第21話:ジャガンジャの森とはいったい何なのか
その後、永登は殺人教唆と殺人幇助の罪でIGAへと連行される事になった。
いったいいかなる経緯があったのか。
調べてみたところその発端は、河濤村の別荘地化計画にかかった費用だった。
不動産屋は……ある意味博徒とも言える存在だ。
人気がない場所の価値を見いだし、それに莫大な金をかけて化けさせ、そして、化けさせた土地に寄ってくる者達の落とす金で元手を取り戻すのだから。
そして河濤村の別荘地化計画については……あまりにも莫大な値段だった。
法外とまではいかないが、返済完了するまでは確実にグータラな生活を保証できないギリギリの値段だ。
グータラ生活をこよなく愛する永登にとっては死活問題にも等しかった。しかしそんな悩める彼に転機が訪れた。
父親の遺品の整理の際、少しでも生活を裕福にすべく金目の物を探して押し入れを覗いた時……この村に関する古文書を見つけた。試しに読んでみれば、その内容は、なぜか鉛筆で、父親の文字――注釈のようなモノが時々書かれていたが、基本的には彼の想像を超える、恐ろしくも……歴史学的には貴重なモノだった。
古文書によると、永登家は、森のヌシと名づけられた、数十年ごとに瘴気もとい二酸化炭素を噴出する穴の秘密を守り……時にはその穴の特性を活かし、完全犯罪を仕掛け……殺した相手から富を巻き上げて成り上がった一族だったらしい。
永登はその事実を、死んだ親からも知らされなかった。
いったいどういう事か、と考え……もしかすると親もその事実を、こうして押し入れで偶然古文書を見つけるまで知らず……そして古文書は、自分に見つかるまでそのまま放置されていたのではないか。いや、もしかすると、注釈が書かれていたのを考慮すると……親が先祖と同じような事をしようとしていた可能性もないか、と勝手に結論づけて…………しかしそれよりも、とすぐに彼は頭を切り替えた。
――完全犯罪を仕掛け、富を得る。
この言葉を脳内で繰り返す度……永登の胸は躍った。
瘴気が出るという穴をうまく利用する事ができれば、すぐにでも稼舎場婁不動産への借金を返せるのだから。
そして永登は、その瘴気の正体などを詳しく調べない内に……村の秘密を知り、思いついた計画を実行した。
――誰かを殺したい。
そういった思いを持った者達が集まるネットの掲示板をいくつか回り、コメント投稿者の中から、金と、揺るぎない殺意を持つ者を選定し、その者達へ殺人計画を持ちかける。
実際に殺すのは森の穴から出る瘴気だから、ただ単に指定された別荘――瘴気が襲うライン上にある、と古文書に注釈として書かれている別荘――真下家が借りた別荘と、その南側の別荘へと泊まりに来るだけで。そして殺害対象を、一階部分に留める事さえできれば相手は死ぬ。自分の手を汚さずに。
しかし失敗する可能性もあった。
瘴気から逃れる者が出てくるかもしれないし、古文書の内容通り、瘴気が穴から特定のタイミングで出るとは限らない。
その場合は、同じく古文書に書き記してあった、森に生えている毒草の即効性の毒のついた小さい針を、計画を持ちかけた相手の部屋に置いておく。もしもという時は使ってくれ、と書かれたメモ用紙と共に。
しかしそれでも、連絡し合った以上は……今回の場合、ネット上に証拠は残る。
仮にデータをフォーマットしても、それはただ単に『何も無い』と、システムに誤認させているだけにすぎないため、新たな情報で埋め立てられない限り、データを復元する事は可能だ。参課は永登が消していたデータを復元し、秘密口座の詳細を掴み、さらにはこの詳細を基に、偽の入金の情報を、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが気絶させた護の写真付きで永登の携帯電話に送った事で、彼を罠にハメたのである。
「はぁ。良い朝日を描ける場所を見つけたと思いましたが……これからは日帰りで河濤村を訪れるしかないですね。しかも朝早くからスタンバイ。はぁ」
別荘に戻り、改めて気絶させた上で縄で縛り上げた護と永登を一瞥してから、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは溜め息をつき、自分が今まで描いてきたが、途中になってしまった朝日のスケッチを眺めた。
それは、見ているだけで温かい気持ちになれる優しい絵だ。
美術作品に関しては素人の田井中には、いったいどのような完成形が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの頭の中にあるのかは分からないが……それでも、このままでも充分、美術館に飾っていいくらいじゃないかと思ったが、それを言うのは芸術家に対して失礼だと思い、口を噤んだ。
「私の絵を待っている、イラスト投稿サイト『みてみぃや』の絵師さん達や……私の絵を挿絵にしたいとおっしゃってくれた『小説家になりまっしょい』の作家さん達に申し訳ないですね」
「…………は? みてみぃや? 投稿サイト?」
しかし伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが思わず呟いたその言葉に対しては……さすがの田井中も訊ねてしまう。
「おや、言ってませんでしたっけ」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、これから待ち受ける、二酸化炭素中毒の危険性がある以上は別荘としては機能しなくなるだろう河濤村の周辺での野宿、もしくは日帰りの旅行の事を考え、気落ちしながら言った。
「実は私、イラスト投稿サイトにして『小説家になりまっしょい』の姉妹サイトである『みてみぃや』で、AMOというユーザーネームで、絵師として活動しているんですよ」
「そ、そうだったのか」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの、まさかの別の顔を知り田井中は苦笑した……のだが、ここで今朝、椎名から告げられた一つの事実の事を思い出し真顔に戻した。
「AMO? ちょっと待て……そういえば、宿泊客達についての情報を、椎名から教えてもらったんだが、湊のヤツは……おそらくAMOのファンだ」
「え、ええっ?」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、田井中から告げられたまさかの事実に驚愕し、思わずかすかに目を見開いた。
だがしかし、よくよく考えてみれば……この河濤村という、朝日が綺麗な場所に訪れ、そして田井中達と、マトモに話し合いたくなさそうな言動をしたところからして……伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと同じような理由でこの河濤村を訪れた可能性はあるのではないか。
少なくとも、この辺境の別荘ほど……芸術作品の制作にうってつけの場所はないだろうし。
「…………フフッ。後で正体を明かしてビックリさせてみましょうかね」
ファンを驚かす、という面白みを見つけ、とりあえず伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは笑みを取り戻した。
「さて、それじゃあ明日子ちゃん」
そして、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに笑顔が戻ったのを確認するなり、田井中は改まって……いろいろあって、ソファで塞ぎ込んでいる明日子の前に回り込み、膝立ちをして視線を合わせた。
「今から君も、おじさんの職場で事情聴取を受ける事になるが……君も君で辛い目に遭ったんだ。それなりに情状酌量の余地はある。それに、おじさんもできる限り弁護するから、安心しろ。なんなら、君が大きくなるまで後見人になってもいい」
「……………………お父さんに、なってくれるの?」
「…………………………男に二言はない。君が望むなら、父親にもなってやる」
両親のみならず、己を殺そうとしたとはいえ、義父までも失ってしまった明日子を元気づけるために言った事なのだが……それを少々拡大解釈され、田井中は数瞬言葉を失った。しかし命を助けるためとはいえ、義父を奪ってしまった責任が少しはあるために、田井中は覚悟を決めた。
すると明日子は……ようやく、再び立ち上がってくれた。




