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恋缶

作者: 天江 蜜柑

「はぁ~」

少年の大きなため息が部屋中にこだまする。今日だけで一体何回目になるだろうか。

実はこの少年、最近とある病に悩まされていた。

それは、特定の相手のことを意識すると鼓動が速くなり、頭も回らなくなる。そして、最終的にその人のことしか考えられなくなる。


俗にいう恋患いだ。


相手は今年から委員会で一緒になった別クラスの同級生。以前から接点などはなく、最初は2人だけの活動の時は気まずい雰囲気になり苦手だった。しかし、回数を重ねるにつれてお互いの趣味が一致していることもあり仲良くなった。


そんな少年が彼女のことを意識し始めたのは、彼女が病気で委員会を休んだ時だった。週に1度の2人だけの時間。そのひと時が彼にとっては特別なものであったのだと感じた。住所も連絡先も知らない以前に聞けない。治ったかどうか様子を伺おうとしてもできない。

恥ずかしいから。変な人間だと思われたくないから。なによりも、嫌われることが怖かったから。


この感情は恋だった。


そんなある日の早朝、太陽がうっすら顔をのぞかせている時間。スポーツウェア姿で額に汗を輝かせた少年が自動販売機の前に立っていた。日課であり趣味でもあるランニングのゴール地点。日によってコースに変化はあるものの、最後はこの自販機でドリンクを購入して傍の公園でクールダウンをする。

今朝も本来であるならばすでに公園のベンチで休憩をしている時間なのだが…


(こい)(かん)』500円


彼の錯覚か神のいたずら、もしくは販売会社の策略かわからないが、商品すべてが『恋缶』のみになっていた。

そして下にはピンクの文字で紹介文が、

『あなたの恋、応援します』

普段なら一瞥して立ち去るところだが、今日に限って500円玉を所持していること、目の前にある異様な光景、今の自分が置かれている状況にある種の運命的なものを感じて呆けていた。

どれくらい時間が経過しただろうか、のどの渇きに耐えることができなくなり、学生にとっては大金ともいえる500円玉を入れて購入していた。

そして脱兎の如く隣の公園のベンチに向かった。

腰を下ろし、周りに誰もいないことを確認する。そして、興奮冷めやらぬ中パッケージを見る。

一面がピンク色で成分表の記載もされていない。それ以前に……

「軽い・・・・・・?」

液体が入っているだろう重さを感じられない。

(もしかして騙された?)

体全体に帯びていた熱が急激に冷めていく。それに伴って思考も正常に戻る。

「なにをやっているんだろう・・・・・・」

恥ずかしさよりも、自分の不甲斐なさを痛感した少年は、重い足取りでこのふざけた缶を捨てるためゴミ入れに向かった。

よい気晴らしにとゴミ箱の2メートル前からバスケットボールの要領で投げ込む。

入ったのと同時にカランと缶同士がぶつかった音が鳴る。

よし!と軽くガッツポーズを決めて、冷水機へと歩を進める。

すると、後方から、

「あっ!」

聞き慣れた声がした。振り返るとそこには、スポーツウェアに首からタオルをかけている想い人の少女が微笑んでいた。

何故彼女がいるのか、一瞬不思議に思った少年だが、そういえば彼女の趣味がランニングだということを忘れていた。最初の頃は、偶然出会うことを期待していたが、一向にそのような気配がなかったため忘れていた。

「君も毎朝この辺りを走っているの?」

「うん、日によってルートは変わるけどゴールはここだよ」

「へぇー、私もゴールはここ。今まであわなかったのが不思議だね」

「今日はちょっと来るのが遅かったからね・・・・・・」

恋缶に時間をとられていた、ということもできないため苦笑する。

「??」

少年の苦笑の理由がわからず首をかしげる少女。

立ち話もということで二人揃ってベンチに腰を掛ける。もちろんその前に水分補給は済ませた。

「そういえば、この前私が休んだ時に心配してくれたんでしょ?」

「なんで知っているの!?」

「クラスの子が言ってたの。君が遠目で教室をのぞいていたって」

「えっ!?!?」

やってしまった・・・・・・

恥ずかしい、知られた、変なやつだと思われた、色々な感情が一気に押し寄せてくる。

(もう無理・・・・・・)

この先の言葉を聞きたくない。一刻も早くこの場を離れないと。そう思った少年は、ごめん、とボソッと言って立ち上がった。

すると、

「ありがとう、心配してくれて」

「え?」

思ってもいなかった言葉に素っ頓狂な声が出てしまう。思わず彼女の顔を見ると、朝日のせいだろうか、それとも運動後だからであろうか少し頬が赤いように見えた。

「じゃあそろそろ帰ろっか」

彼女も立ち上がり声をかける。

「・・・・・・」


(僕は、このままでいいのだろか?)

(ずっと悩んでいるくらいならいっそ・・・・・・)


「あ、あの、もしよかったらこれから僕と一緒に走ってくれない?」

自然と思ったことが口に出ていた。また瞬時に彼女の顔から目線をそらす。

「ねぇ、こっち向いて?」

勇気を出して後ろを向くと、笑顔が見えた。


「うん、喜んで」


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