第03話:果たしてふたりは本物なのか
「というワケで、この【河濤村】の村長にまず話を聞きたいんだが……」
事情の説明を終えるなり、田井中は伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンへと鋭い視線を向けた。
するとそれだけで、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは田井中が何を言いたいかをすぐに理解した。
「ああ。私がその伝説の宇宙怪盗ではないか、疑っているんですね」
「疑って悪いとは思うが、相手の変装能力からしてありえない事じゃねぇからな。一応確認させてほしい」
「気にしないでください。疑うのが警察などの法の番人の仕事です。それで、どうすれば私が伝説の宇宙怪盗ではないという証明になりますか?」
しかし疑われたにも拘わらず、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは平静な口調で言葉を返した。彼は彼で、沙魔美や堕理雄を始めとする多くの人間を通じて、彼らの社会の常識を日々学んでいるのである。
「ああ。ヤツは自分より背が低い存在でない限り、誰にでも表面上は化けれるが、中身……簡単に言えば、そいつにしかできない事までは完璧に模倣できない」
「その程度でよく伝説の宇宙怪盗だなんて名乗れますね」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは本気で疑問に思った。
今まで多くの、異名に伝説の~というワードがつく人や物を見てきたが故の疑問である。
「情報によると、地球人換算でもう歳なんだそうだ。昔は武芸百般な感じで宇宙中で名を馳せていたみたいだが……さすがに寄る年波には勝てねぇようだ」
「ああ。なるほど」
だがそう言われると、すぐに納得できた。
「ちなみに俺だが……この程度で、伝説の宇宙怪盗ではないと証明できるかどうか分からんが」
そう言いながら田井中は、懐から己が所属する秘密警察IGAの、技術開発担当の課である参課が開発した特殊通信端末『コッソリート』を取り出し、起動した。
「そういえば、参課の通信端末はDNAで本人認証をするみたいですね」
マスターである沙魔美から、かつてそう教えられたのを、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは思い出した。
「充分ですよ。少なくとも私は、あなたが田井中さんである事を信じます」
「ありがとよ。それで、オジサンは……そうだな。その自慢の髪の毛で、俺の弾丸を防いじゃくれねぇか?」
「…………田井中さん」
田井中の提案に、なぜか伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは苦い顔をした。
(まさか、オジサンが伝説の宇宙怪盗なのか?)
特技を披露するのを渋る伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに対し、田井中は一応身構えた。
しかしその直後に「それなら、田井中さんが遠くから、私の眉間を狙って弾丸を発射して、私がそれを防げば同時に証明できませんか?」と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに言われ、田井中は「……それもそうだな」と考えを改めた。
※
(そんな事に気づかないなんて、本当に相手は田井中さんでしょうか?)
お互いの特技を披露するため、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、河濤村の中にある広場に疑惑の田井中を誘った。だが、もしも田井中が伝説の宇宙怪盗ならば、コッソリートを起動できないハズである。
(いやまさか、そのコッソリートという文明の利器のせいで勘などが鈍っているのでは? もし本当にそうなら、場合によっては自分がサポートしなければいけないのでは……?)
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、少し不安になった。
とにかく、広場に着き、両者が距離を空けると同時に……タァン、と乾いた破裂音が周囲に響き渡る。
田井中のゴム弾の発射音だ。
両者の距離は二百メートルもある。しかし弾丸は、迷いなくまっすぐに、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの方へ飛んでいき――。
――直後、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの髪が動く。
亜音速で放たれた弾丸よりも速く、それは己の顔を中心に巻きつき……その瞬間にゴム弾が命中する。すると驚いた事に、そのすぐ後に、ゴム弾は滑り落ちるようにそのまま足元に落下した。
そして、それを音と衝撃で察したのだろう。
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンはすぐに、己の髪を元の状態に戻す。田井中はすぐに、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの眉間へと視線を向けた。ゴム弾は、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの眉間を狙って放った。ならば彼の眉間に傷があってもおかしくないハズだが……それらしきモノは一切なかった。どうやら伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの髪が、ゴム弾を防いだだけでなく、その衝撃までも完璧に緩和してしまったらしい。
「…………本物のようで安心したよ、オジサン」
堕理雄から彼のスペックを聞いていた田井中は、聞いていた通りのスペックだと理解し安堵した。
「こちらも、信じてもらえて何よりです」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンも、田井中の銃の腕に驚きながらも安堵した。
「ああ、でも」
しかし田井中は、何かが引っかかるのか眉間に皺を寄せた。
とりあえず……この場にいる自分達が偽者ではない事が証明されたというのに、まだ心配事があるのかと、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは田井中の慎重すぎる性格に苦笑しつつ思った。
いや、それでこそ探偵かもしれないが、実際そういうタイプの探偵がいると面倒臭いものだなぁと彼は改めて感じ――。
「別行動をとった瞬間に相手に化けられる可能性がある。できればオジサンには、ヤツを見つけるまで一緒に行動してほしいんだが」
――たのだが、慎重であった理由が至極真っ当なモノであったため、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、田井中に面倒臭いと思った事を心の中で謝罪した。
「…………分かりました」
自分と同じ姿形をした相手に好き勝手される可能性に気持ち悪さを覚え、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは協力を承諾した。そして同時に、彼の中には、田井中に協力しなければいけない個人的な理由ができていた。
「私の荷物が盗まれでもしたら大変ですからね。むしろ協力させてください」
至極真っ当な理由だ。
そして、そんな理由を告げるなり、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは田井中へと右手を差し出した。
「ああ。こちらこそ……当分よろしく頼む」
田井中は、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの協力の意志を受け取り、それに握手で応えた。
そしてここに。
探偵とその同業者の召喚獣という……世にも奇妙なコンビは、一時的に、であるが結成された。
後に、この事件が。
二人が予想だにしない展開を迎える事を知らずに。