第04話:村長はどんな人なのか
河濤村は、千葉県肘川市の山林地帯の中にポツンと存在する村だ。
電車とバス、そして徒歩の組み合わせでしか行けない、辺境の中の辺境の村で、それ故に知名度は無いに等しい。
そして少子高齢化の影響もあり、一時期村は消失の危機を迎えたのだが……幸か不幸か、村の存在を不動産会社『稼舎場婁不動産』が知る事となり、運命は大きく変わった。
村長は稼舎場婁不動産と手を組み、河濤村再生のための計画……名づけて『河濤村別荘地化計画』を立てた。
そしてその計画の発動を機に、河濤村の村人は、村の中央を流れる川の東側へと移り住み、西側は別荘地として貸し出す事となった。
当初は、村の改造という事もあり、別荘地化計画への賛同者はあまり多くなく、結局東側へと大人しく移り住んだ者の中にも、己の生まれ育った村の別荘地化計画に懐疑的な者は少なからず存在した。
だが河濤村の周囲の自然の景観を売りとした別荘地化計画が当たるや否や、懐疑的だった者のほとんどが手の平を返した。
……村に伝わる伝説などを、置き去りにしてまで。
※
田井中は伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの案内で、そんな河濤村の別荘地を管理している村長の家へと向かった。
この村に逃げてきた、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスの捜索の許可を貰うためと、現在、別荘を借りている伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン以外の、村の利用者達の調査のために、村長の力が必要だからだ。
村長の家は河濤村の東側にある。
村を流れる川を挟んだ、村人が在住するエリアだ。
特技を披露し合った広場から歩いて三分程度で、川に着いた。
川の深さは、大人の膝が濡れるほどだった。水着姿で川遊びをしている、親子や学生のグループの様子からその事は分かった。
その川に架けられた橋は、村の敷地内には二つ存在した。
田井中達は、川の上流側に架かっている吊り橋を渡り、村人達が住まう東側へと入った。
※
村長が住んでいるのは、近代的なデザインの家だった。
おそらく、移り住んだ時に村人用の家屋も新しく建てたのだろう。
「村長さん、すみません」
インターホンを押してから伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが声をかける。
すると中から「はぁい」と気の抜けた声が聞こえ、直後にドアが外側に開いた。
村長は、見たところ五十代前後に見える、頭が半分禿げた男性だった。田井中の知り合いの伊田目さんより少し若いくらいかもしれない。
「あれ? アーティスティックモイスチャーオジサンさん? 何かありました?」
「は?」
村長の言葉を聞くと同時、田井中は伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンを横目で見た。
名前の登録は確かに別荘を借りる際は必須だと思うが、お前の場合はその名前でいいのかと、本気で思ったのだ。
作者としても、山神ル○シー(略)よりはマシだとは思うが、氏名欄記入の際に文字がかさむのではないかと心配である(ぇ
「実はですね」
しかし伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、そんな田井中の視線は無視して、話を進めた。
「こちらは私の友人で、私立探偵の田井中堅斗さんというのですが、現在彼は都市部で起きた窃盗事件を追っていまして――」
ここまでの道中で田井中と打ち合わせした通りに伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは村長に事情を説明する。
さすがに異星人や魔女の存在については……肘川市内にはその存在を知らない人がまだまだ多いので、心苦しいが伏せた上でだ。
ピッセ・ヴァッカリヤの場合はどうなんだよ彼女の場合は見た目からしてアウトじゃないかと思う方もいるかもしれないが、彼女の場合、周囲の人がコスプレだと勘違いしているために……一部を除いて誰も彼女が異星人だとは気づいていない。
「なんだって! それは本当かい!?」
異星人と魔女についてのこと以外の事情を告げると、案の定、村長は驚愕した。
村の中に窃盗犯がいるかもしれないのだから仕方ないとは思う……のだが、なぜ台詞がどこぞの馬怪人っぽいのだろうか(実際には言っていない
「はい。本当です」
しかし伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、台詞については軽くスルーし、話を進めた。
「ですから村長さんには、回覧板を使って村人全員、そして別荘を借りているお客さん達に……田井中さんの捜査への協力を呼びかけてほしいのです」
「ええええ……面倒臭い事になったなぁ」
しかし村長は、窃盗犯に対しては警戒しているが、その事を周囲に伝達するのを凄く面倒臭がった。
「え?」
「は?」
まさかの反応だったため、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンどころか田井中までもが呆気に取られた。
村人とお客さんの身の安全のためにも、窃盗犯であろうと何だろうと犯罪者の存在は無視できないだろうに、なぜ面倒臭がるのか理解できなかった。
不動産会社と手を組んで河濤村を別荘地化し、それを管理しているのは目の前の男ではないのか。
――まさか村長が、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスで……連絡を渋って体力の回復のための時間を稼ごうとしているのか?
――それとも、村長は実はものぐさなオッサンだったのか?
どちらとも取れる発言であったために、田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは同時に、一応村長を警戒した。
「ただでさえ面倒臭い別荘地の管理の仕事を、死んだ親父から引き継いだっていうのに……それに加えて窃盗犯。勘弁してくれよ。こっちはグータラしてぇんだよ」
…………どうやら後者、だった……?
とにかくこれで、彼の矛盾する言動に一応説明はついた。
どうやら別荘地化計画を進めていたのは、彼の父親の方だったらしい。
「…………まぁ、協力するけどさぁ」
しかし最後には、管理者としての責任が勝ったのだろうか。村長は面倒臭そうな顔をしながら言った。
「回覧板については俺の隣の隣のそのまた隣の隣の家に住む鈴宮に言ってくれよ。アイツにそういうの任せてあるんだ」
しかし本人に協力の意志はあっても。
直接動く意志は一切ないようだった。