬にして都市部のオフィスビルになったかのような雰囲気になる。
田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは……長閑な村である分、高く響くその音に不快感を覚えた。だが頼んだ側としては、大人しく我慢するしかない。
「永登のヤロウ……アイツ昔からそうなんだよ」
するとそんな中。
相手の気持ちを考えず、仕事を押しつけた事への不満を、誰でもいいから聞いてもらいたいと思ったのだろうか。唐突に鈴宮が、他人であるハズの田井中達がいる前で文句を垂れ始めた。
「生まれつきのニートって感じで、学校とかも行きたくねぇって。でもってそんなアイツを俺が無理やり、小学校時代から、幼馴染の誼で、アイツの親に頼まれて、学校とかに連れていったんだぜ? 親同士が仲良いから、今まで付き合ってやったけどよ……毎度毎度フザけんなってんだよ」
まるで渋顔と白髪の原因が、永登であるかのように。
「ああ、それ解ります」
するとそれを聞いた伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは……本気で鈴宮に同情の念を抱いた。
「私の場合は、同僚なのですが……場合によっては私や私の兄弟が尻ぬぐいをしなければいけない事案が時々起こります。お互い苦労しますね」
次の瞬間。
身内に苦労する二人は固い握手を交わした。
(なんだこりゃ)
見ていた田井中は困惑するしかなかった。
堕理雄と如月の二人との出会いをキッカケに、IGAに入局するまで、血と硝煙のニオイが立ち込めるような冷たい世界にいたせいか。それともただ単に彼の頭が固いせいか。とにかくどんな反応をすればいいのか……イマイチ分からないのだ。
ちなみに田井中には椎名という弟子がいるが、今の椎名は、銃の腕前はともかく探偵の技術については田井中も認めているほど成長していた。田井中としては、己が所属しているIGAの、戦闘担当の課である壱課ではなく……ピンチヒッターとして時々出向する諜報担当の課である弐課の方が椎名に向いているのではないか、と思うほどだ。
椎名が弟子になりたての頃は、確かに教育には苦労した。
その頃であれば、彼らの苦労も理解できたかもしれない。
だが今は、その成長ぶりのおかげで、むしろ育てがいがあると思っているため、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと鈴宮の苦労譚には、残念ではあるが付いていけなかった。
※
「というか、アンタら」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと固い握手を交わし、再び回覧板の作成に取りかかった鈴宮だったが……一分も経たない内に、彼はまた話しかけてきた。
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが、別荘を借りる際にあのグータラ村長から渡されたパンフレットに載っていた、河濤村とその周辺の地図を眺めつつ……田井中が、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと、これからの捜査方針を話し合おうとした、まさにその時の事だった。
「窃盗犯は変装の名人とか言っていたけど、この村を囲う森の方は調べたのか? 村人に化けるよりも森に潜伏した方が、犯罪者としては楽なんじゃねぇか?」
「森は危険だと聞いた」
鈴宮の質問に、田井中は眺めていた地図の外枠――村の外側に広がる森林地帯を指差しながら言った。
「なんでも〝ヌシ〟なる存在がいて、そいつは森に入ったヤツを迷わせ、最終的に餓死に追い込むと。もしそんな危険な森に入るなら、村人を全員調べてからの方が効率的だ」
「ああ、なるほど。肘川の森に詳しいんだな、アンタ」
鈴宮は作業を進めつつ、田井中の知っていた、市外から来た人は荒唐無稽であると断じるだろう情報に素直に感心した。
千葉県肘川市は、秘境や魔境と呼ぶべき場所だ。
異星人未来人異世界人異能力者だけでなく、ひと癖もふた癖もある犯罪者も巻き起こす奇妙奇天烈奇々怪々な事件が頻発するからだ。そしてそんな伝奇小説の如き事実は、実際に体験したり、信用できる肘川出身の者から直接聞かない限り、絶対に信じられはしないだろう。つまり、田井中はそういうタイプの人間なのだと……鈴宮は察したのだ。
「確かに肘川の森は危険だな。黒船来航時には、市内の森林地帯の生態系の神秘性に魅せられた馬鹿な外国人の多くが……餓死した状態で森の中で見つかったし」
田井中の言葉を肯定するかのように、鈴宮は回覧板を作成しつつ説明を始めた。
それは田井中が、肘川市出身の妻からかつて聞いた事と、驚くべき事にまったく同じ内容だった。肘川市民にとっては常識的な知識なのであろうか。
「中には、水戸のご老公が迷い込んで……命からがら脱出したっていう伝説が残る森林もあるが……まぁ、それが事実かどうかは分からんが、とにかく肘川市には、そんな危険地帯な森がある。でもだからって、窃盗犯がそんな森の事を知っているとは限らないぞ? 下手をすれば今頃、森の奥の方で骨になってる可能性も――」
「それは俺も考えた」
鈴宮の懸念に、田井中は鋭い視線で応えつつ言った。
「だが聞いたところ犯人は、サバイバル技術に特化したヤツだそうだ。一日二日と放っておいたところで簡単にはくたばらない。むしろ村の中にヤツがいる可能性を考えて行動した方がいい。居直り強盗になって、死傷者が出たりしないようにな」
実は窃盗犯は、地球人よりも体が頑丈なタイプの異星人なんです……とは、相手が混乱や、それ以上にイレギュラーな事態を引き起こす可能性を考え、口が裂けても言えない田井中は……なんとか言い訳を口にした。
彼と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが追っている、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスも犯罪者の端くれであるなら、逃亡生活の中で自然とサバイバル技術などを習得……というか窃盗犯なだけに、その道のプロから、技術を盗んでいる可能性もあるんじゃないか、と信じつつ。
「ああー。そういう可能性もある、か」
田井中の意見に、鈴宮はなんとか納得してくれた。
「そういう事じゃ、確かに森の中の捜索は後回しの方がいいか。やるにしても……村人全員がその窃盗犯じゃないって確認してからの、大人数での山狩りじゃないと大変だしな」
「ああ、山狩り……なるほど。確かに必要ですね」
すると、なぜかここで伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、目から鱗が落ちたような顔をした。
「?? どうした、オジサン?」
「いえ、私の能力を使えば、森の中だろうとすぐに捕まえられるので……山狩りのような手段は必要ないと思いましたが。もしもに備えて、やはり必要ですね、と」
田井中の質問に、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは……鈴宮にその正体を明かしていないのか、小声で納得の言葉を返した。
いろんな意味で、彼はとても頼もしい存在だと……田井中は改めて思った。
ちなみに。
かのちりめん問屋のご隠居が迷い込み、命からがら逃げ出した禁断の森の伝説は肘川市のモデルたる市川市に実在する(ガチ
そしてその辺の情報は。
間咲氏が割烹で説明してくださるのでよろッッッッ(マッルナーゲ(ぇ